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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第一章 脱出
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邂逅

 清掃と整備の作業は基本的には掃除用ロボットの仕事である。腕や背中にハイテクな清掃道具があり、それを状況に応じて使い分けるのだ。壁の汚れには背中に載せている高圧洗浄機のホースを近くの水栓に繋げて使う。地面に落ちたゴミは、可燃物なら右手の人指し指の先からレーザーを放ち、灰にしてから左腕の吸引機で吸い取ってしまう。不燃物は手で取って握り潰して圧縮してから腹部のクズ入れに放る。

 大型エレベーターの清掃をしているヨタと丸坊主のうち、キャタピラ走行型掃除用ロボットである丸坊主はこれができるが、ヨタにはできない。ヨタは掃除用具を持ち、人間と同じように扱う事で清掃をしていた。そのため作業の速さは丸坊主が勝っていた。

 「君が羨ましいよ、丸坊主くん」

 「…」

 ヨタは物言わず作業を続ける丸坊主の姿を見て、自分よりマシーンとしての仕事を果たしている点で劣等感を抱いていたが、同時に彼を哀れだと思っていた。ヨタが丸坊主に何を言っても、彼が何も答えないことが尚更それを強めた。

黙々とした作業は難なく進み、残すところは非常用階段の清掃のみとなった。暗い螺旋状の階段の中をアイライトで照らして下りながらヨタはブラシで、丸坊主は高圧洗浄機で汚れを落としていった。汚れを含んだ水が、地下へと流れていく。

 「この水が流れる先はどうなっているんだっけ?丸坊主くん」

 「…」

 丸坊主は相変わらず答えない。それでもヨタは声を掛け続ける。

 「全く君は頑固だね。部長の呼びかけには答えるのにさ…あれ?丸坊主くん?どうしたのさ、止まっちゃって。君が頑張ってくれないと昼休みまでに作業が終わらないよ」

 ヨタは丸坊主の足元を見てみた。キャタピラはまだ微妙に動いている。充電切れかな、と思ったがそうではないらしい。もしそうなら充電不足のサインとして彼の一つ目が赤く点滅するからだ。ところが今の彼の目はグリーンなのだ。キャタピラも見たが、シャフトが折れているわけでも、キャタピラが壊れたわけでもないようだ。

 ヨタは遂にどうすればいいか解らなかったので、丸坊主が高圧洗浄機から水を出しながらキャタピラを動かそうと震えているのを見ているしかなかった。

水が流れていく地下の奥から、何か物音が上ってきたのはこの時であった。

 カッ、カッ、カッ…。ヨタは思い出した。ここは危険レベルの高い場所だったことを。

 「なんだ?何が来るんだ?丸坊主くん!こんなところで壊れてる場合じゃないよ!何が来るかわからないんだ!逃げないと!」

 焦って丸坊主の頭を叩いてみるが彼はただ震えながら高圧の水を放つばかりであった。足音は徐々に大きくなっていく。ヨタは彼を置いて逃げようかと思ったが、彼の姿が健気で哀れに見えてしまって、ためらってしまっている。

 「逃げようか…残るかぁ…うーん、あぁもう可哀想じゃないか!…でも…ええぃ、ままよ!」

 ヨタは覚悟を決め、その場に残ることにした。何が迫ってくるのか、想像ができなかった。

 足音が止んだ。何がどうなっているのか、ヨタには分からない。ひとつ、見えない者に対し声をかけてみる。

 「おーい、どなたですかー!僕はヨタっていいまーす。仲間の一体が故障してて困ってるんですー!」

 地下の方から声が反響するが、それと水の音以外は何も聞こえない。駄目か、と思った一瞬後、下から声がした。

 「お前はアンドロイドかー?」

 「はいー!清掃業の最中ですー!」

 「そこで待ってろー!」

 「分かりましたー!あなたたちはどういったかたですかー?」

 返事はすぐには来なかった。代わりに急いで駆け上がる足音が聞こえ、地下からの声の主ともう一人が暗闇の中から現れた。

 「俺たちは人間だ」

 「人間…?」

 ヨタは眼前にいる二人を見つめていた。マザーポリスに地下があることは知っていたが、どんな場所なのかは知らなかったし、ましては人間がいるとは夢にも思っていなかったのだ。

 「おめぇは話が通じそうだな」

 「はあ」

 気の強そうな一人がそういうと、温和そうなもう一人が続いて言った。

 「君は清掃業をしているといってたね。上の…マザーポリスの地理には明るいよね?」

 「はあ、そりゃあそうです」

 「じゃあちょっと手伝ってもらえないかな?」

 「何をでしょうか」

 「道案内、かな」

 「ですが、僕にはご覧の通り仕事があります。途中で放ってはいけません。それに…」

 「それに?」

 「コイツをどうにかしないといけません」

 そういってヨタが丸坊主を指さした。

 「そういうことなら、まずは君の事を手伝おう。それでいいだろう、トシロウ?」

 温和そうな人は白い歯を見せて微笑してから。気の強そうなもう一人にそう言った。トシロウという人らしい、とヨタは記憶した。

 「ああ、いいだろう。そいつが出し続けている水のせいで、いい加減靴の中まで濡れてきたところだ。ヒロ、見てやれ」

 そしてもう一人のヒロという名も記憶した。ヒロは丸坊主の側に寄ると、それを調べ始めた。右手、左手、キャタピラの順に見回してから背中に背負っている機械のホースが階段の上方へと伸びているのに気づいた。ヒロは丸坊主が動けない原因は、ここまでですっかり伸びきったホースにあるのではないかと推理した。

 「コイツが動けないのはホースが伸びきっているせいじゃないのかな」

 「あ、なるほど!全く気づかなかった」

 「じゃあコイツを上まで持っていこうぜ」

 トシロウは丸坊主を叩きながらそう言い、物言わず水を放出し続けるばかりの彼を持ち上げて階段を上り始めた。

 「それにしても助かります。ここは危険レベルが相当高いといわれてましてね。ですから二人の足音が聞こえた時は、獣が上ってきたのかと思いました」

 「ははっ、俺たちゃ獣なんかじゃねぇよ。」

 「二人は何者なんです?」

 「あとで教えるよ。そんなことより君は人間に恐れや警戒をしないんだね。それが不思議だ」

 「はあ、それがどうも僕は他のアンドロイドと比べて劣っているらしいのです。理由はよく知りません。そのせいか、僕は他のアンドロイドよりも知らない事やすぐに判断が下せない事が多いのです」

 「へぇ」

 「だから、僕はよく落ちこぼれだとか言われるんです。あだ名だってヨタって言うんですけど…マヌケとか馬鹿者って意味らしいんですよ。僕は他のアンドロイドよりも鈍感なのかもしれません」

 「なるほどな」

 話を聞いてから、トシロウはヒロに小声で話した。

 「コイツは利用できる。仲間に取り込もう」

 「僕もそれに賛成だ。まだ多少の警戒は要るけど、他のアンドロイドよりいいと思う」

 そこにヨタが口を挟む。

 「何を話しているんですか?」

 「いや別に…お、コイツの水が止まった。正気になったらしい」

 そんなことを話すうちに、二体と二人は階段を登りきった。二人の表情に緊張が現れたのをヨタは見逃さなかった。

 (二人はここに来た理由を僕に隠している。何かを企てているのか?)

 トシロウは丸坊主を地面に下ろしてやった。丸坊主は何も言わず、水栓のホースを外しに行った。

 「お礼の一言も言わねぇのな」

 「僕からお礼を言わせてもらいます」

 「そりゃどうも」

 そういいながら、トシロウはヒロと共に辺りを警戒するように見回していた。そうかと思うと、今度はヒロがヨタに向かって「ところで」と低い声色で声を掛けた。 何を聞いてくるのだろう、とヨタは少し身構えた。

 「君は外の世界を知っているかい?」

 予想外な事を聞かれたのでヨタはキョトンとしてしまった。

 「お前、ずっとここで住んできたんだろ」

 「ええ、そりゃあ」

 「今まで不思議に思った事はないか?何故外から人や物が来ないのか」

 「それが、不思議なのですか」

 「…その反応からすると、君は何も知らないようだね」

 「何も?それって何のことです?」

 「あのキャタピラ脚が帰ってくるのにどれくらいかかる?」

 「五分はかかります」

 「よし、それまでに説明しよう」

 そう言うと二人はヨタと巨大エレベーターの倉庫の中に入り、人目のつかない隅へと連れてから話を始めた。

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