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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第一章 脱出
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戦慄の逃走

 「閣下。本日の式典で披露するものです」

 改めてその容貌をみると、やはり化けた≪奴≫と近似している。

 「能力は奴のそれと同等だと聞いたが」

 「はっ。そしてこいつは更に余分を排したものでございます」

 「素晴らしいな」

 「既に幾つかは要所に配備しております」

 「もし今宵、我らに抗おうとするものがいれば、その者達は奴隷共への見せしめになるな」

 「左様にございます」

 部下が深々とお辞儀をして下がった。アードルフはフフ、と口角をわずかに上げた。


     *  *  *

 

 時刻が午後六時半に迫る頃、ヨタはポリスの境界の警備にあたっていた。外界への道はこの一本のみであり、基本的に通りを歩く者はいない。ヨタは先刻ヒロとトシロウに教えられた作戦を胸中で反芻していた。普段ここの警備にあたるのはヨタを含めて四人ほどであり、さらにいえば面子も固まっている。今日も同じメンバーが道路の脇に立っている・・・はずなのだが、明らかに容姿が普段と違うものがいた。いつもヨタの向かいに立っているのは体長一六〇センチ程度のアンドロイドなのだが、今日そこにいたのは二メートル超の長身で、さらに物の怪のような雰囲気を纏った怪人だった。制服を着ていても隠し切れていない威圧感に嫌悪を覚えたヨタは、警備員の制服のネクタイを緩めた(ただしアンドロイドなので効果は何もない)。

 作戦開始まであと三十分。今日まで共に仕事をしてきた仲間を、もうすぐ破壊しなければならないと考えると胸が痛む気がしたが、アンドロイドが人間にした仕打ちを知れば致し方ない。ヨタは無意識に右腰の拳銃をホルスター越しに握る。彼が人間ならば手汗がにじむような心地であった。

 刻々と時間が迫り、あと五分となった時、ポリスの中心からの喧騒が一層騒がしさを増した。花火大会前のアードルフの演説が始まったのだ。道路の脇にある警備ボックスのラジオから彼の声が聞こえる。 

 「…本日マザーポリスは人間の支配から完全に独立して五年という佳節を迎えました。この場を借りて、私は諸君に見せたいものがあります。ご覧ください。最新鋭の警備アンドロイド、《ミュータント》です。」

 (ミュータント?不気味な名前だな)

 開始時刻まであと二分。

 「ミュータントは強力な戦闘能力を有し、人間どもを一騎当千の如く圧倒します。それでいて任務に忠実であります。既に数体を各地に配備してあります。ミュータントは我々の生活を外界から、そして地下からも守ってくれるでしょう」

 演説が終わりラジオからはアードルフへの歓声の後、花火大会開催へのカウントダウンの声が流れていた。ヨタはホルスターの拳銃を抜き安全装置を解除した。僅かな街灯のみが照らす街の境は仄かに暗い。

 カウントダウンが十秒を切った。…三、二、一…

 打ち上げ花火の音と銃声が重なった。一回、二回。ヨタの右横と右斜め前の警備員は胸を撃ち抜かれて倒れた。だが正面のあと一人がいない!左右を見渡す。

 「しまった!」

 背後を振り向いた刹那、ヨタは殴り飛ばされ、地面に転がった。

 「あの間に背後にまわったのか…!」

 ヨタは右頬に手を当てて立ちあがる。が、すかさず二発目の右ストレートが顔面めがけて飛んできた。

 ガツン!と重い衝撃が身体を震わせる。ヨタはよろめいたが今度は倒れなかった。

 「何とかガードできたが…」

 左腕が使い物にならなくなった。受けた場所がグシャリと凹み、左肘から先が動かない。

 左肘から先が垂れたまま、ファイティングポーズをとりつつ相手の姿を改めて見つめる。さっきまで正面にいた怪人である。二メートル超の身体の背を丸め、両腕を前に伸ばしている。警備服は破れて半裸となり、黒光りの肌が露出している。奴の赤い眼光がこちらを見つめている。ヨタはその胸を撃ち抜いてやる、と右手を相手に向けた時、拳銃を落としていたことに初めて気付いた。探そうにもその隙に殺されかねない。

 「どうする?あっ!」

 怪人が右腕を回しながら迫ってきた。またあのパンチに当たればひとたまりもない。距離を取ろうと走る。一瞬振り向いて見ようとしたとき、怪人は後ろにいなかった。ヨタの頭上で拳を落としに来ていた。

 「うああっ!」

 横に飛び込んで何とかかわしたが、怪人は動きを止めない。

 (このままではキリがない…!)

 だが戦わなければならない。

 そう思った時、腹の底に強い熱を感じた。

 (そうだ。ヒロとトシロウと一緒にここを脱出するのだ。二人が来る時、こいつがいたら危険だ。戦うのだ)

 奴を殺さなければならない。思うほどに熱が全身に広がっていく。燃え上がるように身体が熱い。

 (やってやる)

 右手に拳を作った。強く握った。怪人は奇声を上げて右手に手刀を作り再び飛びかかって来た。

 「ウラアアアア!」

 ヨタは右に身体をスライドさせて手刀をかわし、そして―

 「うりゃぁぁ!」

 拳で奴の鳩尾をぶち抜いた。

 怪人は腹部にできた大穴から煙を上がらせ、スパークを放って、地面に倒れた。赤黒い光沢を放つ拳を怪人の身体から抜いた。怪人は動く力もなく、呻いている。

 「楽にしてやろう」

 そう言って怪人の首を踏み潰した。同時に身体の熱が一気に冷えたのを感じた。全身が震えた。

 「今、僕は、何者だった…?」 

 ヨタは怪人を殺した。その力はどこから湧いてきた?自分の中からだ。右手を見た。普段の肌色に戻っている。これまでにない感覚だった。我を忘れていた。

 「あれ?」

 違和感が消えたと思ったら、左腕が治っていた。ヨタは自分に戦慄した。

 たたずむヨタをライトが照らした。光源を見ると車だった。軽快にクラクションを鳴らしている。一人が助手席から降りてきた。

 「ヨタ!無事だったか!」

 「ヒロさん…」

 よかった。守れた。そう思うと途端に気が抜けてきた。

 「どうしたんだ?疲れた顔してるぞ」

 「いえ…」

 そう声を振り絞ってヨタはヒロに倒れかかった。

 「ヨタ!相当がんばってくれたらしいな…。ん、なんだ?」

 照らされた地面に斃れている巨体は腹に穴が空き、首は無残に潰されていた。どこかで見たような気がするが、すぐに思い出せない。何にせよ、自分では到底敵わない者に見えた。そして一抹の疑問が浮かんだ。

 「まさか…ヨタが倒したのか…?」

 もしそうならば、あの彼のどこにその力があるのか、と。

 

 ポリスの祭り騒ぎを背に車はポリスの境界を越えた。


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