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3/7

問題発覚

「ふう……どうにも今日は大騒ぎだったな」


湯浴みを終えて戻ってきたラフィエルは自室の寝台に腰掛けて、大きく息をついた。

傍らのテーブルには、琥珀色の酒を湛えたグラス。

それを取り上げ、ゆっくりと喉を潤す。

臓腑に染み渡るうまさに、彼の口からは満足げな吐息が洩れた。




あれから彼はエイレーネを連れて魔界に戻り、自分の居城に帰ってきた。

が、ここまで連れてくるにはまたひと悶着あったのだ。


このまま魔界に連れていくというラフィエルに、エイレーネは家に連絡してからだと言い張ってなかなか首を縦に振らなかった。

当然、連絡などされては困るし、する気もなかった彼は契約を盾にあくまで却下したのだが。

家族が心配するから連絡してから行く、と騒ぐ彼女はなかなかに頑固だった。

暴れる少女を無理やり抑え込み、更にはおとなしくしなければさっき助けた魂をまた持っていくぞと脅してやっと、連れて帰ってきたのである。




「まあ、これでしばらくは退屈せずにすむだろうよ」


くっと笑って、ラフィエルは再度グラスに口をつける。



――――待ち人が来るまで、後少し。

湯浴みを終えたら、エイレーネにここへ来るようにと言いつけてあった。

ほどなく彼女は寝室にやって来るはずである。



『対価はお前自身だ』と告げた言葉には、無論、そういう――――閨の相手として――――意味も含まれていた。

いくらか子供っぽいところはあるが、その意味で見ても、あの気の強そうな少女は非常に魅力的だった。

彼が見たところ、彼女にはまだ誰の手もついていないことはわかる。

何も知らぬであろうその無垢な身体を組み敷き、思うがままに蹂躙してやれば、あの天使はどんな顔をするだろうか。

考えるだけで心が踊った。


と、そこに軽くノックの音がする。



「入っていいぞ」


ラフィエルの返事を受けて、扉が開く。

白い夜着姿のエイレーネが入ってきた。

広く豪奢な寝室を珍しそうにきょろきょろ見回している。

止まった足を促すように、彼は少女を呼んだ。


「エイレーネ、ここに来い」

「はーい」


全く緊張感のない返事に拍子抜けするラフィエル。

気後れした様子もなく、というよりのんびりと彼のいる寝台の方へと歩み寄ったエイレーネ。

天蓋つきの大きな寝台に目を丸くしつつ、彼の手招きに応じて隣にちょこんと腰掛けた。



「こんなに広いお城なのに、ここで一緒に寝るの? あ、それとも契約したら一緒に寝ないといけないとか?」


無邪気に問い掛けられて。


「………あのな、こういう状況で一緒に寝ると言ったらこれしかないだろう」


答えるや否や、ラフィエルは彼女の細い身体をシーツの上に押し倒した。

両手を押さえつけて動きを封じながら、驚きに揺れる翡翠の瞳を満足げに眺める。



「え、な…何…っん―――っ!」


抗議する暇も与えず、柔らかそうな唇を深く塞いだ。

噛みついてくるかと思ったが、少女は初めてなされる行為に驚くばかりでそれどころではないらしい。

ならば遠慮は無用と、甘く柔らかな感触を存分に味わっていると。

エイレーネはいきなり激しく首を振り、もがき始める。

やっと抵抗することを思いついたのだろうが、そうはさせじと逃げる唇を捕らえきつく吸ってやる。



「ふぁ…っんんぅ―――っっ!!」


合わせた唇の間でくぐもった呻きが洩れる。

更に深く舌を侵入させようとした瞬間。


パァン…ッ!


何かが破裂するような音がして、驚いたラフィエルは動きを止める。

慌てて身体を起こし、辺りを見回して――――すぐにその原因に気がついた。

寝台の側にあったテーブルの上、先程まで彼の飲んでいたグラスが粉々に砕けている。

今の音はどうやらこのグラスが壊れた音らしい、と彼にも見当はついた。


しかし、今のエイレーネの抵抗くらいで近くのテーブルが揺れたりするほど、寝台も部屋も安普請ではない。

もしグラスが倒れたとしても、こうまで綺麗に粉々になるはずはないのである。

一体何故、と彼が考え込んでいると。



「いっ、いきなり何すんのよっっ!!」


部屋いっぱいに響き渡った怒声に再び驚かされた。

振り返ると、真っ赤な顔をしたエイレーネが自由になった両手を振り回しながら怒っている。


「突然、口塞ぐから、息できなくなっちゃうじゃないっ!! 私を殺す気なの!?」

「…………はぁ??」


彼女の台詞に、ラフィエルは訝しげに眉を寄せた。


「おい、エイレーネ……お前……」

「何トボケてるのよ!! 確かにあなたのものになるって言ったけど、殺すなら殺すで窒息死させるんなら前もって言ってくれないと……」


どうにも話がおかしな方向に進んでいる。

訳がわからないまま、彼は言い返した。


「こら待て、なんで俺がお前を殺さないといけないんだ。大体殺すくらいなら、城まで連れて来る訳ないだろうが」

「じゃあ、なんでいきなり口塞いだりするのよ! 息できなくて死ぬかと思ったんだから!」


怒鳴り返してくるエイレーネの台詞を聞いて、ラフィエルの目が点になる。


(まさか、まさかとは思うが………)



「おい、まさかお前…キスも知らないのか……?」

「はぁ……キス? キスって何??」


恐る恐る尋ねてみれば、きょとんとした顔で逆に問い返される。

普通では考えられない反応だった。



(おいおいおい………うそだろう…???)


思わずくらりと眩暈を覚えてしまったとしても、誰が彼を責められるだろうか。



「…………お前、年はいくつだ…?」

「? 17歳だけど?」


実は見かけよりも年齢が若かったのかも、という(切実な)希望的予想はあっさりと砕かれてしまう。

本気でラフィエルは頭痛を感じ始めていた。




人間が持つイメージがどうあれ、悪魔にも天使にも性欲というものはあるし、勿論性行為もあるのだ。

それが、成人年齢(18歳)にも後少しという若い女性がキスについての知識もないなどとは俄かには信じ難いことだった。

一体この天使はどんな育ち方をしてきたのだろう?

『箱入り娘』『純粋培養』などという言葉が人間界にはあるが、まさしく彼女はそういう育ちをしてきたとしか思えない。

かなりの上級天使の娘だろうとは思っていたが、それにしてもこれは……ひどすぎる。


あまりにも予想外の展開に、ラフィエルは頭を抱えた。



彼としては。


『何するのっ…! やっ、やめて……!』

『対価はお前自身だと言っただろう?』

『やだぁっ…やめ…っんん、ああぁっ……』


などと強引に天使を汚すといういかにも悪魔らしい『手篭め』的な展開を期待していたのだが。

これでは………どうにもその気が削げるというか何というか。

何も知らない純真な子にあれやこれやと教え込むのも確かに悪くないのであろうが。

ここまでその方面の知識がないと、何をやっても『痛いっ何するのよ』『なんで噛みつくの??』『くすぐったいーあははは』などとムードぶち壊しにされる展開がいとも容易く想像できてしまう。



だからといって、文字通り力尽くで痛がり泣き叫ぶ少女を無理やり犯すというのも彼のポリシー(?)に反する。

別段紳士を気取っている訳ではない。

言い寄る女は数知れず、数多の美女と散々浮名を流してきたラフィエルとしては、嫌がる少女をその技巧で快楽に堕として抱くことは楽しめても、そこら辺の下手な男のように力任せに手籠めにするなど、男としてのプライドが許さない所業なのである。



頭を抱えるラフィエルに、少女が無邪気に尋ねてくる。


「ねえねえ、キスって何なの?」

「…………今したのがキスだよ……」


説明してやる気力すら失って、答えになってない答えを力なくぼそりと返すラフィエル。

そんな彼に、更に追い討ちをかける発言が少女の口から飛び出した。


「ふうん……あ、その『キス』するのはいいけど、口塞ぐんならちゃんと先にそう言ってくれないと困るのよ。でないと、まためちゃくちゃビックリして、今みたいに何か壊しちゃうといけないから」

「……えっ!?」


今日だけで、彼女の言動に驚かされるのは一体何度目だろうか。

ラフィエルはまじまじと目の前の少女を見つめた。


「じゃあ、グラスが割れたのも……お前のせいなのか?」

「ええ……ごめんなさい」


申し訳なさそうに、エイレーネが小さく謝ってくる。

またしても信じられない事実に、彼はただただ目を丸くするしかなかった。



「ちょっと待て、お前、制御装置をつけてるって……」

「うん、つけてるけど。ひどく感情が昂ぶったり、めちゃくちゃ驚いたりした時はそれでも抑え切れなくなるみたいで……」



(~~~~ちょっと待てよオイ!!)


制御装置でも抑えきれない力とは一体……。

半ば驚嘆すると共に、エイレーネの言葉が意味するものに気づいてラフィエルは愕然とした。

何も知らぬ彼女にとって、セックスとはまさしく彼が言う所の『ひどく感情が昂ぶったり』『めちゃくちゃ驚いた』りさせる行為に他ならないではないか。

もし何とかその気を奮い立たせて(笑)彼が無理やりエイレーネを抱こうとしても、キスやら何やらする度に部屋の中の何かが壊されるのは目に見えている。

今回は運良くグラスだけで済んだが、あのまま行為を進めていれば何を壊されたかわかったものではない。

下手をすれば、シャンデリアだのベッドの天蓋だのが落ちてきたかもしれないのだ。

物で済む内はよいが、最悪の場合、彼自身にその力が向かってくることもありえる。

そう考えるだけでぞっとした。


ということは、つまり――――早くエイレーネに力の制御方法を身につけさせなければ、いつまで経ってもお預けということである。




「………………マジかよ………」

「どうしたの? どこか具合でも悪くなった? 大丈夫……?」


どっと圧し掛かる疲労感に項垂れてしまった彼を見て。

彼の心の内など知る由もない天使はおろおろと心配そうに覗き込んでくる。


「ああ、そうだよ。………もー頭痛くて死にそうだよ、全く……」


その純真さが恨めしく、思わずぶっきらぼうに答えを返す。


「ええっ、大変! じゃあ、もう寝た方がいいよ! ほら、早く布団に入って……」


ラフィエルの返事をまともに受け取ったのか、エイレーネはかいがいしく彼の世話を焼き始める。

まさかあんな言葉を真に受けるなんて思ってもみなかっただけに、彼もどう対応していいかわからず、されるがままになっていた。



「おい……」

「すごい頭痛いんでしょ? だったら、おとなしくして……もう寝なさい」


彼女はてきぱきと自分よりも大きな彼の身体を支えるようにして寝かせてやり、その上からしっかり毛布を掛けてくる。

まるで小さな子供に対するかのようなこの扱いに、怒るよりも先に力が抜けてしまった。

額に手を当てて熱を測るその一生懸命な様子を見ていると、ひどくくすぐったい気分になってしまうのが不思議だった。


(こいつといると、どうも調子が狂うなー……)



「熱はないみたいね、よかった………じゃあ、おやすみなさい」


と言い残して、彼女は部屋を出ようとする。



「おい、どこに行くんだ?」


が、ラフィエルに声をかけられ、その足がぴたりと止まった。

彼の部屋に行くように言われて、自分の部屋すらもらっていなかったエイレーネである。

しかも、初めての場所の上にだだっ広い城の中、どこに行けばいいのかわかろうはずもない。



「えーと……私、どこで寝ればいい?」

「ここで寝ればいいだろう」


そう言ってラフィエルが指したのは、彼の隣。


「え、だって……あなた頭痛いのに、一緒に寝たりしたら邪魔じゃない?」

「――――今更だ。案内する方が面倒だから、今日はここで寝ろ。お前一人分のスペースなんざ充分ある」


彼の言う通り、寝台はやたら大きくて、エイレーネがもう3人くらいいても十分寝られそうな広さがあった。

少しだけ躊躇した後、少女は寝台に近づいてきて、おずおずと隅っこに潜り込んだ。

あれだけ強引に世話を焼いたりして人を振り回したくせに、変な所では遠慮するらしい。



「ああもう、そんな端にいたら落っこちるだろうが」


まだるっこしくなって、ラフィエルはぐいと乱暴に華奢な身体を引き寄せた。

情交のためでない、誰かとの同衾は実に子供の頃以来のことだった。

腕の中の小さな身体はとても暖かい。

その温もりを心地く感じている自分をおかしく思いながら、彼はじっとこちらを見上げている天使の鼻先をちょんと突いて。

真面目な顔で宣言した。


「とりあえず――――明日から特訓だからな」






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