第4章 秋桜
昼下がり、太陽がもう鬱陶しいほど、世界を照らすなか夏目達也は洗い終わった洗濯物を探している。
「ないな……ばあちゃんに聞いてみるか」
などと呟き、キッチンにいるおばあちゃんのところに向かう。
「ばあちゃん、あの洗ったジャージどこにやったか知らない?」
すると、ばあちゃんは食器を洗いながら言う。
「達也の部屋のタンスに入れておいたよ」
「あっ、タンスに入れておいてくれたんだ。了解ありがと」
と、そう言い彼は二階の自分の部屋に行きタンスに手を掛ける。
「ぐぅ……開かん……この野郎……わっ!」
いきなりタンスが勢いよく開く。
「痛ぇ……」
ばあちゃんどんだけバカ力なんだよマジで、とか彼は思っているとその引き出しに入っている一枚の紙が目に映る。そして手にとって見てみる。
「何だこれ……?」
そこには絵が描いてあった。いや絵などとはとても言えない子どもが描いたラクガキの様なもの。
その絵には、一本の樹が描いてありその木の下に、と見ていたら、
「達也ーー!」
急に外から声が聞こえ、彼は見ていた絵をタンスにしまい、玄関に向かう
「おはよう達也」
そこには葉月がいた。
「うわっ……なんでお前いるんだよ」
「エヘヘ、だって今日も集まるでしょ? だから迎えに来たの」
すると、横からばあちゃんが出てくる。
「おうおう、悠季ちゃん久しぶり……ってありゃ、悠季ちゃんじゃないねぇ……どちら様ですか?」
などと、ばあちゃんに言われ珍しく少し慌てた素振りをしながら葉月は言う
「あっ、えーと達也の友達の葉月って言いますはじめまして、達也のばあちゃん」
「こちらこそ、ご丁寧にありがとうね。達也と仲良くしてやってね」
ばあちゃんはニッコリと笑う。達也は少し恥ずかしいのか微妙な顔をしている。
「で、どうしたのばあちゃん」
「そうそう、今日からばあちゃん老人会の旅行で一日空けるからよろしくね達也」
「あっ、そうなんだ。楽しんで行っといでよばあちゃん」
そして彼は靴を履き、行って来るねと言い残し葉月と共に高台に向かう。
「はぁー……今日も鬱陶しいくらいに晴れてるな。なんとかならんかねこの吸い込まれる感じ」
と、歩きながら達也は呟く、隣で歩いている葉月はなぜかニヤニヤと笑みを浮かべている。
「えっ……なんで笑ってんの? 何か面白い事あったか、教えてよ俺も笑いたいから」
「いや、達也って良い人だなぁと思ってさ」
達也は良く分からないと言った表情を浮かべている。
「なんだかんだ言って悠季の事ちゃんと気になってたんじゃん」
「あぁ昨日の事か、いやあれは違うぞ。ああやって悠季のストレスを解消させてやれば、俺の好感度が上がるだろ。そうすればそのうち一回くらいヤラせてくれるかもしれないだろ? 昨日の事は全部俺のよこしまな下心だからね、そこんとこよろしく」
「またまたー照れない照れない。達也が優しい事は私知ってるから」
彼女は達也の肩をポンポンと叩く。
「まて、マジでそこんとこ勘違いするな。俺あんな暴力女なんてどうでもいいから、しいて言うならあいつの体だけが目的だからね俺」
「いいんだよ、無理しなくてさ。お姉さんの前では正直になってもいいんだよ」
「おい、もうそれ以上言うな葉月。それ以上くすぐったいセリフを言うなら今ここで俺のアソコ露出させて『はい注目』って叫ぶぞオラ!」
「はいはい分かったよ達也」
そんな事を言っていると高台につく、そこには先に悠季と新一がいた、そして。
「で、どういう事なんだこれは」
もう、猛烈にグチャグチャになった秘密基地に指を指しながら新一は言った。
それに、悠季は慌てた様子で、
「あ……アハハごめんね。ちょっとこのバカ達也が調子乗ってさー」
などと言うがそれに達也は言う。
「おいコラ、そこの美少女アイドル。適当な事言ってんじゃねぇよ。お前がほとんど破壊しただろゴラ」
「えっ!? 達也何を言ってるの? 悠季全然何を言ってるのか理解できないよ……うー……悠季じゃないの、信じてよ新一」
「まてまて、新一惑わされるな、ここで許したらこいつの、健気な女の子を演じるって言う魔法にはめられるだけだぞ」
と、その達也の言葉に彼女は今にも泣きそうな顔になりながら、
「悠季……そんな事やってない……この男が悠季のせいにしようとしてる……ふぇ……」
もうそのあまりに露骨な演技に達也はしばし唖然としてしまう。
「もう凄いね、お前。ほんと凄いよ。ここまでキャラ変わって白々しくやられると逆に笑えてくるわ。なんだよふぇ……って、お前普段ふぇ……なんて言わねぇだろ」
そんな事を言いあっている二人を見て新一は、
「たっく、しょうがねぇな。また作り直すしかねぇだろうが」
と、優しい表情を浮かべながら言った。
「ごめんね……本当に……」
悠季はいたたまれなくなったのか、申し訳なさそうにそう呟いた。
しかし横にいた達也がくぎを刺す。
「なに反省したふりしてんだよお前、昨日はあんな楽しそうに『SATUGAI、SATUGAI』言って暴れまわってたくせに……」
バキッ!
悠季の蹴りが炸裂する。
「久しぶりのこの痛みあざーすっ!」
と、叫びうずくまっている達也を無視して、新一は頭を掻きながら言う。
「それにしても、また一から作り直しかぁ……」
悠季はうつむいてしまっている、その様子を見た葉月は言う。
「でも一回作った分ノウハウがあるから前よりも早くできるし多分良いのが出来るんじゃないかな」
と、葉月の言葉に新一は笑う。
「そうだな、もっとちゃんとしたやつを作ればいいんだよな」
「そうだよ、あっ!そうだっ。良い事思いついた!」
彼女の声に他の三人は葉月を見つめる。
「なんか、名前付けようよ、私たちの秘密基地に。世界で一つしかない、私たちしか知らないこの秘密基地にさ」
と、屈託のない笑顔で彼女はそう言った、それに悠季は良いねそれ、などと言い考える。
「うーん、そうだなぁ。いざこうやって考えると案外出てこないんだよね、ろ、ろ、ろ……」
「ロウ人形の館?」
達也が言った。
「違うわっ!」
彼女の足が達也を捉える。
「ってぇ……な、軽い遊び心だろうが……」
「あんたが変な事、言うからじゃんか。私が言いたかったのは、そうそうロマンティックツリーってのはどうみんな?」
「…………」
悠季を覗いた三人の視線が交錯する。
「いやー、アハハ。悠季それはちょっと……」
などと、葉月は言いだし、それに新一も便乗する。
「ちょっと、さすがにな……」
「えーいいじゃん、ロマンティックツリーなんかオシャレじゃない?」
と、満面の笑みで言い、すっかり気に入ってしまっている。
そんな悠季に達也は、
「お前地で言ってんのそれ、くそダサいから。お前、昨日あんなに狂ったように壊しといてロマンティックもクソもねぇだろうが」
吐き捨てるようにそう言った。
「そ……そんなに言うならあんたもなんか意見出してよ。この変態」
「うーん、そうだなぁ……コッペパンとか」
「…………」
「えっ……何この空気」
「あんたが意味不明な事言うからじゃん」
悠季は見下したような瞳で達也を見ている。
「いやいや、俺にまともな意見求めるって時点でダメでしょ」
「それもそうだね、あんた変態だし。うーん……ねぇ葉月なんかいいアイデアない? ないならロマンティックツリーにしちゃおうよ」
すると、葉月は両手で頭を抱え考え始める。
「あっ! ねぇねぇみんな。コスモスってのはどうかな?」
「おっいいじゃんそれ」
と、新一が言いそれに続いて達也も、
「珍しくボケずにまともな事言ったな、お父さんは嬉しいぞ。うん」
などと、感慨深い表情を浮かべている。そんな二人を見た悠季はしぶしぶ言う。
「じゃあコスモスにしよっか、でもなんでそれにしようと思ったの?」
悠季は純粋に気になった様子で葉月に聞く。
「えっ……理由っていう理由はないけどまぁあえて言うなら語呂かな」
「語呂って……葉月」
すると、達也がいきなり
「ごろにゃーん」
と、言いネコのマネをする。
「…………」
「なんでお前らシカトするんだごろにゃーん」
「…………」
「ごろ……分かった俺が悪かったから、シカトしないでよ。てか最近俺に対するマーク厳しくね?」
「あんたが意味不明だからじゃん」
それに続いて新一も何かを言おうとしたが、横から大きな声で葉月が、
「ああそういう事かっ! アハハっ今分かったよ。語呂とゴロね達也天才じゃん!」
「遅ぇよ!」
葉月は驚いている。
「おまえさぁ……天然か知らんけどマジ傷をえぐる様な事すんなよ。二倍恥ずかしいわ」
「アハ、ごめんごめん。いやーでも本当に面白いね語呂とゴロ。アハハ」
そんな事を言いながら四人は一度ゼロになった秘密基地を再び作って行く。世界で一つだけのコスモスを作って行く。
それぞれが眩しすぎる日差しの中、真剣な表情を浮かべ取りかかっている、その姿を葉月は真剣に見つめている。
そして楽しいなぁとか思う。幸せだなぁとか思う。本当に一日一日が新鮮味に溢れていて彼女は楽しくて仕方がないのだ。
「ずっと……ずっと、こうしていたいね……みんなで」
などと気が付けばそう呟いていた。
その言葉に悠季は手を止め、空を見上げる。
「そうだね、来年なんて事は言わないけど、いつか……いつかまたここにみんなで集まりたいよね」
すると新一も手を止める。
「そうだな、いつ全てが変わるのかなんて誰にも分からない、もしかしたら明日にも全てが変わってしまうかもしれない……でも、それでもまたこんな風に、この場所で笑い合っていたい」
などと言う、しかし言った後、彼は恥ずかしくなったのか頭をポリポリと掻く。
「…………」
そんなくすぐったいセリフを平気で言う新一を達也は見つめる。
「すいません。ここに仲間外れが一人……」
などと、試しに言ってみたら。
なぜか悠季が蹴ってくる。何度も蹴ってくる。
「痛いから、痛いって」
「……下らない事言うなバカ……」
その二人を見ながら葉月は笑う。
そして、コスモスを作って行く。さすがに二回目なので驚くほど速く出来ていく。
少しずつ日が傾き。
「おしっ! 今日はここまでにしておくか」
達也は体を伸ばしながらそう言った。
それを聞いた三人は一斉に疲れた、と呟く。
顔を、タオルで拭きながら悠季は言う。
「凄いね私たち。やれば出来んじゃん」
「確かに、やばいな俺たちの成長の速さ。誰かーっ。誰か俺たちの成長とめてえぇぇぇっ!」
などと、意味不明に叫んでいる達也をニヤニヤした顔で葉月は覗いている。
「ねぇ達也」
「あん? いやお前はいいよ……俺、お前と絡むとガチでスベるからさ」
「しゅん……」
「お前いつからそんなメルヘンなリアクションするようになったんだよ」
そんなやり取りをしている二人を悠季と新一は見つめる。
「仲いいよね。二人」
「あぁ。なんつーか夫婦漫才見てるみてぇ」
「出来てるんじゃない二人?」
それに新一はかもな、と言い頷く。すると、達也が唐突に、
「そうだっ! お前ら今日の夜ひま?」
などと言い出す、さらに続けて。
「いや、今日うちのばあちゃんいないからさ、暇なら遊びに来ないか?」
すると、葉月は間髪入れずに言った。
「行くっ! 行くよ達也。ゲヒヒたまんねぇぜ……」
「なんだよそれ。気持ちわりぃな……普通に言えよ」
「達也のマネ」
「えっ、マジで俺そんな感じなの? すげぇ面白いじゃん俺」
と、言っていると横から新一が入って来た。
「お前らほんとに仲良いな……もっと昔に出会ったりしてないか?」
「んな訳あるかバカ野郎。てかお前は暇なの?」
「まぁな。どうせ家にいてもやる事ないし」
「オッケ。そこのお譲ちゃんは?」
すると、しゃがんでタオルを頭巾のように被っていた悠季は少し不機嫌そうに言う。
「なんで私だけ、行かないなんて事になるの? 行くに決まってんじゃん……」
「ハハ。じゃあ一度、各自家に戻って身支度してから八時に俺んち集合で、あとそこのお譲ちゃんはどんなパンツ穿いてくるかおじさんに報告し……」
バキッ!
「だから、軽い遊び心だろうが……」
そして日が沈み、ピンポンとチャイムの音が達也の家に鳴り響く。それに達也は立ち上がり玄関に向かう。するとそこには葉月がいて、おはようと言ってきて、それに達也もおはようと返す。
「良かったな、お前が一番最初だぞ」
「やった、一番だ」
そしてリビングに案内する。リビングにつくと葉月はニヤニヤしながらきょろきょろと、辺りを見渡す。
「へぇ、こういう所に住んでるんだ、ここで寝てるの?」
「いや、ここでは寝てないよ、上の自分の部屋で寝てる」
「見せてよ、達也の部屋」
「別に面白くないから嫌だ」
「えぇ、見せてよ」
「だからほんとに何もないから」
「チョー見たいんですけど……」
「お前どこでそんな言葉覚えたんだよ……」
などと、言い合っていると、再びチャイムの音が聞こえる。そして彼は玄関に向かう、すると、そこには悠季と新一がいた。
よっ、と言う言葉と同時に、新一がお菓子が入っていると思われるスーパーの袋を掲げた。それに達也もよっ、と答えるすると悠季と目が合った。彼女は可愛らしいスカートと、可愛らしい手提げ袋に似合わない不機嫌なのか恥ずかしいのか分からない複雑な表情をしている。
「小腹が減ったら嫌でしょ」
と、彼女がいきなり言うので一瞬意味が分からなかったが、彼女が持っていた手提げ袋からお菓子の様なものが垣間見る事が出来たため達也は、
「マジで、嬉しいよ」
などと言い、そして本当にこいつ可愛いなぁとか、もったいないなぁとか思う。
そんな事を思っていると、悠季が達也の脇を通り過ぎ勝手にリビングに向かう、それを追うように新一、達也もついて行く。
「待っていたよ、悠季に新一」
と、リビングに入ると早速葉月がそんな事を言う、それに新一は、お前早いなぁとか言いながらウサギ柄のカーペットに腰を下ろす。
それに続き悠季も、
「葉月の隣ゲット」
などと言い腰を下ろす。
「んーっ悠季っ!」
と、言うと同時に葉月は悠季に抱きつく。ありったけの愛情が彼女に伝わるように強く強く抱きしめる、だってもうあんなに思い悩んでいる悠季の姿を見るのは嫌だから、悠季のあんな顔を見るのはもう嫌だから。
「く……苦しい……苦しいから……葉月」
その言葉を聞いて慌てて葉月は手を離す。
「アハハ、ごめんごめん」
「いや、抱きつくのは別に良いんだけど、いきなりはやめてほしいかな」
などと言っていると、どこからか重そうにダンボールを運んできた達也は、
「分かった、じゃあ今から抱きしめるね」
と、宣言し悠季に近づき抱きしめようとする。
「お前は別っ!」
一閃。
すると、新一は達也が運んできたダンボールを見つめなにかに気が付いた。
「おいおい、達也……お前それ……」
「へへ……気が付いたか新一。良いぞ良いリアクションだ。そうお酒でございまする」
「おい……大丈夫かよ……」
「大丈夫。まぁいざとなったら葉月がなんとかしてくれるから」
なんて事を言いながら彼はダンボールを開けて中から、缶を取り出し各々に配る。葉月はその缶のレモンの絵のデザインをジッと見つめている。酒を受け取った悠季は少し微笑みながら、
「ほんとバカな事考えるよね、達也って」
などと呟く。そして各々プシュと言う音をたて蓋を開ける、すると達也がいきなり立ち上がり、
「ストップ、ストップ俺から乾杯の一言あるから待って」
と言い咳払いひとつ、語り始める。
「いや、今回集まっていただいいたのは他でもありません。正直、当初の予想では適当にダラダラした日々を過ごすのかなぁとか思っていたんだけど、なんだかんだでこんな風に不思議な出会いをしてこんな事になったわけです」
などと話していると、横から新一の長いぞーと言う声が聞こえてきたが、そんな言葉は無視をして。
「でも、本当に不思議だよな……お互い普通に過ごしていたら間違いなく出会ってなかったはずなんだよな、永遠に互いの存在を知らないままでさ、でも俺たちは今共にここにいる。これって結構すごいことなんじゃないかな」
と、珍しく達也が真剣に話していると、思いのほか、しんみりとした空気が漂う。
すると、達也はとたんに恥ずかしくなってきてしまい、それを紛らわそうと、
「なっ……なーんちゃってマッチョマーンっ……」
と、低次元なネタを繰りだす。すると葉月は笑ってしまう、それをみた悠季もつられて笑う、そして全員が笑ってしまう。
「乾杯!」
そして、宴が始まる。
「ねぇそこのかわいこちゃん。今日はおじさんの為に何を作ったのかな? ちょっと見せてみなさい」
「あっ、そうだった。はい」
悠季は持ってきた手提げ袋からタッパーを取り出す。
「おっ! ティラミスじゃん、ティラミス作れるとかレベル高くね?」
そう達也に言われた悠季は少し恥ずかしそうに、まぁね、と呟き体をねじりながらよく分からないポーズをとっている。
「食べていい?」
お酒を片手に達也は聞く。
「いちいち、聞かなくていいし……」
「分かったし、勝手に食べるし」
スプーンで一口すくい口に入れる。
「…………」
なんていうか努力してんだなぁ、と達也は思った。
口当たりが非常になめらかで、甘すぎず、苦すぎず絶妙な味わい。
「おいしい……」
そう達也が呟くとかすかに悠季が反応する。
「でも、愛情が足りない」
瞬間、鬼の様な形相で彼女は達也を睨みつける。
「……と思ったけどやっぱ愛情こもってます。どうもすいませんでした」
「あんた、次アーンしてとか言ったらマジで殴るから」
そう言い、悠季は持っていた酒を一気に飲み隣にいる葉月に、
「ねぇ、葉月聞いてくれる? こいつさぁ私に一回脅迫まがいの事をしてきたんだよ。チャーハン作ってあげたのに愛情がないとか言って……」
と、言い出し葉月に愚痴を話し出す。
すると、すでに若干顔が赤い新一が達也のそばに近づき、達也の肩に腕を絡める。
「やっぱお前ってすげぇよな、悠季と対等に話せる男なんていないぞ」
「いや、別になんも考えずに普通に話してるけど」
「こいつ、少し性格キツイだろ。だけど、みてくれは良いから結構男子は狙おうとするんだけどさ」
新一は首を横に振る。
「全然だめ。こいつのこの高圧的な態度に男子はビビっちまうんだよ。もう少し優しくなったらいと思うんだけどな」
「お前なんだかんだ言って、いつも悠季の事気にしてるよな。好きなんじゃないの?」
「うーん……あながち間違ってないけど正確に言うと好きだったかな」
と、その新一の言葉に達也は少し驚く。
「マジで、何その裏設定。しかもだった……ってなんで過去形?」
「いや、まぁなんつーか……ずっと一緒にいるとさ、ときどき相手の存在が凄く遠くに感じる時ってないか? あぁ……こいつには追いつけないなぁとか、敵わないなぁとか……言葉で言うと伝えづらいけどそんな感覚になってさ……」
と、彼はそう呟き葉月と楽しそうに会話している悠季の横顔を見つめる。
「それで諦めたって事か。お前意外に言う事が深いな、でも諦めるくらいならいっそフラれた方がよくね? つまらない人生なんてクソだぜ」
そう、達也が返すと、新一は、ハハと笑いながらさらに酒を仰ぐ。
すると、すっかり出来上がっている悠季が達也の方をひたすら見つめている。
「…………」
「なんだよ……?」
「…………」
「なんだよ……?」
「あんたさぁ私の事好きでしょ?」
「……はい?」
一瞬何を言ってるのか分からなかった。
「だから、達也って私の事好きでしょ?」
「うん。ぶっちゃけすげぇ好きだよ」
と、達也が言った瞬間、彼女は持っていたスプーンを彼にめがけ投げつける。
「っわ……あぶねぇ!」
彼は、寸前のところで避けた、悠季は体操座りをして顔を埋めている。
「もう、そういう軽いとこがムカつく……」
「意味わかんねぇよ! てかお前さすがに酔っ払い過ぎだぞ……あと言ってないけどさっきからスカートが何回もめくれてパンティがミエティしてるから」
などと、達也が言った瞬間、彼女は驚き持っていた酒を手放してしまう。
「キャッ!」
「あーぁ……」
お気に入りのスカートがビショビショになってしまい、どうすればいいか分からず彼女は達也を見つめている。
「いや、そんな切ない顔されても……」
すると、彼女は何も言わず立ち上がり勝手に二階にあがって行ってしまう、そして戻ってくると、彼女は濡れたスカートから、明らかにサイズが合っていない達也のジャージに着替えていた。
「借りたから……」
と、彼女は言いつつ再び、ダンボールからお酒を取り出す。
「うん、いいけど。てかまだ飲むのか?」
「別に、楽しいんだからたまには良いじゃんか、ねー葉月」
すると、悠季に負けずに出来上がっている葉月が悠季に近づき抱きつく。
「うんうん。たまにはいいよねー」
そんな二人を見て、達也は全然酔えないでいる。案外このメンバーでまともなのは自分ではないのだろうかと思ってしまうぐらい酒乱揃いの中、彼は全く酔えないでいた。
「ていうか、私、達也の事全然知らないかも。案外自分の事話さないよね達也って」
悠季はもうすっかり真っ赤な顔になりながら、達也に話しかけた。
「別にそんなことないだろ。てかお前だっていつも俺に全然興味ない感じじゃん」
「そんなことないっ。もうムカつく……。クール気取ってんじゃねぇよばか」
そして、彼女は葉月に寄りかかり、葉月の長い髪の毛をいじっている。それに葉月は笑い彼女の頭を撫でながら、
「達也は悠季の事どう思ってんの?」
などと聞いてくる。それに達也は答える。
「ちょっと素直になれないかわいい女の子かな」
「ほー、可愛いだって良かったじゃん、悠季」
などと、葉月に言われるが、彼女は体操座りをして足をバタバタさせながらうつむいている、そして葉月はまた悠季の頭を撫でる。
「じゃあさ、私の事はどう思ってんの?」
葉月は、少し緊張した面持ちで聞く、それに達也は少し思案し答える。
「うーん、天敵かな。俺がハブだとしたら葉月はマングースみたいな」
「えーっ! ひどっ、じゃあ達也がカタツムリだったら私マイマイカブリじゃんか」
「……ほら、それだよ。いつも俺のボケを潰してくるんだよお前は、しかもナチュラルに。何も言えない俺の気持ち分からんだろお前」
「そうかぁ、私達也に迷惑かけてるのか……」
彼女はうつむきながらそう言った、すると彼女は頭上に両手をかざし何かを呟いた。
すると、だんだんと両手の間に青白い光が生まれてくる。
そして、視界が眩む。
「出来たよ。達也」
葉月はそう呟く何かを机の上に置いた。
「…………」
それは綺麗なガラス細工だった。高さは20センチ程度だと思われる美しい一本の樹のガラス細工。
「綺麗……」
悠季は目を丸くさせながらそう呟いた。
「あぁ……これはすげぇな」
新一も同様に同じリアクションをしている。すると達也が何かに気付いた。
「あっ……これって俺らのコスモスの樹だ……」
そう、あの高台の中心にそびえ立っている、儚くそびえ立ちいつも彼らを見下ろしている樹。
「さすが達也、気付くの早いね。こんなのを十秒で作っちゃう葉月ちゃん凄くない?」
と、言う葉月の言葉に達也は首を縦に振る。
「あぁ確かにすげぇわ。久しぶりにオシッコちびりそうになった」
「じゃあこれを、達也にプレゼントしよう」
「うっそ。マジで? すげぇ嬉しいんですけど、これスワロフスキーに売ったらいくらで買い取ってもらえるかな?」
「たぶん、凄く高くなると思うよ」
彼女は腕を組み自慢げにそう言う。
「なんでさ?」
「だってぇ、私の思いと愛情がこもってるんだもん。もう一歩間違えば生霊になるぐらい、まがまがしくね」
「怖いわっ」
などと言いながら、夜は更けていった。
そして気が付けば寝てしまっていて、眩しい朝日が部屋に入り込み、彼らは各々に目を覚ます。
「起きるか……」
達也がそう呟くと同時に全員が身を起こす。
「頭いたいし……お酒臭いし……」
悠季がぼさぼさの髪をときながら呟いた。それに葉月は私も……と答え達也を見つめる、すると彼は、
「解散」
と、呟く。達也の一言で昼過ぎにコスモスに集まる約束をした後、おぼつかない足取りで各自帰って行く。
そして部屋には誰もいなくなり、ただ虚しく空き缶が転がっているだけ。
「…………」
達也は葉月にもらったコスモスのガラス細工を漠然と見つめる、そして。
「きもちわる……」
そう言って彼はトイレに駆け込む、これが二日酔いかぁとか思いながら。
その後、何度もトイレに駆け込んだり、身支度を整えたりしているともう昼過ぎになり約束の時間が近づいている。
「やっべ、急がないと。いやだめだ……急ぐと吐きそう……」
ゆっくりと彼は高台に向かう。
「わりぃ、遅れた……」
と、彼が高台に着いた頃、悠季と新一は真っ青な顔色になりながら、すでに基地作りに取りかかっていた。それに対して葉月はもうすでに平気そうな表情で陽気に鼻歌なんかを歌っている。
「おっ達也。大丈夫? 悠季と新一は大丈夫じゃないみたいだけど」
「大丈夫じゃない……」
その言葉に葉月は苦笑いを浮かべる。
「アハハ……大変だねみんな……」
そして各々が黙々と作業をしていくのだが、これが逆に功を奏した。
気が付けば日が沈み、もうほとんどコスモスが完成していた。
コスモスの樹に手作りのブランコが吊るされていて、ベンチがそばに佇み、中心の樹の幹の上にに立ってあるとても小さな小屋。
「あれ? 俺らこんなに出来る奴だっけ?」
いまだに信じられない、と言わんばかりの表情で彼は言った、悠季はただただ漠然とコスモスを見つめている。
すると、葉月がそばに落ちていた板を拾う。
「じゃあ、これに名前を書いて、立てかければ完成だね」
そう呟き、彼女の指が白く輝く。そしてその指で板に文字を書いていく。
そう、コスモスと書いていく。
そしてその板をコスモスに立て掛ける。そして彼らのコスモスは完成した。
「…………」
悠季はとても複雑な気持ちだった。
いろいろ、紆余曲折あったがやっと完成したコスモス。そう、やっと十二年前に葉月と交わした約束を今ここで果たす事が出来た。
だけど、なんでだろう……。
なんだろうこの心の虚無感は……。
彼女はこんな気持ちになるなんて想像もしていなかった、てっきりみんなで抱き合って喜びを分かち合うものだと思っていたから。
もっと喜ばなくちゃと心の中では思う、だがそれ以上に心の中に何か大きな穴が空いてしまったような感覚になってしまって気が付けば、
「さみしいな……」
彼女はそう呟いていた。
「なんだろうなこの気持ち……こんな切ない気持ちになるなんて予想もしてなかったわ」
新一も、同じ事を思っていた。
そこで彼女はやっと気付いた。
多分、理由なんてなんでもよかったのかもしれない。ただ、この四人で同じ時間を過ごしたかっただけ。しかしもう同じ時間を過ごす理由を失ってしまった。だからなんだと思った、この心に空いた穴は、ぽっかりと空いた穴は。
「でもそれなら……」
新たに理由を作ってしまえば良い、共に過ごす理由を作ってしまえば良い。
「はぁーっ。やっと完成したね。って……っていうか、やっと今からがスタートって感じじゃない? ねぇ新一?」
と、その悠季の言葉に新一は笑う。
「あぁそうだな。これでやっとこんな遊び場の無い田舎に遊べるところが出来たって感じだぜ」
「そうそう、よく考えれば今まで私たち、純粋に遊んだ事って一回もないよね。遊ぼうよみんなで、達也もそう思うでしょ……?」
彼女は達也の方を振り返る。すると、達也は漠然とした表情で完成したコスモスを見つめていた。
「…………」
「ちょっと、達也聞いてる?」
「…………」
「ねぇちょっと、うわ無視……?」
「…………」
「ねぇってば!」
彼女は達也の肩を揺する。
「あっ、わりぃ……」
「あんたもそう思うでしょ?」
「なにが……?」
「何にも聞いてないじゃん。だから、今までは遊ぶって関係じゃなかったでしょ? だからこれからはみんなで遊ぼうよってこと」
「あぁそうだな……」
と、その達也の言葉を聞いた瞬間彼女は微笑む。そして新一といつ集まるか、などの話をしている。
「…………」
達也は改めてこの高台を見つめる。
草が伸びたい放題で、月明かりが優しく射しこみ、その光が夜の海に淡く反射して非常に儚く、まるでここだけ時間が止まってしまっているのかと錯覚してしまいそうになる不思議な場所。
「って、聞いてた達也?」
「えっ……ごめん聞いてなかった……」
「どうしたのさっきからぼーっとしてさ、明日もここにみんなで集まろうって話をしてたの。明日来れる?」
「あぁ大丈夫だよ」
「おし。じゃあ葉月は?」
悠季は普段見せる事の無い、とても上機嫌な様子で葉月の方を振り返る。すると、葉月は優しく微笑み、
「大丈夫だよ」
と、呟いた。
「じゃあ、明日もみんなで集まろうね。あー……さすがにちょっと疲れたかも……」
悠季は地面に座り込んでしまう。そして小さくあくびをする。それにつられ新一もあくびをする。
「そうだな、もう明日に備えて今日は帰るか、ほら行くぞ悠季」
そう言って悠季の腕を引き彼女を立たせる。すると新一が達也の方を向く。
「俺らは今から帰るけどお前はどうする?」
「俺も帰るよ」
達也も軽く伸びをして答える。
「そうか、じゃあいっしょに行くか。と言うわけでまた明日な葉月」
「じゃあね葉月。明日も来るからね、っていうか明日からが本番だから」
そんな二人を見つめながら葉月は胸を張る。
「ばいばーいっ。みんなまた明日ね!」
そして三人は高台を去り、月明かりに照らされ、波の音を聞きながら海沿いの道路を並んで歩く。
「はぁ……部活より疲れたかも……」
新一は珍しく派手にため息をついた。
「アハハ、新一真面目に取り組んでたもんね。でもこんなにバカみたいに疲れてふわふわした状態って久しぶりかも。そうだ、あえてこの状態でかけっこでもしない?」
などと、いきなりとんでもない事を言う悠季に対し、新一も達也も思わず笑ってしまった。
もう、ほんとに何がそんなに面白いんだろうと思うくらいなぜか笑ってしまう。
「いいぜ、やろう。二日酔いと重労働の末、かけっこか。陸上部を舐めるなよ」
「かけっこって……久しぶりに聞いたわ。いいぜ帰宅部の本気見せちゃっていいかな?」
「じゃあ、お先に!」
と、言い出した瞬間、悠季は悠季は走りだす。
それを二人が汚ねぇとか言いながら追いかける。
そしてどんどん加速していく。スピードが上がるたびに、うっとうしい夏の蒸し暑い風が顔に体に当たる。しかし不思議といやな感じはしない、むしろ心地いいくらい。
ゴールをまったく定めない状況で、どこがゴールかも分からない状況で三人は狂ったように真夏の夜を駆けていく。でもそれでいいのかもしれない、ゴールなんて見たくはないから、終わりなんてみたくはないから。もう一歩間違えば激しく転んでしまうんじゃないかってくらいに不器用に、不確かに彼らは駆けていく。
「たまにはこういうのもいいよねっ」
走りながら悠季は達也に叫ぶ。
「あぁ最高に変質者だけどな」
「アハハっ、出会った頃さ、この夏が終われば一生会う事ないなんて言ったけどっ、今はもう違うからねっ」
「どういう意味だよ」
「だからぁ、もう私たちは友達って事っ!」
「えっマジ……ってうわっ!」
達也は激しくガードレールに衝突した。
「ハハっ、だっせ達也。普段から運動しとけば、かわせたな今のは」
「グーンってなった、グーンってなったよ、エビみたいにアハハ」
激しく笑われてる達也はひたすらお腹を押さえながら、
「お前ら……ちげぇから……これマジで笑えんタイプの奴だからさ……っつ……」
と、呟きおもむろに立ち上がる。
「大丈夫かよ、達也」
「あぁ……なんとかね。もうこんなバカな事するのはやめよう……じゃあ俺んちすぐそこだから」
と、達也は言い自分の家に向かう。
「じゃあな達也、また明日」
「じゃあね達也、明日寝坊したら殺すから」
などと、後ろからそんな声が聞こえてきたから、
「おう! じゃあな二人ともまた明日」
と、言い達也は家に入る。すると、玄関にばあちゃんが迎えに来た。
「てっくん、お帰り。飯はどうする?」
「ただいまばあちゃん。ごめん疲れたから後で食べる。とりあえず寝るわ」
そう彼は、ばあちゃんに伝えそそくさと二階に上がり、布団に飛び込んだ。
「…………」
コスモス……あの高台の風景……全て同じだ、もしかしてコスモスは……。
と、達也は考えていくが自然に意識が沈んでいってしまう。
「つっ……!」
もう真夜中くらいだろうか、脳の中をエグるかのような鋭い痛みが急に達也を襲った。
「ってぇ……ヘヘ……ヘヘヘ……やっぱりな、分かったよ」
彼は不敵に笑いながらそう呟き、まだ眠っている体にムチを打つようにして立ち上がる。そしてキッチンに行き麦茶を思いっきり仰ぐ、そして向かう。あの高台にコスモスに、なにより葉月のもとに。
「…………」
外に出てみると、葉月と初めて会った日と同じような夜だなぁとか彼は思った。月明かりが道を照らし、星々が煌めいている、少し冷えて澄んだ空気が辺りを支配していて、どれも初めて葉月と出会った、四人が初めてそろったあの日と酷似している。
そして、もう何度通っただろうか。彼は古臭い林道に入り高台に続く轍を歩いて行く。
そして、轍を抜けた先に葉月はいた。
「アハハ、来てくれたんだ達也」
と、そう呟く彼女を見た達也は驚いた。
「…………」
彼女の体が淡く月明かりに反射して光っている、いや、光っているんじゃない。
「お前……透けてるじゃねぇか……」
「だよね、私もびっくりしたよ。でもなんかこれオシャレじゃない?」
彼女は目の前でクルッと一回転して見せる。
だが、彼は笑わない、笑えない。先ほど麦茶を飲んだはずなのに、もう喉が渇いてしまっている。
「あのね達也、今私はとても気分が良いんだ。やっと分かったからね……私がここにいる理由。私が存在している理由。やっと分かったんだよ……」
彼女は完成したコスモスを見つめながら呟いた。達也も改めてコスモスを見つめる。
「あぁ……俺も思い出した事が一つあるんだ」
「えっ……?」
「秘密基地……このコスモスは俺が望んだ事だったんだろ、いや正確に言えば過去の俺が望んだ事か」
彼女はただ驚いている。しかしそれを無視して達也はさらに続ける。
「へへ……びっくりだよな、葉月がコスモスって書いた看板を立て掛けた瞬間、全ての記憶が一気に脳ミソの奥に流れ込んできたんだよ。まさか、十二年前に出会っていたなんて思ってもみなかったぜ」
と、彼がそう言うと、葉月は笑う。
「なんだー、達也も私とまったく一緒じゃんか、そうそうコスモスが完成した瞬間、一気にダムが決壊するみたいに思い出していったよね、互いにはじめましてって言ったけど本当は久しぶりって言うのが正しかったんだよね私たち」
「ハハっ確かにな、でも知りたくない事実まで分かっちまった……お前多分消えるんだろ……? 俺の脳に訴えかけてきたんだよさっき。時間がない、早く高台に行けって……多分このコスモスが俺に教えてくれた」
達也は、伏し目がちになりながら言った。それを葉月は優しく見つめる。
「うん、私はもう消える、それは確かな事。でもねそれでもいいかなって思えるんだ……十二年前までなんの意味のない存在だった私に、あの頃の達也は話しかけてくれて、ましては友達にまでなってくれて、その時私は、達也の為に生きていこうって思った。そして願いを叶えてあげようと思った、そしたら……フフ……友達と一緒に秘密基地が作りたいだって、凄い可愛いよね」
「可愛くねぇよ。昔からしょーもない奴だったんだな俺」
「でも、その願いで私は確かに意味のある存在にはなれた。静かに消えていく運命のはずだった私に最後、一瞬の輝きを与えてくれた……。そこからは色々あったね、悠季と新一に出会ったのもあの時かな。それで早く達也に紹介したいなぁとか思ってたら、達也引っ越しなんてしちゃうんだもん」
彼女は笑いながら達也をにらみつけている。気のせいか先ほどよりも体がどんどん、透けていっているが構わず彼女は続ける。
「達也が戻ってくる前に私の存在が消えたら、意味がないから、悠季と新一には悪かったけど、私はこの場所に魔法をかけて、眠る事にしたの。悠季、新一、達也の三人がここに集った時に眠りから覚めるようにってね……」
「そして、眠りすぎてその事すら忘れたと……」
達也がボソッとそう呟いた。
「ドジな女の子の方が可愛いでしょプゥ?」
と言い、彼女はほっぺたに人差し指を当てる。
「……全然面白くねぇよ……世界で一番つまらんぞ、そのギャグ」
「ハハっ、でも私は本当に幸せだなぁ……だって消える前にこんな素敵な……」
もう一度彼女は改めてみんなで作ったコスモスを見つめる。
「こんな美しくて楽しい思い出が出来たんだもん、だから私は幸せ。たとえ私が消えても……みんなが互いの存在を忘れても、幸せだと思える」
「…………」
互いの存在を忘れる? そんな記憶は思いだしてなどいない、達也はそう思い、
「どういう事だよ? 互いの存在を忘れるって……」
彼はもう今にも消えちゃいそうな葉月に問いかける。すると、彼女は急に真面目な顔つきになる。
「やっぱり、そこまでは達也も知らなかったか……私ってねこの世界から嫌われているんだ、精霊の寿命はそんなに長くないみたい……はみ出た存在は消えていくのがサダメなの……そのはみ出た存在と関わった全ての記憶も同じ運命……そんな記憶は世界に必要ないから……」
「…………」
冗談じゃない、と彼は激しい憤りに駆られる。せっかく悠季と新一に出会って、コスモスを作って、そして葉月と再会したのに、もうその記憶が一切なくなってしまう。
そして、彼女は達也を抱きしめる、しかしその手は達也をすり抜けてしまう。もう一度抱きしめる、しかし達也は目で葉月の存在を捉えているだけで実際に葉月の暖かさを感じてはいない。
「ごめんね……達也……私わがままだよね……最低だよね……よく考えればそんな事分かりきっていた事。達也の願いを叶えたところで、どうせみんな忘れていくサダメ。なのに私はそれでも達也と繋がっていたかった。このまま時代の波に飲まれて消えていくだけなんて嫌だったから。せめて思い出くらいは作りたかったから」
「謝るなよ、お前は何にも間違った事なんてしていないだから……」
と、彼は励ますことしかできない自分に激しく後悔をする。なんで昔の自分はそんな下らない事を望んだんだろうと。今すぐ過去に戻って願いを訂正したいと。
「ありがとう達也。達也が願ったこの願いのおかげで、私はたくさんの思い出を得る事が出来た、私が消えても、みんなが全てを忘れても、このコスモスは永遠に存在し続ける。嫌われ者の私が、確かに存在したって証しをこの世界に残せたんだ、これでちょっとだけこの世界に復讐出来たかな……」
彼女は儚く笑う。もう彼女の存在を目で捉える事すら危うくなってきた。
「コスモスはそんな綺麗なもんじゃない葉月。コスモスは不確かな俺たちのたった一つの居場所なんだよ。約束したじゃねぇか、明日もここに集まろうって、これからが本番だって、その約束を反故にする気かよっ」
そんな事を、達也は彼女に言ったところで意味がないのは分かっているのだか、彼はそう言わずにはいられなかった。彼女が幸せそうに笑うから、もう消えてしまうのに、消えてしまったら全てがおしまいなのに、それなのに怒りがわいてくるほど美しく笑うから。
「ありがとう達也、会った時から分かったけど達也は十分強い人間だよ? 私なんかいなくても……わたしが消えてこの記憶が全て無くなっても……達也は大丈夫。私が保証するよ」
「そんな事は知ってるんだよ、俺は悠季や新一と違って弱くない、お前なんかいなくても平気に決まってる。でも、そのお前の態度がムカつくんだよっ! 最後だけかっこつけるなんてゆるさねぇぞ、もう一度約束しよう葉月。必ず再会出来るようにって……再びコスモスの樹の下でみんなそろってバカな事をさ……」
それに葉月は精いっぱいの笑顔で、
「ありがとう……最後まで優しいんだね達也は……」
そう言って彼女は消えた。
そう言って彼女は消えた。
「…………」
達也はしっかり今の事を記憶に刻み込む。
絶対に忘れない、絶対に忘れない、これだけは忘れてはいけない。世界がどうかなんて関係ない、俺は絶対に忘れたらダメなんだ、と彼は思う。
しかし。
「っつ……」
急激に頭の中が白い霧に覆われていくような感覚に襲われる、そして哀れに地面に倒れこんでしまう、せめて仰向けに倒れれば良かったかと、一瞬思いもしたがどうせこの事も全て忘れてしまうんだろう。
そして、沈む意識の中で最後にかっこ悪いなぁ、と思いながら、
彼は記憶を失った。