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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第一章 脱出
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追撃

 ポリスの中心の塔にある首長の間で花火と街路で騒ぐアンドロイド共を一望していたアードルフにとってその報告は寝耳に水だった。

 「何。本当か?」

 「はっ。一番機が破壊されました。胴体に穴があき、首が潰されていたと報告が」

 「花火大会の喧騒に乗じてやられたか。犯人の情報は?」

 「あります。監視カメラの映像で見たところ、同じ警備に就いていたアンドロイド一体が、一番機と他の二体を破壊したようです」

 「一体がミュータントをやったというのか?」

 信じがたいことだった。もしそれができるとすれば、心当たりは一つしかない。

 「…《奴》か」

 「はい、その可能性が高いです。しかも《奴》は仲間と車でポリスの外に逃亡しました」

 即座に命令を下した。

 「ミュータント三体に追撃をさせろ!必ず仕留めるのだ」

 「はっ」

 部下が退出し、一人になった。外は賑やかであったが、アードルフの心中は決してそうではなかった。《奴》がいれば間違いなくポリスへの大きな脅威となると分かっていたからだ。

 全く予想外の事態であった。本来、《奴》は五年前に解体処分されたはずだったのだ。なぜ今になって現れたのか見当がつかない。これまで誰かが匿っていたのか?いや誰ができるものか。奴が部品だけになって棄てられたのをこの目で見たはずなのだ。アンドロイドでなければ人間か?いや、それこそあり得ない。人間は皆スラムにいるのだ…。

 (…これ以上考えても仕方ない。どのみちミュータント三体に襲撃されれば、今宵のうちにクズ鉄と化すだろう)

 マザーポリスの発展を祝う花火が闇夜に映えていた。


     *  *  *


 ポリスを抜けだしたヒロ・トシロウ・ヨタの一同は、現状を知らせるために、ヒガシ教授の住居があるナカマチに向かって車を走らせていた。脱出してから最初の一キロは舗装された道路だったが、途中からは、かつて建物だったガレキで埋め尽くされた悪道を、車体をガタガタ揺らしながら進んでいた。悪道に強いバギーをパクればよかったと後悔していた矢先…。車の進みが急に悪くなってきた。トシロウがいくらアクセルを踏み込んでも、速度は徐々に落ちていく。とうとう車は止まってしまった。トシロウは外に出てタイヤを確認する。左の後輪タイヤが潰れていた。

 「ヤバい、こりゃパンクだな」

 トシロウ以外の二人は眠っている(厳密にはヨタの睡眠は人間と少し違う)。

 ナカマチまではまだまだ遠い。ガレキだらけのこの場所はかつての人の街だが、この五年の間にアンドロイドによって破壊されたものとみえる。明け方までには着くつもりだったので困った。

 「歩かなきゃいけねぇか。とはいっても、二人も眠っているしな…」

 叩き起こそうかとも考えたが、自分も疲れている。無理して歩くよりは、ここで休んでから明日出発してもいいかもしれない。

 「それにしても驚いたな。ヨタがミュータントをやったかもしれねぇとは。にわかに信じがたいが」

 ヒロはそのことを伝えてからすぐに眠ってしまった。無理もない。この車をパクるためにアンドロイドを五体程倒したのだ。怪我なく来れただけでも、幸運かもしれない。追手が心配だが、パンクした車ならガラクタとしてガレキに紛れ、やり過ごせるかもしれない。

 「俺も休むか」

 再び車に乗り、ライトを落とし、シートの背もたれを目一杯倒してからトシロウは瞼を閉じた。

 それからどれくらいの時間が経ったのだろう。まどろみから覚めた時、窓越しに見た外はまだ暗いままだった。背中の方から聞こえていた花火の音は既になく、静寂が夜を支配していた。この静けさがいつまでも続いたらどれだけいいことか。ずっと安らぎの中で眠り続けていたい。その思いが切なさを一層高める。どうか、もう少し、眠らせてほしい。その願いは、泡沫のようであった。

 静寂は微かな物音によって破られた。何かがガレキを踏み分けている?危機を予感すれば、知覚は現へと蘇る。心臓が高鳴り、緊張しつつも、頭脳は冷静であろうとしている。戦場とは常にこのような感覚に支配され続ける場所なのかもしれない、などと考えつつ、トシロウはまだ寝息をたてている二人を揺り起こした。助手席のヒロはすぐに起きたが、ヨタは起きそうにない。バッテリーをかなり消耗しているのかもしれない。

 「物音がした」

 「…追手かもね」

 「どうする。下手に動くとかえって良くねぇ」

 「もし追手なら、まだ動かない方がいいと思う。敵を把握しないと」

 「ミュータントかもしれねぇぜ。冗談抜きで」

 「そのときはそのときだ」

 そうは言うものの、正直、対処法は全く分からない。ここまでうまくいっただけに、そろそろ危険が迫ってもいい頃だ。

 「把握しようにも、こう外が暗くては…」

 しかしライトは点けられない。二人は取り敢えず、小銃と鉄兜を装備した。

 ガラゴロ…と踏み分ける音。フロントガラス越しの正面に一体は確実にいる。アンドロイドなら、懐のスタンガン一撃で倒せる。かかってこい。

 「はっ!」

 咄嗟に振り向くと、後ろのガラスが粉砕した。破片が車内に飛び散り、ヴヴヴ…と敵の呻き声が車中に響く。唯のアンドロイドや憲兵はこんなことをしない。いやな予感は当たったらしい。

 「こいつが例のミュータントか!」

 後部座席にはヨタが横たわっている。近づけさせてはならない。二人は青い肌のミュータントに向かって小銃を撃った。

 バババン!と額と心臓に命中した銃弾は貫通せず弾かれた。その間動きを止めていたが、ひるむ様子は全くなかった。眼光が二人を捉えた。二人に悪寒がはしった。

 「フロントの方からも来た!」

 「出るぞ、このままだと挟み撃ちだ!」

 それぞれ左右のドアから抜けだした。その直後、緑の二体目のミュータントによってフロントガラスは破られ、車の前部はぺしゃんこになってしまった。ミュータント共は人間に目もくれず、後部のシートを引っぺがし、まだ車内にいたヨタを外に引きずり出した。ヒロとトシロウは懐からスタンガンを取り出しつつ、絶叫して奴らに迫った。トシロウは緑のミュータントのパンチをすり抜けて、脇腹に電撃を喰らわせた。ミュータントはたまらずヨタから手を離し、その場で脇腹を押さえてうずくまった。そのすぐ隣で、悲痛な叫びがした。―どこかで《熱の鼓動》が鳴る。

 「ヒロ!」

 「うわああああああああああ‼」

 トシロウの目の前に何かが落ちる音がした。金属ではない、もっと有機的で生々しい何かが落ちた。闇夜のせいで何か分からない。温い鉄のような臭いが鼻についた。その奥に、銀の光を放つ刃が地面から生えていた。赤黒い液が滴っている。刃はぐんと伸び、根が現れた。それは徐々に太く、そして大きくなり、伸びきったかと思うと、二メートル超の赤い全貌を顕わにした。

 「三体目の、ミュータント…!」

 戦慄。全身の毛穴が粟立った。そして恐れが心を支配した。開いた口は塞がらず、膝が勝手に笑って、思わず自ら跪いてしまった。

 「駄目だ、何やってんだ…俺。戦わなくては…。たおさなければ…。にげのびねば…あぁ…」

 膝に片手をつき、立ちあがる。スタンガンは有効なのだから、可能性はある。やらねばならない。

 「はぁ、あっ。く、ぬ…。こなくそぉ!―グアッ…!そんな…」

 トシロウの胸部の中心を衝撃が走った。心臓が止まり、意識が吹き飛んだ。緑の腕が胸に埋まっていた。声もなく、肉塊は地面に伏した。―誰にも聞こえない、《熱の鼓動》が大きく鳴る。


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