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嘆きの断片  作者: 河野 る宇
◆世界の境界線
7/9

*生きる場所

「そのマント。身を守るためのもんなのか?」

「俺のはそうだ」

 結界を張り続けるには高い集中力を持続させなければならない。パーシヴァルの護身布マントには、そのための術が数種ほど織り込まれている。

「あんまり訊くなよ。こっちも答えづらいことあるんだからよ」

 相手が霊能者ということもあって、ある程度は答えているけれど同じ世界でも上と底とでは大きな隔たりがあり、やはり答えられない部分もある。

 今はまだ、こちらに深入りはさせたくない。

 どっぷりと浸かってしまっている奴もいるが、それはそれ。こいつもいつか、そうなるかもしれない。

 しかし今は、なるべくなら遠ざけてやりたい。

「邪魔、ヲ、スル、ナ」

 かつての石動いするぎはその姿だけでなく、声すらも醜悪に成り果てている。吐き出す息は黒いもやとなり、今や不運をまき散らす異形の者だ。

 ラクベスは、這いつくばってこちらを睨みつける石動に目を細める。

 彼が幸せだった頃の画像とはほど遠い眼前の姿は、それほどの苦しみが彼の心をむしばみ、自らの能力ちからに振り回された結果に他ならない。

 その力さえなければ、私やパーシーと会うこともなかったかもしれない。

「たられば」を並べたところで好転する訳じゃないと解ってはいても、能力ちからを持つが故に皮肉な運命を選んだ石動に悔しさは否めない。

 彼に起きた悲劇は同情に値する。

「それでも──」

 それでもなお。私は、あなたを止めなければならない。

「なんだ?」

 パーシヴァルの隣で様子を窺っていた室田は、いぶかしげに眉を寄せた。

 上空から光が舞い降り、一瞬にしてラクベスの体に吸い込まれた途端に彼の顔つきが変わった。

 いや、顔つきだけじゃない。髪の色は赤黒く、目尻は吊り上がって瞳の色もやや黄色を帯びている。

「あなたではない。──仕方がない」

 何かの手違いでもあったのか、ラクベスは苦々しくつぶやき身構えた。

「おい、あれはなんだ」

 別人になったじゃねえか。

「神霊を降ろしたんだよ」

「神霊だあ!?」

 そんなもん降ろせるのかよ。ていうか、なんで見た目まで変わってやがるんだ。

 室田の驚きをよそに、パーシヴァルはラクベスの様子がどうもおかしいと目を眇めた。さらに、パーシヴァルが予想していたよりも神霊を降ろした状態で放たれるエネルギーが少ないようにも思える。

 調子でも悪いのか?

「うん? あの気は──土地神のものじゃねえか。なんだってあれが降りてんだ」

 あの土地神じゃあ勝てねえぞ。

「おいおい。出張ってきやがって。悔しいのは解るが」

「なんだよ。何がどうした」

 頭を抱えているパーシヴァルに状況が飲み込めない室田は、俺を不安にさせるなよと顔をしかめた。

「降ろすはずの神霊じゃなく、ここの土地神が無理矢理、降りてきやがった」

 一度降ろしているせいか、それなりに強い神霊のため強制的に降りられるようになったらしい。無理に外せば失礼にもあたるぶん、悪霊より厄介だ。

「なにそれ!?」

「自分が護る土地を好き勝手されて怒ってはいたが……。あれは出て行く気配ねえな。もう一体、降ろせば問題はないか」

「まてよ。神霊をもう一体だって?」

 同じ体に二体も神霊を降ろせるのか?

「二体どころじゃねえよ」

 五体は軽く降ろせるんじゃねえかな。

「いやいやいやいや!? そんなの普通、無理だって!」

「あいつは特殊な霊媒体質でね」

 世界に唯一といっていい霊媒士だ。

 とはいえ、何体もの神霊を一つの体に詰め込むのは簡単なことじゃない。それを可能にしたのは、ラクベスの努力があってこそなのだ。

「お前ら、訳がわかんねえよ」

 こいつが張った結界は、外からはまったく中が見えず、入ろうとする感情をその人間の心から排除するって、訳がわからない。

 おまけに、一人で公園全部を張ってるとか、どんだけ強力なんだよ。俺なんて、せいぜい自分の周り数メートルくらいで霊を閉じ込めるだけでしかない。

 根本的に次元が違いすぎる。今さらながら、自分の結界が弱いと言われたことに納得した。

「たまにいるんだよ。俺たちみたいな奴がな」

 強すぎる力は、大なり小なり周囲に影響を与える。周りと上手く馴染めず孤立し、道を外れてしまうこともある。

 それを避け、生まれ持った能力ちからをどう活かしていくのか──その結果が現在、室田が目にしている光景なのだ。

「俺たちは、生きる場所を見つけた」

 それだけなんだ。たったそれだけの違いで、あいつは魔物になろうとしている。

「こっち側とあっち側じゃあ、見えてる世界は違い過ぎらあな」

 室田はつぶやいたパーシヴァルに目を向ける。

 こいつらは一体、どんな風にしてその場所にたどり着いたんだろう。俺なんかでは想像も出来ない道だったんだろうか。

「苦労したんだな」

「あん? まあな」

 何を想像したんだこいつと室田を見下ろす。

 感じ方なんてそれぞれだ。俺が辿ってきた道は、他人ひとによっちゃあ、大したものじゃないだろう。

 大抵の奴は、自分の過去を口にはしない。自慢するようなもんでもないってのが一番だが、それを糧にするにはあまりにも暗い部分があるからだ。

 それとは逆に、まったく苦労することもなく辿り着く奴もいる。その方がいい、苦労したからいい人生が送れる訳じゃない。

 パーシヴァルはラクベスを見やり、上品な物腰の中にある苦い経験をしてきた者、特有の鋭さに眉を寄せた。

 あいつは間違いなく、天才と呼べる部類の人間だろう。あの能力ちからさえ無ければ、表舞台で華々しく輝いていたかもしれない。

 持っちまったもんは仕様がねえよな。潔く、この世界で生きていくさ。

「後悔なんか、くそ食らえだ」

 パーシヴァルは口角を吊り上げ、結界を張る腕に力を込めた。

「邪魔、ヲ、スルナラ、殺ス」

「そう簡単にはいかない」

 ラクベスの顔つきがさらに変化した。髪と瞳は赤く、荒々しい気が放たれる。二体目の神霊を降ろしたのだ。

 室田でさえ、彼が強くなったと本能的に感じた。霊的なだけでなく、神聖なオーラがラクベスから強く放たれている。

「──っ」

 肌を刺すような痛みと痺れに、ラクベスは石動の憎しみの強さをひしひしと感じていた。

「ミンナ、死ネバ、イイ」

 魔物と化した石動から、どす黒い感情がラクベスに注がれる。

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