機械の仕事と人間の作戦
「一分二十八秒の遅刻。これがどういう意味か分かるな?コード52310。そうだ。アンドロイドたる貴様がこのようではまるで機械としての義務を果たせてないということだ。ブラシも高圧洗浄機も内蔵してない貴様はな、ハッキリいえば、そこらの低スペックのロボットよりも使えないんだ。全く、よく雇ってあげている方さ。このオ・レ・サ・マは。こんなアンドロイドの出来損ない、本来なら地下の発電所の炉で溶けているか、サビまみれになってスラムの道端で人間のクソガキに踏まれるのがお似合いさ!・・・」
偉そうな服を着た、部長のアンドロイドはこんな調子でヨタへの説教をしていた。ヨタとしては、何を思っても、何も言い返せない。逆らえば、スクラップになる運命が待っているからだ。三日前はキャタピラで移動するタイプのロボットが、誤って街を歩くアンドロイドにぶつかったという理由で地下の処理場でスクラップされた。だから、ヨタは何も言わず、下を向いて自分を恥じてからこう思うのだ。
(僕は機械になりきれない機械だ…。なんで機械が僕みたいな感情を持つのだろう。絶対に要らないのに)
生まれてこの方、ずっとこればかりはよく悩んでいた。そして同時に一つの疑問も浮かんでいた。
(なぜ、部長は僕を捨てないのだろうか?キャタピラのロビタは僅かなヘマだけでスクラップになったのに、僕はいくつもミスをしてもスクラップにされてない。なにか理由が? それとも、今日あたりにでもやられるか…)
「…タ…ヨタ!」
「はいっ!」
「お前またボケッとしやがって。話を聞いているのか!」
「はいっ!すいません…」
しまった。彼はまたいつもの癖で考えるうちに他のことが疎かになってしまっていた。怒られるのに慣れてしまってはいたが、辛いものはある。
「ふん、おサボりのヨタ。お前今日は地下への大型エレベーターと周辺の掃除だ」
「えっ!?あそこって危険レベルが高いじゃないですか」
「だからさ。今日のお前の気の抜けっぷりは目に余る。その罰だ。行ってこい」
「誰か連れてはダメですか…?」
「ふん、よかろう。おい、そこの丸坊主」
「ハイ」
部長に呼ばれて来たのは小柄の丸坊主頭でキャタピラ脚の掃除用ロボットだった。 名が無いために哀れにも部長にこう呼ばれている。
「お前、こいつの掃除を手伝え。場所は地下への大型エレベーター近辺だ」
「カシコマリマシタ」
そう言うと丸坊主はヨタの側に近づき、ヨロシクと挨拶をした。
ヨタと丸坊主はマザーポリスの西に位置する巨大な箱型の装置の前に来た。人間数百人は余裕で乗せられる大きさの大型エレベーターが、その大きな鉄の箱の中にある。
許可証の十六桁のコードを入力すると、箱の中への入口となるシャッターがゴンゴンゴン…と開いた。ヨタは眼前に広がった空間に目を見張った。巨大エレベーターの見た目は、がら空きの倉庫のように何も無いように見えるが、実はその地面自体が昇降する仕組みとなっているのだ。
ヨタ達が頼まれた掃除は、実質的にはエレベーターの整備を兼ねていて、彼等は整備用のハウツープログラムも当然搭載している。具体的な作業としては〈プレート〉と呼ばれるその昇降する地面の清掃と、その他装置の整備、そして非常用階段の清掃だ。
ここまで来てヨタは一つの疑問を抱いていた。
(ここの危険レベルは高いが、そういえばその理由を知らないな)
* * *
ヒロとトシロウの二人は地下室を抜け出した後、上に繋がっている巨大エレベーターに向かってスラムの歪な道を駆けていた。ここまでの道のりは順調であったが、巨大エレベーター付近となれば話は変わってくるだろう。あそこには常に憲兵が複数人いることは二人だけでなくスラムの人間全員が知っていることだ。そしてどう突破するか。二人はこれについて何度も話し、今朝になって一旦の結論を出した。今がそれを実行する時だ。だから二人には自信があった。体が震えているとすれば、それは武者震いなのだ。
二人は物陰に身を隠して、目と鼻の先にある巨大エレベーター装置の前に立つ憲兵の数を確認した。
「二体か。思ったより少ないな」
「うん。僕達を追う方に人手を回しているのかもしれないよ」
「よし、なら決行だ」
ヒロは頷き、物陰から出て巨大エレベーターに向った。憲兵たちは近づいてくる人間を視認して声を掛ける。
「貴様、ここには近寄るな」
ヒロは答えない。憲兵はヒロが小銃を持っていることに気づいた。
「貴様何を持っている!」
憲兵たちは瞳を黄色に光らせながら洗脳電波を発した。ヒロの歩みが止まった。
「そいつを下に置け」
ヒロは言われるがまま腰を下ろし、銃を地面に置こうとした。
「…なーんてね」
銃声が二回、ヒロの背中の方から響いた。ヒロの前に立っていた二人の憲兵は、人間の心臓の位置に穴を開けて倒れた。
ヒロが振り向くと、銃口から硝煙が登っている小銃を持ったトシロウが笑みを浮かべてこちらに歩いてきた。
「上手くいったね」
「ああ、第一関門突破だ」
「思った通り、洗脳波を発している間は他のことが出来ないみたいだね」
トシロウは立ち上がったヒロとハイタッチしてから、倒れた憲兵の服に入っているカードを取り出してから、巨大エレベーター装置の閉じているシャッター横のパネルにカードに書いてある十六桁の番号を入力した。ところがドアは開かなかった。これは予想外だった。
「ん?どういうこった?」
パネルの上の画面には《What is Your ID number?》と表示されている。ナンバー?今入力したのでは違うのか?トシロウはカードに書かれた番号が他にないか確認したが、特にはない。なにかマズイことが起こる予兆じゃないことを祈る。ふと、もしやと思ってヒロの方に振り向いた。
「ヒロ、もう一人の憲兵の懐にカードが入ってないか?」
「ちょっと待って」
懐を探る。ほのかに熱がある左胸の内ポケットにはない。右ポケットに手を入れると、手帳のようなものがあったので取り出した。開くと、カードが入っていた。
「あったよ」
「十六桁の数字があるか?」
「桁の数は知らないけど、IDみたいなのがある」
「こっちに渡してくれ」
トシロウがヒロから受け取ったカードのIDを入力すると、かん高い電子音が鳴ったあとにシャッターが開いた。上手くいったらしい。
「二体のIDが必要だったのか」
広い倉庫のような装置の内部には何も無い。地面すらもない。エレベーターのプレートは遥か五十メートル上にあるらしい。どうやら簡単には上がらせてくれないようだ。
「ヒロ、プレートがないぞ」
ヒロは想定済みだったようで、落ち着いていた。
「内部の右の方、非常用階段があるでしょ?それで上ろう」
「ん、分かった」
トシロウは非常用階段へのドアを開け、ヒロはそれに続いた。
「これでしばらくはここともお別れかな」
地下五十メートルから地上に向かって、二人は登り出した。