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嘆きの断片  作者: 河野 る宇
◆世界の境界線
8/9

*嘆きの断片

 憎い憎い憎い──その同情の言葉は、死んだ妻と息子や、オレに向けられたものじゃない。自分が優しい人間なのだと思いたいがための言葉じゃないか。

 外面だけでいい気になって、心はとうに、どこかに行ってしまっている。

 オレの家族のことなんかすっかり忘れて、みんなが笑っている。オレだけがそこにいない。

 理不尽な運命に抗えない。他人事ひとごとだと笑っている奴ら。自分はそうじゃないとでも言いたげだ。

 みんなが幸福を抱いて笑い合っている。オレだけがその中にいない。オレの妻と息子は、もうそんな笑顔は出来ない。オレは、そんな笑顔を見ることが出来ない。

 死の前では誰もが平等であるのに、自分だけは不運に見舞われないと思っている。そんな奴らに、不幸を与えるのだ。

 何もかもが憎らしい、恨めしい、引き裂いてやりたい──みんな、嘘ばかりじゃないか。オレの哀しみなど、誰も理解しようとはしない。

 みんな死ねばいい。オレが殺してやる。

 胸が詰まるほどの黒い感情が津波のごとく押し寄せ、男の怒りと憎しみにラクベスの体がきしみをあげる。

 霊術士でなければ、その意識に飲み込まれ不運を背負い込んでいることだろう。

「ウ、ウウ。殺ス」

「これが、本当にあなたが望んだことなのか」

 今のあなたに、幸せだった頃の家族の記憶は見えているのか。

「ダ、──黙、れ」

 お前も、不幸にしてやる。

 オレの前で笑う奴はみんな死ねばいい。不幸になればいい。悲劇に泣き叫ぶ奴らを見て、オレは高らかにあざ笑ってやる。

「だめだな」

 ラクベスは表情を険しくした。

 聞こえてくるのは、ゆるゆると闇から伸びる手の如く、醜い呻き声のような負の感情──それに支配され、黒くなった心はさらに深淵へと墜ちていく。

 目の前にいるラクベスの姿さえ、室田やパーシヴァルと同じように見えているのか疑わしい。

 この状態では、こちらの言葉は届かない。

 心の奥底に閉じこもり、ただ嘆き苦しみ続けている。その断片が憎しみとして現れ、完全なる魔物になろうとしている。

 ラクベスは意を決し、相手を見据えて右手を肩まで挙げた。何もなかったその手に光が収束していく。

 光は細く長くまとまり、それはまるで剣の如く実体があるようでないような、まばゆい輝きを放つ武器が具現化された。

「なんだよ。ありゃあ」

 室田はその光景に息を呑んだ。

 燦爛さんらんたる光の剣を携えた姿は神々しく、凜とした瞳には揺るぎない精神が宿っている。

「あれが、本当に人間なのか」

「お前は見える(・・・)人間だから、そう思うのさ」

 見えない奴の目には、そこまで輝いては映らないだろう。

 ──石動の爪はラクベスを引き裂こうと容赦なく襲いかかる。ラクベスはそれを剣で受け止め、隙を狙って一気に踏み込んだ。

 そんな攻撃を爪でかわされるも、剣を振るうその度に、石動のまとう黒いもやが払われていった。

 それに対抗するように、石動は再び黒いもやを形成し姿を隠す一進一退の攻防が続いている。

「そう簡単には負けちゃくれねえか」

 パーシヴァルは苦々しくつぶやく。

 ラクベスの体力が心配だ。神霊を降ろすことは、それだけで体力を消耗する。

 とはいえ、ラクベスは他の霊媒士とは少々、毛色が異なっている。自分の知識だけでは、計りきれない部分があった。

 もどかしく思いながらも、パーシヴァルはそれを黙って見守るしかない。やはり、もう一人戦闘員を連れてくるべきだったかと慚愧ざんきに顔を歪ませる。

 調査員として、要請された内容を比較検討し動員する戦闘員の数を決める立場にありながら、なんたる不手際だ。

「今回、俺は失態ばかりで情けねえな」

 頭を抱える。

<問題はない>

 ヘッドセットからの声にラクベスを見やった。

「そう言ってくれるのは有り難いがよ」

<私では力不足だと?>

「そうは言ってねえ」

 参ったな。降ろしている神霊のせいでラクベスの性格が荒くなっている。常に紳士的な態度である奴だけに、この豹変は知らない奴が見ればどうしたのかと驚くだろう。

 ラクベスの力量を見定める案件として器用した要請であったが、予想を超えて厄介な内容だ。

 試験は別の要請にして、この件は普通に受けていれば良かった。

「いいから、ちゃっちゃと済ませろよ」

 ラクベスはそれには応えず、ともかく石動の姿を捉えようと黒いもやを払うことに専念した。

「お、見えてきたぞ」

 室田は、徐々にその姿を現した石動に目を見張る。もやが晴れていくにつれ、這いつくばっていた体勢は人間本来の立ち姿へと戻っていく。

 すっかりもやがなくなり、ラクベスが攻撃を止めると石動もその動きを止めた。

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