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特訓中

それから数日後のこと。

広大な城の敷地内にある訓練場に二人の姿があった。



「レーネ、光の刃が揺らいでいる! もっと集中して真っ直ぐに打ち出せ。でないとまた壁を壊すぞ」

「はいっ、ラフィエル様!」

「だめだ、また余計な力が端から零れている。今度は力が弱すぎて形を保っていられなくなるぞ」

「うー……方向を定めようとすると、力の制御が……」



会話を聞いているだけなら、熱心な師匠と弟子のようである。

しかし、彼らの声は訓練場に幾重にも張り巡らされた防御結界に遮られ、外に届くことはない。

勿論、二人の姿も外から見えることはないが、中を覗くことができる者がいればその惨状に絶句するであろう。


地面も壁も亀裂だらけ、幾つもの大穴や焼け焦げの跡がそこかしこに見受けられる。

結界がなければ城にもかなりの被害をもたらしていたに違いない。


現在、ラフィエルはエイレーネのノーコンを直すべく絶賛特訓中なのである。




「こらっ、もっとはっきりと刀身のイメージを描くんだ。でないと、光の刃は出ないぞ」

「うーん……やってるんだけど……」

「力のコントロールにはイメージが必要なんだ。魔力の方向付けを決定するのは明確なイメージ、思念へと集中する力だ。ほら、もう一度やってみろ」


やけに熱心な指導ぶりである。

どちらかというと剣の方が得意なラフィエルは、訓練用に魔力を光の刃を変換する剣を作り、訓練用にとエイレーネに与えた。

懇切丁寧に面倒を見ているその姿は、普段の彼を知る者が見れば、思わず我が目を疑ってしまうような光景だろう。

勿論、ラフィエルにしてみれば、下心ありまくり、というか打算による動機からなのだが。



契約とは本来ギブ&テイク、しかも悪魔の場合、自分の方が得する条件で契約するのが普通である。

しかし、彼の場合、契約者の言う通り魂を助けてやったのはいいが、このままでは彼女を抱くこともできない訳で。

彼の方が損をしている状況になっているのだ。

早く力の制御を覚えさせ、性行為にも慣れさせていかないと、いつまでたっても対価をもらえないではないか。

せっかく契約したのに元を取らないと大損だ、などと考えている辺り、公爵ともあろう大悪魔にしては妙に庶民的といえる。


………という実に打算的かつ不純極まりない動機から。

ちょうど暇を持て余していたこともあり、ラフィエルはこのノーコン天使の指導にかかりきりになっていた。





勿論、抜け目ない彼は、力の制御訓練だけでなく、毎日キスすることから性行為へと徐々に慣れさせていくという訓練(?)も並行して進めていたのである。

尤も、こちらは魔力の訓練とは違い、なかなか思うようには進まなかった。



そもそもキスとは何かということから説明せねばならず、また彼とエイレーネの関係からして『恋人・夫婦が行う愛情表現の行為』などという普通の説明ができるはずもない。

仕方なくラフィエルは『お前が俺のものだと教える行為』という当たらずとも遠からずな説明にとどめざるを得なかった。

とりあえず彼女はそれで納得したらしく、それ以上追及してこなかったのは幸いだった。


意味がわかったところで、さあ実践とばかりにやってみたところ。

唇を合わせるというところまではよいのだが、流石に舌を入れる深いキスをしようとすると途端に暴れ出す。

エイレーネ曰く「なんで舌なんか入れる必要があるの」「ぬるぬるして変な感じ」とのことで、彼をがっくりさせたことは数知れず。


そうやって彼女を驚かせる度に、部屋の中の何かが壊されることも今や日常茶飯事となっていた。

という訳で、こちらも常に防御結界は必須となっている。

初めてグラスを壊された時も実は被害はそれだけではなく、夜が明けてみると壁に大きな亀裂が入っているのに気付き、皆が愕然としたものだ。


流石に特訓の甲斐あってか、壊されるものは徐々に小さいものになってきている。

しかし、こらちの訓練の進行状況はまだまだキスで足踏み状態ということに変わりはなかったのである。





力の制御訓練は順調、性行為への慣らし訓練は絶不調という日々が続く中。



「やっほー、ラフィエル~っ! 遊びに来たよ~♪」


まるで緊張感のないのんきな挨拶と共に、突然彼らの前に現れたのは。

肩まで揃えられた銀髪に琥珀色の瞳の青年だった。

背は高いがほっそりした体つきをしており、それに見合った中性的な美貌の持ち主である。


ここに来てから初めて見るラフィエル以外の高位の悪魔に、エイレーネは興味津々の眼差しを向ける。

そんな彼とは対照的に、ラフィエルはといえば、予想外の来客を見て露骨にイヤそうな顔をしてみせた。



「ラムダか……一体何しに来たんだ」

「うわー、ご挨拶だねぇ……君が全然遊びにも夜会にも来ないし、女の所にも行かないで城に篭もりっきりって聞いたからさ。心配になって、わざわざ訪ねてきたんじゃないか」

「嘘つけ。お前が心配なんかするタマかよ」

「おやおや、えらくご機嫌斜めだなぁ。よっぽどこの子と二人きりでいるのを邪魔されたくなかったみたいだね?」


邪険な態度を取るラフィエルを全く意に介した風もなく、ラムダと呼ばれた悪魔はけらけらと笑う。

そして、仏頂面で睨みつける大悪魔からその傍らにいる天使へと視線を移した。



「で? この子が、君が入れ込んでるっていう天使なのかい?」

「誰が入れ込んでるって? 一体どこからそんな話が出てくるんだ」

「ふーん? 面倒くさがりの君が自ら面倒見てるってだけでも、随分な熱の入れようだと思うけど?」


にやにやと人の悪そうな笑みを浮かべ、ラムダは苦虫を噛み潰したような顔の友人を覗き込んだ。

勝手知ったる他人の城とばかりにさっさと奥まで入り込んできたラムダは、ちょうど中庭で力の制御訓練をしている彼らを見ていたらしい。

勿論、あの防御結界の中を覗けるほどの力を持つ彼は、やはりラフィエルと同じく四大公爵の一人である。



「うるさい、お前には関係ないだろうが。それよりお前、どこからレーネのことを聞きつけてきたんだ?」

「へーえ、レーネちゃんっていうんだ。かわいい子だねぇ」

「違う。エイレーネだ。お前なんぞが馴れ馴れしくレーネと呼ぶな」

「うわ、ひっどー! っていうか、すっごい独占欲だね~……怖いなぁ」



喧嘩腰の友人を軽くいなすと、ラムダは先程から自分を見ていた天使の方に向き直った。

そして、ラフィエルに向けたのとはまるで違う優しい笑みを浮かべ、優雅に礼を取る。


「初めまして、エイレーネ嬢。私はラムダ。ラフィエルとは長い付き合いの友人なんだ。よろしくね」


始めは少しだけ緊張していた彼女もそれを見て顔を綻ばせ、礼を返した。


「はっ初めまして! こちらこそよろしくお願いします!」 

「うんうん、素直ないいお返事だね。ところで……エイレーネ嬢、君、甘いものは好きかな?」


唐突な問いに首を傾げながらも、少女は頷く。


「それはよかった。こう見えても私はお菓子作りが趣味でね。今日はレモンパイ作ってきたんだけど、よかったら食べない?」

「はいっ、喜んで! 私レモンパイ大好きなの!」


ラムダの言葉に、エイレーネはぱっと顔を輝かせる。

満面の笑顔を見て、彼もまた嬉しそうに笑みを深めた。



「ラフィエルはあんまり甘いものは好きじゃないんだけど、これなら食べられるからね。今日わざわざ焼いて持ってきたんだよ」

「ラフィエル様もレモンパイ好きなんですか?」


初対面にも関わらず、楽しげに言葉を交わすラムダとエイレーネ。

そんな様子を何となく面白くない気分で眺めていたラフィエルは、不意に二人の会話を遮るように口を挟んだ。


「レーネ、ちょうどラムダも来たし、休憩にするから、お茶の支度を頼んできてくれるか」

「はい!」


そんな彼の心中など露知らず、エイレーネは素直に頷いて部屋の中へと駆け出していった。

その後ろ姿を見送って、ラムダが口を開く。


「いやぁ~…ほんっとーにかわいい子だねぇ」

「………やらんぞ」

「ぷっ、誰も取るなんて言ってやしないだろー?」


思いも寄らぬ友人の台詞に、ラムダは吹き出した。

うっかり洩れたのであろうその言葉は、あの無邪気な天使への執着を窺わせる。

戦いや剣以外に執着など見せたことのないこの男がね、と意外に思ったことは、賢明にも口には出さなかった。



「それにしても、あんなかわいい子、一体どこから攫ってきたのさ?」

「攫ったとは人聞きの悪い。契約の対価を払ってもらうために、こっちに連れてきたんだ」


冗談半分に口にした質問に、驚くべき答えが返ってきて。

ラムダは目を丸くした。


「ちょ、ちょっと、ラフィエル……契約って……あの子は天使だろう? それに、休戦中の今、天使を無理やり攫ったなんて知れたら…」

「別に無理に攫った訳じゃない。契約して、向こうも承知の上で連れてきたんだからな。何だったらレーネに聞いてみろ」

「…………君から見ればそうだけど、向こうにしてみれば立派な誘拐だって…」


全く悪びれない友人の言に、ラムダはがくりと肩を落とした。

が、再び顔を上げた彼の顔にはどこか心配そうな色が浮かんでいた。



「それにしても、あの子……かなりの力を感じるよ。制御装置をつけてるのが見えた」

「ああ、お前にはやはりわかるのか」


ラムダは魔界でも四大公爵の一人でありながら、魔道具の発明が趣味という一風変わった悪魔だった。

これまでにも様々な魔道具が彼の手によって作り出されている。

その手の知識にかけては、魔界でも彼の右に出る者はまずいないだろう。



「けど、どうして制御装置つけてるのに、わざわざ訓練なんかしてるんだい?」

「………あれですら抑えきれない時もあるらしくてな……下手に物を壊されてはたまらんから、訓練してやってるんだ」


セックスの時に動揺されて物を壊されたり、とばっちりで怪我をさせられるのを防ぐためなどとは……流石にラフィエルも言えなかった。

しかし、彼の言葉はかなりラムダを驚かせたようである。


「あれほどの制御装置をつけているのに? すごい力だね……だとすると、ああ見えても、あの子は天界では相当重要な位置にいる天使なのかもしれないよ?」

「………まさか」


軽く笑い飛ばそうとして、ラフィエルの表情は途中で強張った。


その道の専門家であるラムダが見ても、彼女のつけている制御装置は非常に強力なものらしい。

それをつけてなお、あれだけ力を出せるということから考えると………。

とんでもないお子様天使は、もしかして、とんでもない大物天使だったのかもしれない。



――――イヤな予感が、した。






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