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FEAR.  作者: 藤澤 もみじ
1/2

夕陽、踊る影。

 毎朝電車に揺られて、なんとなくで授業を受けて、仲のいい友達と放課後を過ごして、晩御飯には母の手料理を食べる。


 言葉にすると充実しているのかもしれない。


 何故、誰もが人の事を(うらや)むのだろう。


 何故、他人の物を欲しがるのだろう。


 退屈そうに教室の黒板に書かれた文字を眺めて、ノートに写している田崎(たざき)マコトは、生まれてからの17年間を後悔している。

 無い物ねだりと惰性(だせい)で埋め尽くされた脳を停止させて、客観的に自分を見た時に「情けない顔をした少年」にしか見えなくて、自分を嫌った。

 自分自身の主観さえ捨てて生きてきたマコトの青春は、まるでタップダンスを踊るかの様に教員の指先で跳ねるチョークと同じく、日々すり減っていく。


 昼休みのチャイムと共に学校中が騒がしくなる。

 「マコト!お前今日弁当?」

 「なんだシンヤか。今日は弁当ナシ。購買だよ」

 マコトの友達である中井(なかい)シンヤは、それを聞いて顔をニヤつかせた。

 「今日は母さんが珍しく弁当作ってくれたんだ」

 「へぇ。お前の母さん、朝早くから仕事だろ?弁当作ろうと思ったら何時起きだよ。感謝して食え」

 シンヤの頭をポンと叩く。

 「いてっ」

 「購買まで弁当持ってくるか?次の授業サボるだろ」

 「さっすがマコトさん!よく分かってらっしゃる」

 シンヤと他愛ない話をしながら昼食をすませたマコトは、当然の如く5時間目の数学をサボるために校舎の裏まで歩く。

 「でもさー、流石にアレは無いわー」

 シンヤは腕を組みながら唸る。

 「アレってなんだよ」

 「数学のハゲ山だって。あいつこの前マコトが早弁してたらチョーク投げて猿みたいに怒ってただろ?あの時、弁当没収されてたじゃん。早弁は男子学生の特権だっつーのに」

 「ああ、小テストの時か。確かに猿みたいだったな」

 マコトは学校の外へ出る柵をよじ登り、呟く。

 「あいつ今も顔真っ赤にして俺らに怒ってんのかな」


 駅前のファーストフード店で時間を潰して、放課後を見計らって学校へ戻った。

 そのまま帰っても良かったのだが、理由はシンヤの忘れ物だ。

 「わりー、マコト。教室に充電器忘れると思わなくて」

 「シンヤのおっちょこちょいには慣れた。俺はここで待ってるから見つかんない内に取ってこいよ」

 「おう!ひとっ走りしてくるわ」

 シンヤは元陸上部なだけあって、その姿はすぐに見えなくなった。

 外はもう陽が沈みかけていて、マコトには赤い夕焼けが数学教師の顔の様に見えた。

 「…遅い」

 正門前で待つマコトは20分経っても帰ってこないシンヤを心配していた。

 「教室まで5分もかからないだろ。まさかあいつハゲ山に捕まってんじゃ…」

 仕方なく、マコトはシンヤの様子を見に行く事にした。

 教室までの廊下から窓の外を見て、マコトは違和感に顔を(ゆが)ませた。

 「まだ部活やっててもおかしくない時間だろ。教師どころか、生徒もいない…」

 教室にはシンヤの姿はなく、机の中に忘れていた充電器は、既に誰かが持っていった後だった。

 「ったく。どこ行ったんだよ」

 もしシンヤが捕まっているとしたら。と思い、マコトは職員室に向かった。

 「おかしい」

 その言葉が階段に響く。

 何度階段を登りきっても、辿り着くのは職員室のある3階ではなく、2階だった。

 試しに(くだ)ってみても、壁に書かれた階を表している数字は2だ。

 少し立ち止まって、眉間(みけん)を抑える。

 何かの間違いだ。そう自分に言い聞かせていると「コツン、コツン」と階段を一段ずつ登る音が聞こえてくる。

 まだ9月なのに、半袖のシャツから出た腕が痛いほど低くなった気温を感じる。

 それとは裏腹に、身体中に汗が流れる。

 足音が一段近付くごとに心臓が早く動き、マコトの脳は幽霊だとか妖怪だとかの非現実的な妄想をやめない。

 ついにマコトは目を閉じ、祈った事も無い神や仏にすがるしかなかった。

 「…おい」

 マコトの鼓膜を聞きなれた声が揺らす。

 「シンヤか?」

 手に充電器を持ったシンヤが階段の中腹(ちゅうふく)にいる。

 マコトは安心してその場に座り、大きくため息をついた。

 しばらく二人で話し合った。

 誰もいない学校、酷く冷える校舎、どこまでも続く階段。

 どうやらシンヤも同じ状況だった。

 「それより、これを見てくれ」

 シンヤがスマホの画面を見せる。

 「俺が教室の前で最後に見た時は6時ジャストだった。この階段を登り降りして、体感じゃあもう30分は経ってるはずなんだけど」

 「…冗談だろ」

 画面の電子時計は非情にも6時を告げていた。

 「ここで話しててもしょうがない。西校舎のトイレの前にある窓から出よう。下はサッカー部の倉庫だから飛び降りても怪我する高さじゃない」

 マコトの提案で、本校舎と西校舎を繋ぐ2階連絡通路へ向かう。

 「ループしてるのはあの階段だけなのかな」

 シンヤが心配そうに言う。

 「余計な事言うな。現にこうやって連絡通路まで来たんだ」

 通路の真ん中まで来た所で、二人は同時に足を止めた。

 「なんだよ…アレ」と言おうとしたが、シンヤは恐怖で声が出なかった。

 西校舎の窓から夕陽が射し込んで、その異様なシルエットがハッキリ見えた。

 2メートル程の大柄な人物が、西校舎への侵入を(こば)む様に立っていた。

 マコトがシンヤに喋るなと目配(めくば)せをする。

 女か?男か?こっちを向いているのか後ろ姿なのかすら分からない。俺達に気付いているのか?

 色々な考えが頭をぐるぐるかき混ぜ、指先まで震えている。

 すると、巨大なシルエットが「ゆらっ」と左へ動いた。

 「あっ」

 突然の事にシンヤが声を出してしまい、二人の心臓が張り裂ける寸前まで跳ねる。

 大きな影は階段を登り、そこには夕陽が射すだけになった。一言も話す事なく、そして音を立てる事なく目的の窓まで走る。

 我先に窓から飛び降りて、倉庫の上に着地する。

 「ドンッ!ドンッ!」

 静かな校舎に二回、大きな着地音が響き渡った。

 もしかしたらアイツに聞かれたかも知れない。そんな考えを置き去りにするくらい、二人は速く走った。

 正門まで後少しの所で、マコトは何故か振り返ってしまった。

 目はそんなにいい方ではないが、マコトは飛び降りた窓から上半身を乗り出してこっちを凝視する異形(いぎょう)をハッキリ見てしまった。

 顔は白い仮面の様で髪はとても長く、その姿は化け物と呼ぶには充分すぎた。

 「うぁっ!」

 情けない声を出して、マコトは大きく転んだ。

 立ち上がろうとするも、震える足に力は入らない。シンヤがマコトを助けようと手を差し出す。

 「アイツが来る...」

 ギリギリ聞き取れる声でマコトが言うと、シンヤはようやく状況を理解し西校舎を見る。

 だが、マコトが見たと言うモノはそこにいなかった。

 「…とりあえず出よう。立てるか?」

 「ああ」

 再び走り出した時に、マコトはもう一度振り返った。

 そこにはもう化け物はいなかったが、何故か立ち止まったシンヤにぶつかってしまった。

 「おい、どうしたんだよ」

 「…あれ」

 シンヤの視線の先には、予想より遥かに大きく禍々(まがまが)しい化け物が、マコト達に背を向けて正門に立っていた。

 脚は短く、手のひらは大きい。そして長い髪の間から少し角の様な物が見える。

 シンヤが唾を飲んだ瞬間、ソレは有り得ない速さで振り返った。

 眼と鼻と口のない白い仮面を付けている。仮面には、(ひたい)の部分に呪文の様な文字が書かれており、分厚い仮面の下から(かす)かに歌う声が聞こえた。

 短い脚で()()()()()()と近づいてくるその姿に二人は腰を抜かし、どうする事も出来なくなった。

 化け物が両手に一人ずつ掴むと、仮面が縦に割れ、口だけしかない顔が見えた。

 無情に開けられた大きな口は夕陽に照らされ、マコトとシンヤの目にしっかり焼き付いた。

 気を失う瞬間に、ソイツが少し笑った気がした。


 目を覚ましたシンヤは、生きている事に驚いた。

 マコトがいない事、ここが職員室だという事、そして自分が助かった事、短時間でシンヤは多くを考えた。

 誰かが職員室のドアを開ける音に、思わずシンヤは机の下に身を隠した。

 少しだけ頭を出して、ドアを開けた何者かを確かめる。

 そこには、見覚えのない女性と下を向いたマコトが立っていた。

 「…マコト」

 「シンヤ!やっと目を覚ましたか!」

 マコトがシンヤに駆け寄り、肩を力強く掴む。

 「俺達、助かったんだ!助かったんだよ!」

 涙目のマコトに揺さぶられながら、謎の女性の方を見る。

 「あんたは…」

 「この人は命の恩人だ。俺とシンヤを化け物から救ってくれた」

 女性はシンヤの方を見て、口を開く。

 「シンヤ君、痛む所はない?私の名前は(りん)。だらだら説明してる暇はないからよく聞いてね」

 凛という女性はシンヤに今の状況を話した。

 「質問とかはここを出てからにしてちょうだい。マコト君には説明したけど、シンヤ君もアイツを見たのね?」

 「…アイツって…あの化け物ですか」

 「そう。あれは空人(トーテム)ってゆう地獄の住人、平たく言えば人の魂を食べる化け物ね。二人は空人(トーテム)の狩場に迷い込んだの。通常ヤツらは綿密(めんみつ)な計画を立てて一人の人を自分達の結界に閉じ込めて狩りを行うのだけど、どうゆうワケか結界の中に獲物が転がり込んで来たの。それがあなた達よ」

 理解できていないシンヤをよそに、凛は話を続ける。

 「空人(トーテム)は現実世界に姿を消して忍び込み、獲物に触れて呪印(じゅいん)を刻んでマーキングする。あなた達も触れられたのなら、お腹の所に呪印がある筈よ」

 シャツを捲ったシンヤは、自分の腹に不気味な仮面と同じ文字が刻まれているのを見て、嘔吐しそうになった。

 「…説明がまだ終わってないんだけど、とにかくあなた達は狙われてる。そしてヤツらは賢いわ。そこで提案なんだけど」

 凛は、気持ち悪そうに下を向くシンヤと、その背中をさするマコトを見下ろしてこう言った。

 「二人で(おとり)をやってくれない?」

登場人物


田崎マコト

物語の主人公。普通の生活を送っていたが、空人と呼ばれる化け物の狩場に迷い込んでしまい、彼らのターゲットとなってしまう。

どちらかと言うと臆病な性格だが、それを隠して素行の悪い親友と授業をサボったりする。

身長 176cm 体重 65kg 髪型 ショートマッシュ 髪色 黒


中井シンヤ

マコトの親友。幼い頃からマコトと二人で行動している。

行動力と体力が自慢で、マコトが臆病な事に気付いている。

身長 168cm 体重 59kg 髪型 ショート 髪色 ブラウンアッシュ


空人の狩場に突如現れた謎の女性。

少し高慢な態度の彼女は、二人に囮作戦を提案する。

身長 163cm 体重 ??kg 髪型 ロング 髪色 黒

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