七味唐辛子の妖精
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
夜の22時、近隣に迷惑が掛からない程度の声で叫んでいる私は、しがないサラリーマンをしている。
今日は小さなミスを年下の上司にグチグチと怒られて、かなりストレスが溜まってしまっていた。
そんな日には、私はコンビニでどん兵衛を買ってきて、七味唐辛子を一瓶の半分くらい振りかけて、真っ赤にしてしまう。
そうすることで、私はストレスの解消を図っているのだ。
おっさん
「うおぉぉぉぉ、クソ上司めぇ。何様のつもりだよ、ちくしょー」
どん兵衛を上司に見立てるかのように、親の仇がごとく、どん兵衛の表層を真っ赤に染めていく。
「くらえ!くらえ!これでもか!」
今日は少し入れすぎてしまった気もする……
しかし、一口啜ったときの刺激的な口内環境が、きっと私を慰めるがごとく、ピリピリと爆発を起こすような勢いで、堪らないひと時へと導いてくれるはずだった。
「よし、それでは。いただきまーす」
私がそう言って、割りばしを割ったとき、突然目の前のどん兵衛が光りだした。
「ん?な、なんだこれはー!?」
眩い光に包まれたかと思うと、それは3秒ほどで立ち消えてしまった。
「な、なにも見えん」
急に視界が真っ白になったので、しばらく視界が白にぼやけてしまっていた。
そして、徐々に戻っていくと同時に、小さなダイニングテーブルを挟んだ向こう側に人影が見えた。
「な、だ、誰かいるのか?」
完全に視界が元に戻ったとき、そこに在るものが何か分かった。
それは、赤いドレスを着た女の子だった。
少女
「私は、七味唐辛子の妖精です」
「え、そんなの居るんですか?」
七味唐辛子の妖精
「はい、居ます」
妖精は私のどん兵衛をズルズルと啜り始めた。
「それ、私のどん兵衛なんですけど……」
七味唐辛子の妖精
「はい、知ってますよ」
「なんで食べてるんですか?」
七味唐辛子の妖精
「これは、儀式の一環ですから、お気になさらず……」
私は、じっと少女がどん兵衛を食べ終えるのを待っていた。
正直混乱の境地ではあったが、食いっぷりがいいので見てて楽しいというのもあった。
妖精は汁を最後まで飲み干すとぷはーと声を上げた。
七味唐辛子の妖精
「いやー、どん兵衛というのは堪らなく美味しいものだったんですねー」
「は、はあ。よかったです」
七味唐辛子の妖精
「さて、では始めましょうか?」
「何をでしょうか?」
妖精と名乗る少女は、表情を輝かせながら言った。
七味唐辛子の妖精
「決まってます!貴方の仰る”クソ上司”とやらを殺しにいくのです!」
「え、ええ!?」
妖精と名乗る少女は、両手を胸の前で結び、静かなトーンでその理由を語り始めた。
七味唐辛子の妖精
「私は貴方が毎晩、私をどん兵衛に振りかけるのを見ていたのです。そして、思いました”この人はなんて私の事が好きな人なんだろう……”って」
「まあ、一味より七味派かな……とは思ってるけど……」
七味唐辛子の妖精
「しかし、それと同時に哀しくなったのです。”この人は私がなくっちゃ生きていけない……そういう体になってるんだ……”って」
「多分生きていける気がするけど……」
七味唐辛子の妖精
「だから、私は貴方のストレスの原因を取り除いてあげることに決めたのです!なので、毎晩小さな声で悪態ついている”クソ上司”とやらを殺すことにしたんです!」
妖精と名乗る少女は物騒な言葉を、さぞ楽しそうな口調で歌い上げるように言った。
私は、なんだか悲しくなった。
「いや、そこまでしなくていいよ。僕の方がミスするのが悪いんだし……」
妖精と名乗る少女はきょとんとした表情を浮かべた。
七味唐辛子の妖精
「えっ……いいんですか?」
「うん、上司も悪い人じゃないしさ……最近子供も生まれたらしいし。殺しちゃったら家族の人に可哀想だよ」
七味唐辛子の妖精
「で、ですが……それでは困ったことになりました」
「どうしたの?」
七味唐辛子の妖精
「いえ、私たち妖精がこちらの世界に現界するためには二つの条件がありまして……」
「条件?」
七味唐辛子の妖精
「はい、一つは【対象者の願いを叶えること】そして、もう一つは【対象者の愛するものをいただくこと】です」
「なるほど……願いを叶えないと駄目なのか……愛するものをいただくっていうのは……?」
七味唐辛子の妖精
「どん兵衛です。さっき食べました」
「あ、それでクリアなんだ……まあ、どん兵衛好きだけど……私」
七味唐辛子の妖精
「あとは何か願いを叶えないと駄目なんです。何か私にしてほしいことってないですか?」
「してほしいことか……」
少女は高校生くらいに見える。体の線が細くて、顔立ちも可愛らしい。
一瞬やましいことが、頭をよぎったが、すぐに頭を振ってその考えを頭から追い出した。
どうせそんな勇気も持ち合わせていない。
「じゃあ、お話でもしようか」
七味唐辛子の妖精
「お話……ですか?」
「うん、君みたいに可愛い子と話せる機会なんてそうないからね。だめかな?」
七味唐辛子の妖精
「勿論いいですよ。私でよければ」
妖精と名乗る少女は嬉しそうに笑った。