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第3章 イマを歌う

眩しい朝焼けが高台を包む中、天原悠季は作りかけの基地を見つめている。

 「あれから3日でこれか……」

 手作りのブランコが出来かけていたり、器用に樹の枝分かれした幹の上に小屋の骨組みが立っていたりとなかなかそれっぽい雰囲気を醸し出している。

 「つまんない……」

 彼女はふと呟く。

 いつからだろう……。

 彼女は思う。

 あの頃はもっと毎日が面白くて、ワクワクに満ちていてカッコよく言えば未来に希望が溢れていて……。

 なのに今は……。

 「…………」

 別に、葉月達とのこの秘密基地作りが楽しくない訳ではない。

 ただ……自分自身の未来があまりにも不確かなのに、そんな中葉月との約束を叶えようとしても結局のところ私自身の足場がしっかりと定まってないのに、他の事に手を出していても集中できるわけがないんだ……。

 ふと彼女は足元にいる一匹のアリを見つめる。

 「こんな事をしている場合なのかな私は……」

 彼女は思う。

 もう何度同じ事を考えているんだ私は……。

 まったく答えの出ない状況に自分自身飽き飽きしているのに……。

 新一が羨ましい。正直あいつが不器用な奴なのは前から知っていたし、学校で居場所がない事も知っていた。その状況をあのバカが、あの変態スカートめくりが……。

 あいつが変えた、あの新一を、新一の状況を……。

 ムカつく……達也も、バカ単純な新一も……ムカつく……ムカつく……。

 「馬鹿らしい……」

 彼女は心底そう思う。

 足元のアリを見つめる。

 よく見るとエサを運んでいるようだ。

 「…………」

 すると彼女は足を上げ。

 思い切り踏みつぶす。

 思い切り踏みつぶす。

 「昼まで時間あるし、一度帰って寝よう」

 彼女はそう呟き、高台を後にする。

 そしてその姿を……。

 「…………」

 木陰で葉月は見つめていた。






 「今日も頑張っていこうね」

 昼過ぎ、高台に4人が集まり葉月が言う。

 「チェケラッ!」

 達也がヘンなポーズをして答える。

 「なんだよそれ……」

 新一が言う。

 達也は露骨にため息をつき答える。

 「はぁ……新一、お前もそろそろ俺の世界観を理解してついて来てくれよ」

 「世界観って……」

 「お前は陸上だけじゃなくてギャグセンスも磨いていかないといけないんだからさ」

 「なんでだよ……?」

 すると達也は言う。

 「いや、今の日本にしゃべりの面白いアスリートなんていないだろ」

 「だって面白くある理由がないだろ」

 「まぁそうだけど、でもあいつらは平気な顔してつまらない話をテレビに提供してるんだぜ、しかも言ってる本人は笑いを取ったと勘違いしてるし……」

 「だからアスリートだから別にいいだろ」

 「ほんとお前はクソ育ちが良いな、新一……」

 続けて。

 「じゃあ、お前がオリンピックで優勝したとしよう、そしてインタビュされるんだ」

 「うん」

 「『あなたにとって陸上とはなんですか』と、こう聞かれた時お前はどう答える」

 「うーん……自分の全てです、とか」

 その答えに達也はもうあきれた様子で答える。

 「マジで、しょーもないな……」

 さらに言う。

 「もうそのいかにも日本人らしいベタで周りに敵を作らない素晴らしい返答だわ」

 「素晴らしいなら良いじゃねぇか」

 「いいけど、それを聞いてて視聴者は面白いか? 俺からしたらまた同じような事言いやがって……としか思わないんだけど」

 「じゃあ、なんて言えば良いんだよ……」

 しばし考えた後達也は言う。

 「まず、俺に聞く時点であれだけど、まあいいや、じゃあもう一つつまらない例があるから俺に振って」

 「あなたにとって陸上とはなんですか」

 「まだそれを探しています」

 「…………」

 「な? つまんないだろ? 探してるとかすげぇウザいし、何かナルシストっぽいよな」

 「確かに……」

 「お前は近い将来こんな事を言いたいのか?」

 新一は首を横に振り。

 「言いたくない……」

 と言った。

 すると達也は笑いながら言う。

 「だろ?」

 「ああ、でもなんて言えばいいんだよ」

 「今から教えてやるよ、もう一回振って」

 「あなたにとって陸上とはなんですか」

 「クソ低能な愚民どもに俺様の凄さを知らしめる手段」

 クールに言った。

 「おい……さすがにそれは……」

 呆れている。

 「たっく……分かってねぇなぁ新一、こう言えばお茶の間の皆さんは、ちょ……こいつ……とか思うだろ」

 「そりゃあ思うだろ」

 「だろ? それがおもしれぇじゃねぇか、それかお前あれか? まさか好感度が欲しいとか思ってんじゃないだろうな」

 「いや、そんなん思ってねぇよ、そうかこれが笑いなのか」

 「そうだ、じゃあ実践練習として、そうだなぁ……あそこに葉月が鼻歌を歌いながら草取りしているよな」

 指をさす。

 「してるな」

 「そこで、新一が颯爽に登場して『わりぃ葉月……俺女の子の髪の毛クンカクンカしないといけない病気だから』っつって葉月に抱きついて顔スリスリやるんだ」

 「さすがにそれは変態だろ……」

 「お前これやらなかったらつまらない人間な」

 「……分かったよ」

 しぶしぶ葉月に近づく。

 「なぁ、葉月……」

 「うん、って新一じゃんどうしたの」

 そして。

 「わ……わりぃ俺女の子の髪の毛クンカクンカしないといけない病気だからっ!」

 葉月に抱きつき、顔をスリスリする。

 すると葉月は、

 「いいよー、気が済むまでやりなさい」

 笑っている。

 「えっ!? うんありがと」

 どうすればいいのか分からず新一はスリスリを繰り返している。

 それを見かねた達也は新一に近づき言う。

 「フフ……ちょい、新一落ち着け。逆にやばい奴に見える」

 「おぅ、すまない……」

 葉月から離れる。

 その様子に達也は半笑いになりながら言う。

 「お前、笑いは引き際が大事なんだよ……そこミスるとただの変態だから」

 「だって、わかんねぇんだから仕方ないだろっ」

 その新一の言葉に達也はひどくため息をつきながら

 「はぁ……マジかよお前、ちゃんと義務教育受けてきたのか? 普通に生きてけばもう少し面白くなれるからね」

 と言い、そして。

 「まぁ見本見せてやるから見とけ」

 と、そう言い葉月を抱きしめ言う。

 「うわぁ……やっぱ君、顔だけ見てるとかわいいね、やべぇムラムラしてきちゃった襲っていい?」

 「達也が望むなら」

 「いやいや……ほんとそういうネタじゃなくて、マジで襲うよ? 高校生の性欲なめんなよ?」

 「いいよ、好きにして……」

 彼女は目をつぶる。

 「うん、えーと……あのね、そうやって男をもてあそんでいるとマジ痛い目にあうよ、痛いって言ってもやめないタイプの人間だからね俺」

 「うん、痛い目に遭わせて……」

 媚びた表情で見つめる。

 「だっーーー! マジでこいつと絡むと調子狂うなぁもう!」

 達也は困った表情をしつつ葉月から離れる。

 その彼の顔を見て葉月は、

 「アハハ、なんか達也かわいい……」

 などと言いそれに達也は、

 「お前、少しは怖がったり、叫んだりしろよっ! そしたら俺の華麗な言葉攻めが炸裂するのに」

 続けて。

 「わりぃ新一、最初からこの女はレベル高かった、俺でも無理だ、やっぱりここは我らがアイドル天原悠季ちゅわんでしょ」

 と、そう言い彼は笑う。

 その言葉に新一は、

 「さすがにそれは……」

 と言う。

 すると達也は、

 「ハッ……所詮お前はその程度の人間って事だ。そこで指しゃぶって見とけこの野郎」

 と言い残し、黙って遠くの海を見つめている悠季に近づく。

 そして。

 「悠季ちゃん好きだーーーっ!」

 抱きしめる。

 そしていつもの下り……。

 と思いきや。

 「何、あんた私の事好きなの? ハハ……なら私と結婚でもする? 一生好きな事させてくれるなら良いよ」

 などと、彼女は言った。

 ただただ、まっすぐ海を見つめながら。

 そんな悠季の姿を見て達也は、

 「…………」

 黙り込んでしまう。

 彼女の顔を見て黙り込んでしまう。

 すると悠季は慌てた様子で言う。

 「てか、離してよ気持ち悪い」

 がすっ!

 「って……っな」

 そして悠季は、

 「ごめん、先帰るね……」

 と、言い残し高台を去ってしまう。

 その背中を達也は静かに見つめる。

 「なにかあったのかあいつ」

 新一が言った。

 「お前がいじわるしたんじゃねーの」

 達也が言う。

 「それはねぇよ、あるとしたら絶対お前だろ……」

 「そうなのかな……俺なんか傷つける事やっちゃったかな……」

 達也は考えてみる。

 「やばい、思い当たる節がありすぎる……どうしよ、今からでも謝りに行った方が良いかな……?」

 それに葉月は答える。

 「今は一人にさせといた方がいいと思うな私は」

 「なんでさ?」

 「女のカンかな……アハハ」

 「そうか」

 すると達也は突然笑い出し、

 「おしっ、続きやろうぜ新一」

 そう言い新一のお尻をさする。

 「わっ、やめろよっ気持ちわりぃ」

 「ハッハッハッ俺が楽しければ良いのだ、うだうだ言ってないで貴様はさっさとブランコを完成させるのだ」

 そう言い胸を張っている。

 すると葉月が言う。

 「達也……腕のところに蜂が……」

 達也は腕を見る。

 「おっ……まぁ、俺くらいビックな人間になると蜂の気持ちも分かるからね」

 「凄いねっ、達也。さすがの私も蜂の気持ちは分かんないよ」

 葉月は目を見開いて驚いている。

 「いや信じるなよ葉月……どうせこいつウソだから……」

 新一が冷めた目で見つめながら言った。

 そして達也は落ち着いた様子で言う。

 「蜂から見たら人間の方がはるかに大きいんだから人間が驚いたら蜂もびっくりしちゃうだろ」

 「確かにそうだねっ」

 葉月が言った。

 「だろ? だからこうやって大人しく蜂が離れるのを待っていれば刺されないって訳よ」

 そんな事を言っていると蜂が達也の腕から離れた。

 そして達也は言う。

 「ほらね、刺された」

 落ち着いた様子で言う。

 そのあまりのダサさに新一は笑いをこらえながら、

 「いや……刺されてんじゃん……」 

 などと言う。

 しかしそんな新一など、どうでもいいのか彼は焦り、

 「やべぇ、どうしよ、どうしよ、痛い……痛い……助けて葉月……」

 と、彼女に助けを求める。

 それに葉月は、

 「お姉さんに任せなさいっ!」

 と言い何かを呟く。

 すると手のひらが白く光り輝く。

 「お姉さんの愛情っ!」

 と、彼女は言いながら達也の腫れあがった腕に手のひらをかざす。

 「ギャー! ってあれ? 痛みが引いていく……」

 見る見るうちに赤みと腫れが引いていく。

 「どう? お姉さんの愛情は?」

 自慢げに彼女は言った。

 すると達也は素直に、

 「あ、ありがとう。助かったよ」

 などと言う。

 「エヘヘ、褒められちゃった……」

 「ていうか、達也ほんとに痛くないのか?」

 新一が驚いた表情で問う。

 それに達也は腕をブンブン振りながら、

 「もう全然痛くないよ、てか見て俺の筋肉」

 腕の筋肉を新一に見せつける。

 「細っそっ」

 新一が言う。

 「細くねぇから、見ろこの上腕二等筋にそびえたつ富士山をっ!」

 達也は自慢げに力こぶを見せる。

 「お前、そっちの盛り上げて押さえてる手離せよ……」

 「いやいや、俺こうしないと力入らないタイプの人間だからさ」

 「もう、高三だろお前……こんな小学生みたいな事して楽しいか」

 「じゃあお前が見せてみろよ」

 達也は言う。

 すると、珍しく新一はニヤニヤしながら、

 「ったく……しょうがねぇなぁ……」

 堅く引き締まった二の腕をアピールする。

 「うわっ、すげぇガチだよこいつ……ガチ筋……ガチ筋だよ」

 「フッ、だてに鍛えていないからな」

 「うん、ほんと凄いな、ちょっと一回舐めさせてよ」

 「ああ良いだろ……って舐める!?」

 「うん」

 達也は真顔でうなづく。

 「舐めるってお前、普通は触らしてとかだろ、なんだよ舐めるって」

 「いやいや、お前の面白くない二の腕を触るのは俺じゃなくても誰かが触ってくれるだろ。だから俺はあえてお前の二の腕を舐める、ほら早く出しなさい。ペロッてするだけだから、ペロッてするだけだから」

 「あえてじゃねぇよ! 意味分かんねぇよ! てか近寄んな!」

 「こらこら、逃げない。大丈夫だから、おじさんに任せておけばすぐ終わるから」

 「きめぇんだよ!!」

 ガスッ!

 「いってぇ……おい新一そういうとこだぞ、そういうとこも少し視野が狭いなお前は、もしかして俺が二の腕を舐めた時お前が『ちょ……気持ち良いぃ……』とか思って新たなる世界が幕を開けるかもしれんだろうが」

 すると新一は少し思案する。

 「……やっぱ俺こういう所がダメなのか?」

 その問いに達也は一瞬笑いそうになったが、

 「あぁ、ダメだな」

 と答える。

 「じゃあ舐めていいよ」

 新一が言う。

 そして。

 ガスッ!

 「って……おい、なんで殴るんだよ新一」

 「あぶねぇ、危うくお前にはめられそうになったわ。お前の舐める時の顔がキモ過ぎて正気に戻った」

 その言葉に達也は腕を組み、

 「ほっとけ……てかお前は、本当に視野が狭いな。どうせお前の事だ、葉月のアプローチにもお前は気付いてないんだろ? この鈍感主人公が」

 それに新一は、

 「えっ……?」

 と間の抜けた返事をする。

 「だから、葉月のお前に対する思いを気付いていないんだろ?」

 「葉月……あいつそんなに……てかそれは本当か?」

 すると達也は真剣な眼差しで、

 真剣な眼差しで言った。

 「ウソだよ……」

 「くだらんウソをつくなああああぁぁーーーーーーーー!!!」






 「なぁ、達也。あいつ何か今日おかしくなかったか」

 夕日を背に新一と達也が海沿いを歩く。

 「なにが?」

 達也が返す。

 「いや、なにがって悠季の事だよ。なんか機嫌悪そうだったろ」

 新一が言う。

 「まぁ、そうだな。てか俺と話してる時はいつも機嫌悪そうだけどな、ハッハッハッ」

 達也は高らかに笑う。

 そんな達也の様子を気にすることなく新一は言う。

 「なんか悩んでんのかなあいつは」

 すると達也は間髪いれずに答えた。

 「そんなの俺に対する恋に決まってるだろうが」

 「…………」

 「新一も昔はあっただろ? 小学生の頃好きな女の子に逆にイジワルしてしまう事が」

 「うーん……」

 新一は微妙な顔をする。

 すると達也は自慢げに、

 「あいつは今そんな感じなんだよ、俺の事が好きすぎて苦しいんだよ……幼馴染ならそれ位察してやれ」

 「おまえそれマジで言ってんのか?」

 「マジに決まってんだろ、ウソなんて一回も付いた事ねぇから」

 そして、達也の家の前に着く。

 「俺んちここだから」

 「おう、じゃあな」

 達也が家に入る。

 それを見た新一は。

 「おい達也。」

 いつのまにか呼んでいた。

 「なに?」

 「いや……やっぱ何もない……」

 「なんだよそれ」

 「わるい、じゃあな」

 そして別れる。

 「…………」

 新一は思う。

 どうしたんだろう。悠季の奴……確かに俺と似て無愛想な奴だけど、あんな様子は初めてみた……。

 「大丈夫かな……悠季の奴」






 夜。

 月明かりに照らされる高台で、葉月はもう完成に近い秘密基地を眺めていた。

 「うんうん、ドンドンそれっぽくなってきたねぇ。いいよぉー」

 ひとり呟いている。

 すると。

 「うん?」

 彼女は背後に誰か人の気配を感じ振り返る。

 「なんだ悠季じゃん。どうしたの」

 そこには悠季がいた。

 「いきなり来ちゃってごめんね葉月」

 「いやいや、ここ私の家じゃないから大丈夫だよ」

 「あはは」

 そして悠季は基地を見つめながら、

 「あのね、大した事じゃないんだけどね聞いてくれる」

 と言った。

 すると葉月は、

 「なになに、お姉さんに言ってごらんなさい」

 と言う。

 その言葉を聞いた彼女は話し出す。

 「この前ね。達也と新一がケンカをしたんだ」

 「あぁ、なんか言ってたね。達也今もちょっと顔に青アザあるよね」

 「葉月はいなかったから分からなかったと思うけど、ほんとにすごかったんだよ」

 「そうなんだ、ちょっと見たかったかも」

 「うん、新一ってさ、ああ見えてあんまり賢くないんだよね」

 「そうなの」

 「うん、人間関係も一緒でね学校で新一が誰かと一緒にいるところなんて見た事ないんだ」

 彼女はさらに続ける。

 「それでね、この前、新一が部活の後輩にきつい事言ったらしいんだよね」

 「あちゃー……」

 「そしたら、達也がいきなりお前の視野で全てを決めるな、って真っ向からかみついてそんなこと言って事を言ってさ」

 「達也そんな事言うんだ……意外だな」

 「そしたら殴り合いのケンカになっちゃって、まあ一方的に新一が殴ってたんだけど、でも最後には新一が達也に諭されててさ」

 「うん」

 そして彼女は少し黙った後言った。

 「ムカつくんだ……」

 「ムカつく?」

 「うん、ムカつく。私も新一の生き方が正しいとは思っていなかった。そしたらその思っていた事を会ったばかりの達也が全部新一に言った」

 「そうなんだ」

 「それにあの頑固な新一も、馬鹿みたいに単純に諭されてるし」

 続けて。

 「多分……私が達也と同じ事を言っても、悔しいけど相手にすらされないと思う。」

 自嘲気味に彼女は言う。

 「それでムカついてるんだ」

 「うん、まぁそれだけでもないけど」

 その様子を見た葉月は、

 「悠季は何に悩んでいるの?」

 と聞いてみる。

 すると、悠季は一瞬葉月を見つめるがすぐに下を向き、

 「将来の事……」

 と小さく呟いた。

 「将来かぁ私にはちょっと難しいテーマだなぁ」

 と葉月は言う。

 が。

 「に悩んでた……」

 などと悠季が付きたした。

 「悩んでたって……」

 と葉月は言う。

 それに悠季は笑いながら、

 「なんかさぁ、もうバカバカしくなっちゃったんだよね、いくら悩んでも答えなんて出ないからさぁ」

 などと言い、さらに続けて。

 「少し前まではさぁ本気で歌手になりたいとかそんな事を思ってた、私の力で誰かを変えたいとか思ってた」

 するとその言葉に葉月は思いだしたかのように言う。

 「そういえば昔ここで3人で遊んでいる時に悠季はよく歌を歌っていたよね」

 「あっ覚えててくれたんだ。でもさぁ誰かを変えたいって思っていてもね、新一を……ずっと近くにいた人の心すら変えることのできない……たった一人の人間の心すら変える事のできない私が歌手になって大勢の人間を感動させたいってバカみたいだよね。そんなので歌手になれるわけないよ、てか今はなりたくないかも」

 「それで、もうどうすればいいか分かんないって事か」

 葉月は悠季の小さい背中を見つめ言った。

 「うん、今日だってそうじゃんか。新一が私には見せた事の無いような笑顔で楽しそうに達也と会話してた。悔しいけど達也にはやっぱり人の心を開かせる、惹きつける何かを持ってるんだと思う」

 悠季は唇を噛みしめ言った。

 それに葉月は言う。

 「悠季だって良いところいっぱい持ってるよ」

 「アハハ、ありがと葉月。もうあの変態達也みたいに何にも考えずに生きていけたらどんなに楽なんだろ、今達也に会ったら絶対酷いこと言っちゃいそうだ……はぁ……一生好きな事やって生きていけたらどんなに幸せなんだろ、葉月は将来何になりたいの?」

 不意に振られた葉月は言う。

 「うーん、将来かぁ……それって自分の夢みたいな物だよね、そんなの考えた事もなかったよ。それ以前に自分自身がなんで存在してるのかすらあんまり分かんないからねぇ私」

 そう、彼女は分からないのだ。自分の全てが。まるで霧に包まれているように何にも分からないのだ。

 その言葉に悠季は言う。

 「ごめん葉月……」

 しまった。何を言っているんだ私は……そんなの少し考えれば想像つくのにと、彼女は一瞬思う。

 すると葉月は笑いながら、

 「いやいや気にしてないよ悠季」

 と、言い彼女は微笑む。

 すると悠季はおもむろに言う。

 「ごめんやっぱ帰るね、葉月」

 そして歩き出す。

 その後ろ姿を見ながら葉月は、

 「悠季、悠季の悩みはきっと悠季自身が答えを見つけなきゃいけない……私は答えてあげる事は出来ないけど、でもいつでも聞いてあげるから」

 と精一杯自分の思いを伝える。

 それに悠季は、答えない。

 そして高台を去る。

 「大丈夫かなぁ悠季……」

 葉月はひとり呟いた。


 

 



 「あれ? 今日悠季ちゃん来てないの?」

 昼ごろ。高台を訪れた達也が言う。

 それに葉月は言う。

 「今日は来ないんじゃないかな」

 それに彼は、ふーんと答え高台から海を眺めている。

 すると葉月は、

 「なんで来ないの? とか聞いてこないの」

 と彼に聞いてみる。

 「いや……気になるけど『女の子は秘密がいっぱいなの プゥ』とか言われても困るから聞かない」

 その達也の言葉に彼女は笑い、言う。

 「でも、あの子の悩みを解決できるのは達也だけだと思うよ プゥ」

 「悩み? 解決? いきなり何言ってんすか。てか悠季ちゃん悩んでんの?」

 「悩んでるよーそれはそれは悩んでるよ プゥ」

 「なら力になってあげろよ葉月、女の子同士なんだからさ」

 「いやそうなんだけどさ、私にはちょいと難しい問題なんだよ」

 すると達也はいきなり笑いだし。

 「分かった。悠季ちゃん俺に惚れちゃった感じ? いやーそれなら思いさえ伝えてくれたらいつでもOKよ俺っち」

 などと言い一人盛り上がっている。

 その様子に葉月は言う。

 「それは違うと思うよ達也。それに達也には私がいるでしょ」

それに露骨にテンションの下がった達也が、

 「なんだ、ちげぇのか……なら俺にはどうしようもないだろうが……ヘンな期待させんなよ」

 などと言い達也は葉月にガンを飛ばす。

 「でもね、悠季は多分達也を待っていると思うよ」

 まっすぐ達也を見つめる。

 「だから、恋じゃなかったら、一体なんの話をしてんだよさっきから全然お前の言ってる事が分からんわ。いいからさっさと基地作っていこうぜもう少しで完成だ、ただでさえ今日新一いないんだし」

 そう言い彼は作業を始める。

 すると葉月は、

 「分かってるくせに」

 と小声で呟いた。







 「また来ちゃった……」

 夜。

 達也が帰ってしまい暇をしていたのか、葉月は嬉しそうに、

 「およよ。待ってたよ悠季」

 と無邪気な笑顔で言う。

 それに悠季はおそるおそる聞く。

 「どうだった今日……。みんな私の事なんか言ってた?」

 それに葉月は答える。

 「いや全然。新一は部活だし、達也は何にも言ってなかったよ」

 「えっ!? うそ、あの変態達也なら『あいつが巻き込んだのにあいつが来ていないなんてどういうことだ』とか言いそうなのに」

 「アハハ、大丈夫だよ悠季、ああ見えて達也けっこう優しいよ?」

 「なんで葉月はそこまで分かるの、まだ出会って少しでしょ?」

 「まぁ、同じボケキャラ担当だしね。それ位わかるよ」

 「そうなんだ……」

 と言いなんとなく間が空いてしまう。

 すると、悠季は完成に近い秘密基地を見つめながら言った。

 「最初あの変態も同じ事言ってたけど、なんで私たちこんな子どもみたいな事してるんだろうねぇ……」

 「それを言われるとお姉さん少し困っちゃうなぁ……」

 葉月は小さく笑う。

 「だってさ、もう今のこの時期なら受験勉強とかしてるべきなのに私たちは誰一人そんな素振りを見せずに基地を作ってるんだよ? それっておかしくない?」

 「うーん……人間の事情はあんまし分かんないかな……」

 すると悠季はいきなり笑いだし言った。

 「フフ、私この作りかけの基地と一緒だ」

 「えっなんで?」

 「なんかこの中途半端なところがさ」

 続けて。

 「戻る事も進む事も自分じゃ出来なくて……ただ徒に時間だけが過ぎていく……」

 まるで今の彼女自身を表してるかのように。

 そんな言葉を聞いた葉月は堪らず言う。

 「違う……」

 と、そう言うがそれを遮って彼女は言う。

 「アハハ、ごめん。やっぱりまだ新一と達也に会えそうにないや、今2人に会ったら絶対酷い事言っちゃうし、それに……」

 この基地を見ているだけで酷くイライラしてくるんだ、なんてことを思ってしまう。絶対に思ってはいけないと分かってはいるけど、それでも彼女は思ってしまう。

 そんな彼女に葉月は優しく、

 「大丈夫だよ……」

 と呟く。

 「もうやっぱり私普通に大学に進学したほうが良いのかな……」

 「大学とかそういうの分かんないけど、私は悠季が楽しく過ごせる道に進んでほしいな」

 そんな言葉を照れる事なく言う彼女の優しさに、

 悠季は一瞬泣きそうになる。

 「優しいね、葉月は……多分私はこのまま大学に進んで、社会に出て、結婚して……って人生でもきっとそれなりに満足してしまうんだと思う……」

 その言葉に葉月は優しく彼女をみつめる。

 そして彼女さらに続ける。

 「でも……それが嫌……すごく嫌、今までずっと歌手になることしかしか考えてなかったし、全てが無駄になったような気がして……私が私じゃないような気がして、すごく嫌なの……」

 やばい……泣きそうになって来た……。

 そんな痛々しい彼女の姿を見た葉月は、

 「ここにいるよ、いつでも」

 と、彼女の華奢な体を抱きしめる。

 「ほんとに? 嫌いになってない?」

 「嫌いになんてならないよ。悠季はずっと私の事を思い続けてくれたよね、だからそれの恩返しをしたい」

 「ありがとね、葉月」

 そう言い彼女は葉月から離れ、高台を去っていく。

 そしてその背中を……。

 「…………」

 その背中を木陰から達也は見つめていた。

 






 「あれ? 今日も悠季ちゃん来てないの?」

 昼ごろ、走って来たのか少し汗を掻いている達也は言った。

 「来てないねー今日も」

 葉月は言う。

 「…………」

 「どうしたの? 達也?」

 「いや、別に」

 と答え、彼は基地を見つめるが木漏れ日が眩しいほどに目に入って来て、それに思わず彼は、

 「がっー眩しいなクソ」

 と呟く、そしてTシャツをパタパタとする。

 「なにしてんの達也」

 葉月が、目を丸くしてその動作を見つめる。

 「えっ? いや熱いからこうやってんの」

 と言い、再び同じ動作をする、すると葉月が、

 「かっこいいそれっ! 私もやっていい達也」

 となぜか達也に聞いてくる、それに達也は言う。

 「だめー」

 「えっ……なんで……」

 「そんな軽い気持ちでパタパタやってほしくないから」

 「ガーン……」

 葉月はひざから崩れ落ちこの世の終わりに対面したかのような表情を浮かべている。

 「う、ウソだから……そんなへこむなよ。逆にびっくりするわ、しかし今日は北の町にしては珍しく暑いな……」

 と、タオルでも持ってこれば良かったかなぁーとか思いながら葉月に言った。

 すると勢いよく立ち上がり、彼女は、

 「暑いな……」

 と言い服をパタパタさせる。

 「お前全然暑そうじゃねぇじゃん。なんで少し笑いながら暑いな……とか言ってんだよ」

 「もっと暑そうにするにはどうすれば」

 「だからこんな感じで」

 とか彼は言い、もうひどくくたびれた様子で、

 「あちぃな……マジで……」

 そして服をパタパタさせる。

 夏休みのど真ん中何をやっているのかと自分自身に問いたくなるほどくたびれた様子で、すると葉月は、

 「アハハ、面白いっもう一回やって」

 思いのほか彼女は気にいったようだ。

 「えっ、これのどこが面白いんだよ、お前笑いのツボおかしくね?」

 「いいからいいから、もう一回やって」

 とお腹を押さえながら、達也に駆け寄る。

 それにしぶしぶ頷きながら達也は、

 「あちぃな……」

 と先ほどと同じように言う。

 「アハハハッやばいそれ、もう一回」

 「……マジでもう一回やんの」

 「うんっ」

 「あちぃな……」

 「アハハハ」

 「あちぃな……」

 「アハハハ」

 「あちぃな……」

 「もう飽きたかから良いよ達也」

 「…………」

 やべぇよこいつ……マジ勝手にやらせといて、勝手に冷めるとかなくね? ほんとすげぇよ、逆に俺がめげそうだし……とかそんな事を思いつつ、

 「さっさと基地を完成させよ」

 と言い作りかけの達也特製ベンチを組み立てていく。

 かんかんと、ハンマーの音が辺りにこだまする。

 「…………」

 葉月はブランコに乗る、少し作りが荒いのか軋む音が鳴る。

 「達也ってさぁ……小さい時はこっちに住んでたんだよね」

 「あぁそうだよ」

 順調に組みあがるベンチに少し嬉しそうな表情を浮かべながら彼は答える。

 その表情に一瞬笑いそうになるが、彼女は言う。

 「その頃はどうだったの?」

 その言葉に達也は少し驚いたような顔をし、

 「その頃? うーん……正直あんまり覚えていないんだけどね、友達も一人もいなかったし、ひたすら退屈してた記憶しかないね」

 「へぇーそうなんだ」

 「うん、あの頃は退屈ですげぇ苦痛だったぜ」

 「アハハ、でもまだまだだね達也。私ぐらいになると一人でも楽しく過ごせる術を会得してるもんだよ」

 「そうか……俺は別に会得しなくていいや……」

 そこで話が途切れたのか、達也のハンマーの音が再び聞こえる。

 「…………」

 「…………」

 「達也」

 「うん?」

 ブランコが少し気にいったのか、ブランコに乗りながら葉月は、

 「悠季はね、どうすればいいのか分かんないんだって」

 と言う。それに達也は。

 「どうすればいいか分かんない? なんだその贅沢な悩みは、哲学的なものは勘弁してくれよ俺頭悪いから」

 「なんて言うか……簡単に言うと、自分に自信がなくなっちゃったんだって」

 「それで全てがバカバカしくなったって事?」

 「まぁ私が思うに」

 「どんだけ、お姫様思考なんだよあいつ」

 思わず彼は笑ってしまう。

 それに葉月は少し語気を強め、

 「でもでも達也、悠季は本当に悩んでいるんだよ……いくらなんでも笑う事ないと思う……」

 と、彼女は昨日の悠季の痛々しい顔を思い出す。

 『ありがとね、葉月』と、言った彼女を、必死に涙をこらえながら言う彼女の姿を……。

 そしてさらに続ける。

 「だから達也が何とかしてあげてよ。私、今の悠季はかわいそうで見てられないよ……」

 それに達也はハンマーを打つ手を止め葉月に言う。

 「俺が? なんでだよあいつの人生だろ、それはあいつが決める事であって俺が口を出す義理はないはずだろ」

 「でも、悠季は苦しんでいるんだよ。達也しか悠季の悩みを聞いてあげる事は出来ないんだよ、人間同士、友達同士ならなん……」

 「友達……? ハハ、悪いけどあいつはそこまで俺に心を許してないと思うぞ、それに俺が今あいつに会いに行っても余計刺激してしまうだけだろ」

 「でも、達也なら……」

 と言いかけるがそれを遮り、

 「だから何なんだよそれっ、なにをお前は俺に期待してるんだよ。悠季の事なんか悪いが全然わかんねぇよ、そういうヘンな期待やめてくんね? まじ迷惑なんだけど」

 と、感情のままに葉月にぶつける。

 そう言われ彼女は、

 「…………」

 もう何も言えなくなってしまう。

 そんな葉月の姿を見た達也は頭を掻きながら、少しめんどくさそうに、

 「悠季の未来は、悠季だけのものであって、他人は関係ないだろ。今の自分と必死に向き合い続けようが、諦めて下らん愛とか恋にこの先溺れようがあいつの人生だ。好きに生きていけばいいんだよ。俺がするべき事は何もない俺はここでベンチを作って基地を完成させるだけ……」

 と、言う。少しだけ言いすぎたかな……とか一瞬思ったりもしたが、再びハンマーで釘を打ち始める。

 「…………」

 確かに達也の言ってる事も分かる、だけど……離れないんだ……悠季のあの時の顔が……。

 そしてその後の2人に会話はなかった。

 





 「うーん……」

 今は何時なんだろう……外はもう真っ暗だ。

 天原悠季はベットからモゾモゾと起き携帯を見る。

 「9時か……」

 結局今日も無駄な一日を過ごしてしまったな、とか彼女は思う。

 そしてテレビのリモコンに手を伸ばしテレビをつける。

 すると、流行りのアイドルが楽しそうに歌を歌っている。

 「…………」

 彼女はじっとそれを見つめる。

 しかし彼女はもう何も思わない。

 いや、思わないのはウソなのだが何も思わないようにしている。

 だって、意味がないのだから。

 考える事自体無駄なのだから。

 だけど、少しだけ……やっぱり少しだけ涙が出そうになる。

 「っ……」

 ピンポーン。

 チャイムが聞こえた。

 今日は確か親がいないから自分が出なくてはいけない、とそう思い彼女は玄関に出向く。

 「誰だよ……こんな時間に……」

 と、呟きそしてドアを開ける。

 「やっほっ、こんばんわ悠季ちゃん、僕だよ、達也だよ。テヘ」

 「…………」

 バタン。

 「いや、ちょっと今のは悪かった……謝るから開けてよ。開けて開けて下さいよアネキぃーー」

 「何だよ、そのキャラは!」

 悠季がドアを開け言う。

 「どう? 俺の見事なボケについ本能でツッコんでしまっただろ?」

 「知らないし、てか何しに来たの。言っとくけど私はしばらくあそこに行かないから」

 と、彼女はボサボサな髪をときながら言う。

 すると、達也はその言葉になんの興味も抱かずに、

 「ふーん、てかそんなんどうでもいい。ちょっとやりたい事があるから手伝えよ」

 と言い、悠季の腕を引く。

 「ちょ……っと、やめてってば」

 彼女は強引に達也の腕を振り払い、

 「なんだか知らないけどやめてよっ、今あんたの顔が一番見たくないんだからっこっちは」

 などと、ひどく興奮した様子で達也に感情の赴くまま言う。

 しかし達也はその言葉も聞かず再び彼女の腕を掴む。

 「あぁ、別にムカつこうが、嫌いになろうが構わないからとにかく今はついて来い」

 が、悠季も負けずに思い切り達也の足を蹴る。普段のツッコミの時とは違う、力任せに。

 「これ以上粘るならマジで警察呼ぶから変態」

 と言いさらに蹴り続ける。

 だが、達也の腕は離れない。

 「っ……だから、事が終わったら通報でも何でもしてくれ、だけど今は来いよ」

 強引に家から引き出す。

 そして、連れていく。

 あの高台まで連れて行く。

 「ちょっと……離しっててば」

 悠季はまだ抵抗を続ける。

 が、強引に引きつけ達也は、

 「静かにしろ」

 と、一言言う。

 すると、もう諦めたのか彼女は大人しくついてくる。

 違う……いつもと全然違う。

 いつものヘラヘラしたこいつじゃない……。

 と、そんな事を思いながら彼の背中を見つめる。

 「…………」

 そして、四人の約束の場所に着いた。

 月明かりと、星々がきらめいていて、それがなんだか不思議に儚い印象を与える場所。

 「えっ!? 悠季に達也っ、どうしたの2人とも」

 と、葉月が驚いている、すると悠季は力づくで達也の手を振り払い言う。

 「知らないし、このバカに聞いてよ」

 すると達也は、

 「きまってるだろ?」

 と言い、笑いだす。

 いつものヘラヘラした笑顔で、悠季が一番嫌いな笑顔で言う。

 「俺ら、三人の一夜限りのライブをやるんだよ」

 一瞬何を言っているのか悠季は理解できなかった。

 「ラ……ライブっ?」

 少し声が上ずりながら悠季は言う。

 「うん、ライブ。お前はギターボーカルな」

 などと、彼は言い悠季に何かを渡す。

 「あ、ありがとう……ってこれギターじゃなくて斧じゃん……」

 「あぁ斧だな。じゃあ俺ベース」

 と言い、彼はノコギリを握りしめる。

 それに気が付いたのか葉月は楽しそうにしながら、

 「じゃあ、私はドラムだねっ」

 とか、言いながらハンマーを二つ握りしめ、キャッキャと騒いでいる。

 理解できてない事が多すぎる……。

 この二人は今なにをしようとしてるのか、悠季は理解できてない。

 いや、想像はついている。だがそんな事をしたら間違いなくこの二人は狂っている。

 「ちょっとどういう事? ちゃんと説明してよ達也」

 すると、葉月と楽しそうに会話してた達也が言う。

 「なぁ、悠季。音楽ってのは『女の子の初恋を歌に乗せました、ポッ』みたいな激アマなもんばっかりじゃなくてさ、自分や社会に対する差別や不満を歌った歌もたくさんあるんだよな、いやむしろ今の音楽はそっちがルーツみたいなもんじゃないかな」

 「…………」

 「不満があるんだろ? 俺に新一にそして、この秘密基地にな。順調に完成に近づいて行ってるのがムカつくんだろ?」

 「…………」

 「いや、人間なら当然の感情だよ。ムカつくよな、だからさ……」

 「壊しちゃおうぜ。バッキバッキにさ、ここでゼロに戻すんだよ」

 狂ってる。

 こいつはバカだ、やっぱりバカだった。しかも隣で笑ってる葉月もバカだ。

 でも。

 「いいよ。壊しちゃおう」

 と、言っちゃう私が一番狂ってるのかも知れない……とか思いながらそう悠季は言った。

 それに達也は爆笑して、

 「いいぜ、最高だ。悠季それも音楽だと思うぜ、俺は」

 と言う。その意味不明な笑いに悠季もつられて笑い、

 「フフ……でも本当に良いの? すごい一生懸命作ってたじゃんか」

 と、やはり理性に思うところがあるのか悠季は言った。

 「当たり前だろう。なんで手を抜いた物をわざわざ壊すんだよ。一生懸命作った物を壊さないと意味がないだろうが」

 と、自らの持論を誇らしげに彼は話す。

 「なにそれ……全然カッコ良くないし……フフ」

 「いや、かっこいいから俺。てか葉月あれ」

 と、そう言い何かしらのジェスチャーを送る。

 それに葉月は頷き、何かを呟いた。

 すると基地を中心に明るい光に包まれる。

 明るく様々な色の光に高台が包まれる。

 そう、まるでライブハウスの様な……。

 「綺麗……」

 片手に斧を持った悠季は言う。

 すると、重そうにベンチを運び悠季の目の前に置いた達也は、

 「じゃあ、そろそろ始めるか。これ、俺が本気で愛情込めて作った、こだわりのベンチ。ほらこの辺とか全部やすりで削ったんだぜ?」

 と、ベンチをさすりながら呟く。

 「すごいよく出来たベンチだね、もう壊すのがもったいないくらい……」

 悠季はそう言った。

 それに達也は笑う。

 そして彼女は斧を空高く揚げ、言う。

 「じゃあ、始めるぜっー!」

 振り下ろす。

 パカンッ!

 見事に真っ二つになるベンチ。

 「んっー気持ちいっ!」

 「最高だぜ悠季っヒャッハー」

 と、達也は言い真っ二つになったベンチを蹴り飛ばす。

 それに続いて幹の上に建てた小屋の屋根をハンマーでグチャグチャに壊す。

 「オリャッオリャ。達也ー楽しいねこれ」

 葉月は無邪気な笑顔でそう言う。

 それに負けじと達也も、新一が、これ俺の自信作、と豪語していたブランコにのこぎりを当て、

 「見とけよ、二人とも……これがロックンロールだオラァ!」

 と、叫び容赦なく切り始める。

 「アハハ、私も私もっ」

 葉月はぴょんぴょん跳ねている。

 「…………」

 この二人は本当にすごい。別次元の人間だと思ってしまうほど感心させられてしまう。完成まであと少しなのに、ここにきて今目の前でロックンロールとか言いながら壊している。こんな事をしても何にも変わらないのに。

 なんの意味もないのに……。

 そして悠季は二人を見つめて、

 「待って、達也そのブランコ私にやらせてっ!」

 なんてバカな事を言ってしまう。

 だけど不思議だ……すごく楽しい、今までにないくらい……。そう昔、葉月と遊んでいた頃の様な……世界が気持ちいいくらい単純だったあの頃の様な、そんな気持ち。

 それを彼女は今思い出していた。

 「おぅ。やっちまえ悠季!」

 「行くよー!」

 彼女は斧を振り下ろす。

 そしてブランコは儚く崩れる。

 新一が丁寧に作ったブランコは一瞬で壊れてしまう。

 「凄いねっ、悠季の前世サムライなんじゃない?」

 葉月は飛び跳ねながらそう言い、

 「さすが、悠季。最高」

 と達也はひたすら笑っている。

 「やばい……これ病み付きになりそう……」

 悠季は不敵な笑みを浮かべている。

 「悠季に達也ーまだこっちの小屋破壊しつくしてないよー」

 葉月が呼ぶ。

 「だってさ。行こうぜ悠季」

 彼は手を差し出す。

 「明日、新一どんなリアクションするかなぁ……」

 「いまさらっ!?」

 「アハハ」

 彼女は達也の手を握り言う。

 「今行くよー葉月」

 そして壊す。

 狂ったように壊す。

 ひたすらに、積み上げた壱をゼロへと還元していく

 そして気が付けば四人が出会ったころの何もない状態に戻っていた。

 「…………」

 悠季は静かにその姿を見ている。見事に何も無くなった高台を見渡す。すると達也が話しかけてきた。

 「どうだ、初ライブは楽しかったか?」

 「うん。楽しかった」

 「音楽の新しい一面は見えたか?」

 「まったく。てか音楽でも何でもないじゃんこれ」

 「ハハ。どうだ自分自身の答えは見つけられそうか?」

 その問いに彼女は少し考え、そして達也を見つめる。

 「ぜんっぜん何にも変わってないし」

 「そうか、だよな……」

 「でも」

 彼女は言う。

 「もう私、大丈夫な気がする」

 持っていた、斧を地面に置く。

 「そいつは良かった」

 彼は笑いながらさらに続ける。

 「別にお前の人生だからどうでもいいんだけどさ。何になりたいかって事がそんなに重要な事か? 俺からしたらどういう風に生きて生きたいかって事の方がはるかに重要な気がするんだけどな」

 などと彼は言う。

 「何それ? ダッサ……」

 「ほっとけ……」

 「今、凄い自分に酔った顔してたよ」

 「やっぱ恥ずかしいから忘れてくれ……」

 「アハハ」

 自分をとりまく状況は何も変わっていない。自分自身の答えもまだはっきりとしていない。そう、昨日と何にも変わってはいない不確かな状況。

 だが。

 「どう生きて生きたい、か……」

 彼女は不思議ともう大丈夫だと思った。

 「例えば、こんな風とか……」

 「何か言ったか、悠季」

 「何でもないよ、変態」

 未来は複雑で難しい事ばっかりだけど、少しだけ、単純なところもあるかな……と彼女はそう思い、

 なんとなく達也の足を蹴ってやった。

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