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契約


「そんなにまでして、この魂を助けたいか? お優しいことだな……まあいいだろう。条件次第ではこの魂を放してやってもいいぞ?」

「ほ、本当に……?」


突然の態度の変化を訝しむでもなく、少女はぱっと顔を輝かせた。


「何なら、放すだけでなくこの魂を身体に戻してやってもいい。今ならまだ間に合うだろう」

「え………っ!」


思いがけない申し出に、翡翠色の瞳が更に大きく見開かれる。


「お前にはできなくても、俺には簡単な事だ」


力の差を殊更見せつけるように、言い放つと。

一瞬、少女の顔が悔しそうに歪んだが、すぐにそれは喜びの表情に取って替わる。

魂のみならず命をも救ってやれる嬉しさの方が勝ったようである。




「ただし、その対価は――――お前自身だ。それでもよければ、な」

「……わ、私…?」


彼の言葉に、少女は目をぱちくりさせる。

対価が自分自身、という所がどうもよく理解できていないようだ。



「そうだ、お前が俺のものになるのなら、この魂を助けてやろう」

「……あなたのものに……」



少しだけ考え込んで、意外なほど早く少女は決断した。


「わかった、あなたのものになる。だから、早くその子を助けて……!」

「よし、では契約成立だな」


にっと笑って、彼は手を伸ばし天使の白い長衣に包まれた胸元に指をつきつけた。

そして、何をするのかと怪訝そうな顔をした少女に問いかける。


「お前、名前は?」

「……エイレーネ」


名前を聞くやいなや、彼はひどく真剣な顔つきで重々しく告げる。


「エイレーネ、か。では天使エイレーネ――――汝、この魂を救うためにその身を、我、ラフィエル・ディノ・ベリアールに差し出すことを誓うか」


名を聞いて初めて、天使は目の前の男が魔界四大公爵の一人であることを知ったようだった。

とんでもない大物を相手にしていたことに驚愕した様子だったが、今更もう後戻りはできないし、また本人にもその気はなさそうだ。

こくりと一つ息を飲み込み、それから意を決して彼女は口を開く。


「………誓います」


すると、その指先からぽうっと蒼い光が差した。

びっと小さく音を立てて胸元の布が裂ける。


「………っ!」


ラフィエルの指が当っている場所にちりっとした痛みを感じて、エイレーネは首を竦めた。

だが、痛みはほんの一瞬だけだった。

指が離されたのを感じて、恐る恐る胸元を見てみると。

胸の中央にくっきりと一つの印が刻まれている。

それは彼女には見慣れない円形の文様だった。

円の内側には、一見竜の形にも見える複雑な術式が描かれている。


「…これは……?」

「俺のものだという印だ。この契約印は俺以外の者には決して消せない。これで他の悪魔にもお前が誰のものかはすぐにわかる」


彼女の白い胸元に刻まれた印を見ながら、ラフィエルは満足げに笑った。

契約印をまじまじと見つめていたエイレーネがはっとしたように面を上げる。



「じゃあ、契約済んだんだから、早く助けて」

「はいはい、ったく悪魔使いの荒いやつだな」


彼女に急かされて、ラフィエルは手の中の魂を少女の身体へと向けて飛び立たせる。

彼の魔力の後押しを受け、虹色に輝く球体はまっすぐに肉体へと向かっていく。

勿論、魂が戻るタイミングと同時に、死にかけていた肉体の大きな損傷部分を不自然でない程度に治癒させることも忘れない。

そして、魂は少女の胸の中へと吸い込まれていった。



ラフィエルの傍らでエイレーネが息を詰めて見守る中、やがて少女の瞼が微かに震えて――――ゆっくりと彼女は目を開ける。

みるみるうちに、母親の顔に広がっていた絶望は歓喜の色へと塗り替えられて。

悲痛な絶叫に代わり、今度は喜びの声が辺りに響き渡った。

取り巻く人々からも安堵のため息が洩れる。

そこへタイミングよく救急車も駆けつけ、すぐさま少女は担架に乗せられて病院へと運ばれていった。




「まあ、一応大きな傷はある程度塞いでおいたし、後はちゃんと手当てすれば傷も治るだろう」

「よ、よかったぁ~~~!! ありがとう、えっと、ベリアール公爵様!」


振り向いたエイレーネに心からの笑顔で礼を言われ、彼は面食らった。

別にこれは契約だし、所謂ギブ&テイクというやつで、人間の言うところのボランティアでも何でもないのだ。

まさか礼を言われるとは、しかも心から嬉しそうに感謝されるなんて、全く思ってもみなかったラフィエルである。


「別に……契約だからその通り履行しただけだ」


妙に面映い気分になったのを誤魔化すように、彼はそっけなく答える。

しかし、エイレーネはかぶりを振って、再度礼を言った。


「それでも、やっぱりありがとう。私じゃ助けてあげられなかったから……制御装置なくたって助けられなかったと思うし」

「………えっ?」


『制御装置』という言葉にぎょっとして、彼は目の前で微笑む天使の顔を凝視する。

問うような視線を受けて、エイレーネは左の耳にあるピアスを指してみせた。

耳たぶにきらめいているのは、彼女の瞳と同じ翡翠色の石。


「ほら、これ。私、力の制御がどうしてもうまくできなくて……力を使う度に見当違いの方向に行ったり、出力の調節を失敗したりするもんだから。

物を壊したり人に怪我させたりしないようにって、これをつけられてるの」

「………つまり、ノーコンって訳か」


その説明に、身もふたもないコメントを挟んでやると。

彼女はむっとしたように睨みつけてくる。


「悪かったわね! そのうちちゃんと制御できるようになって、あなたよりも強くなってやるんだから!」


さっきまでにこにこ笑っていたのに、今はもうぶすっと唇を尖らせむくれている。

本当に見ていて面白いくらい表情が変化する少女である。


(それに…制御装置をつけているということは、よほど大きな力を持っているということじゃないか? まだほんの子供なのに…)


制御できなければ周囲に迷惑をかけるほどの力の持ち主など早々いるものではないのだ。

知れば知るほど、ますますこの少女に対する興味がわいてくる。


(力はあるくせにノーコンの天使か……面白い。しばらく退屈せずにすみそうだ)




何にせよ、しばらく彼を悩ませてきた退屈の虫も、このおかしな天使の存在でようやくおさまりそうであった。






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