102号室からの転生。
人は人の役に立って初めて生きる目的を見いだせるのではないかと、常々思う。
締め切った室内に業務用冷蔵庫のモーター音が小さく響く。
他にあるのは、食材用乾燥機。 それと大量の小さい段ボール、小瓶、すり鉢。
102号室の住人は、平日外に出ないということを除けば、とても規則正しい生活を送っている。
7時起床、22時就寝。
日課はインターネットでの注文チェックと、その商品の作成、梱包、発送。
発送は部屋の前に午前中に置いておけば、裏野運輸が取りに来てくれる。 うちは着払い専門なので、業者はお客様控えを102号室の郵便受けに入れておけば事は済む。
10時になったので、仕事をしようと思う。
仕事は「サプリメント」の作成だ。
材料を冷蔵庫、ときには冷凍庫から取り出し、ある部位は乾燥させ、ある部位は燻製にする。
今日は大人気、カルシウム剤を作る。 何度も乾燥を繰り返した骨を金づちで砕き、すり鉢で擦る。
それをカプセルに入れ、それを何個も作って出来上がりだ。
一定の数を小瓶に入れて封をする。 緩衝材で巻いて、小箱に入れ、お礼の手紙を添える。
こうやって商品を購入してくれる人がいるから、生きること、仕事に、やりがいを感じる。 愛用者から体調がよくなったと言われるのは本当にうれしい。
もともと、この仕事を始めてみようと思ったのは、老齢の母に体調をよくしてあげたかったからだ。
独学で漢方薬の作り方を学んだ。 そんな中、シカシャという漢方の存在を知ったとき、衝撃が走った。
そろそろお昼になった。 お腹がすいたので食事にしようと思う。
冷凍庫から肉を取り出す。 半解凍状態の刺身風にしてご飯と一緒に食べるのが私は好きだ。
食事を終えたら再び仕事にうつる。
何の話をしていただろうか? ああ、そうそう、シカシャだ。
シカシャとは、産科の病院で集められたヒトの胎盤を乾燥させた漢方だ。
入手は難しいが、その存在を知った瞬間、はとひらめいた。
栄養は、同じ素材から摂取した方が効果が高いのではないかと。
幸い、素材はすぐ手に入った。 ものはためしに売ってみたら、これがなかなか良い稼ぎになった。
しかも「ほかのサプリメントと違う」と大絶賛。
稀少素材につき、割高にしても注文は後をたたなかった。
サプリメントの名前は「ヒトに優しくヒトに一番効く薬」
全くと言ってよいほど鳴らない携帯がバイプモードでぶるぶる震えた。
どうやら素材が手に入ったようだ。
天井を見上げると天井の木目の一部がずれて、そこに空間ができた。 人一人通れる程度の空間だ。
そこから気を失った人がひとり、ずるんと落ちてきた。
この光景を見るたびに、まるで出産のようだと思う。
落ちてきた人を大事に抱えた。
これが出産なら産湯を使うところだが、この人には冷凍庫に入ってもらう。
冷凍してしまえば処理が簡単だ。 もっとも半冷凍状態で処置しないとあまりに固くなりすぎると処置が大変になるのでそこは経験と勘が頼りだった。
パタン、と冷凍庫の扉を閉めて天井を見ると、もうその木目にずれは無かった。
私は稼いでも稼いでも、それを殆ど使わなかった。
なぜなら不憫な息子に財産を残してやりたいからだ。
結婚してすぐに子供ができたが、息子が小学校に上がる前には離婚した。
息子は妻の苗字となって私から離れていった。
俺の何かがおかしかったせいだろうか、その息子は途中から娘になった。
妻はそれに耐えきれず子育てを放棄したと風の噂できいた。
娘になった、息子。 そのような子供たちに対して世の中の理解は増えたとはいえ、やはり私は一人で生きていくであろう子供の将来が心配で仕方なかった。
だから金を稼ぐと決めた。 息子の人生を邪魔するものは髪の毛一本のこらず親の私が処分してやることに決めた。
クジラと同じで、全部利用してしまえばよいだけ。 ある部位はサプリに、肥料に、カツラに、――日々の食事に。
先日、2階の大学生の男の子が、2階の老婆の貯金を騙して奪い取って逃げたという届け出が老婆からあった。 何か知らないかと警察が尋ねに来た。
知りませんねぇ、老婆は大学生に騙されたのですか、それは可哀想に、とだけ答えた。
12月31日、大晦日。
私はある神社に来ていた。
大晦日と元旦、この2日は小さいころから特別な日だった。
年がかわるということは、単純には日が一日変わるだけの話だが、それでも大晦日と元旦は尊いものだと私は思う。
除夜の鐘が鳴り終わり、周囲で新年だと盛り上がる。
大勢の人に囲まれ目立つことなく参拝を済ませた私は、これも毎年恒例のおみくじをひいた。
吉、の文字が私の心を慰めた。
今年もまた、誰かが私たちのために、202号室という子宮から102号室への産道を通ってサプリメントとして産まれに来る。
神の御恵みがありますように。