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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第一章 脱出
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スラムの二人・ヨタの朝

 未来都市マザーポリスの地下五十メートルにはスラム街が広がっている。ここにはバラックのボロ家、プレハブ小屋、五階建てほどのボロいアパートとが、いくつもうねりながら立ち並んでおり、点々とある街灯がこの空間のわずかな光である。

そこより更に地下三百メートルのところに大きな発電所があり、それを中心にしてスラム街の人間はそれぞれに仕事をしている。発電所に勤める者、その電力の一部を使う工場で働く者、それら施設の近くで食堂を営む者…と様々である。

彼らは皆、支配された生活を送っている。

 「…こんな生活になってもう何年になるかな?」

 「ヒロ、お前はいつもそればかりだな」

 昼休みの食堂の隅で、ヒロとその同僚のトシロウはいつもの通りクズ飯を頬張りながら話していた。

 トシロウは口中の飯を呑み込んでから言った。

 「五年だ。マザーポリスに来てから、五年経った」

 「僕らが外界から完全に隔離されて、奴らに支配され続けて…外からの人間は軍が攻略作戦に失敗してからまだ一人として来て無い、か」

 「ああ。このクズ飯にもいい加減慣れちまった。ったく、俺らが上の奴らの生活を支えてやってるっていうのに、連中は誰一人としてありがとうの一言も言わねぇ」

 「気に入らないね」

 「ああ、全く気に入らねぇ! 」

 「おい、貴様ら」

  憲兵の服を着た者が二人のそばに立って口を挟んだ。二人はすぐさま話をやめ、残っている飯に目もくれず席を立った。

仄暗い外に出たところで、二人は再び話を続けた。

 「くそっ。またやられた」

 「脳波コントロール…これで何度目だろう」

 「なにか打破できる方法はないのか、ヒロ」

 「……」

 「そうか。畜生、アンドロイドめ…必ずてめえらの支配を壊してやる。機械が人を支配するなんて認めねぇ」

 「ねぇ、一つ思いついたんだけど…」

 ヒロはトシロウに耳打ちした。

 「・・・うまくいくかわからないな。だが悪くねぇ。憂さ晴らしにもちょうどいい」

 「なら、今日の終業後すぐに作戦会議と準備をしよう」

 二人は工場に戻り、午後の仕事にむかった。


 * * *

 

 機械にも休息は要る。アンドロイドともなると尚更必要で、「ヨタ」のあだ名で呼ばれる彼もまた、例に漏れず一日最低四時間の休息を欠かさずとっていた。

 ヨタは目を覚ますと、上体を起こしてから左右を見回して、それから立ち上がる。ずっとしている習慣だ。

 脳内時計は午前六時三十分を回ったところで、出勤時間にはまだ間に合う。ヨタは何のために着ているのか分からないズボンとシャツを着て、三十五階建てマンションの一部屋から外に出る。

 外はモヤのようなスモッグの中におびただしい数の建物が《塔》を円形に囲むように広がっている。見下ろせば、道を歩いているヨタのようなアンドロイドが幾体といる。

 (この中の一体が壊れても、困る者はいない…そもそも僕以外は困るとすら感知しないだろう…)

 ヨタは自分の存在意義が分からなかった。ヨタは作業ロボット達と共に働いている。日中は清掃業でマザーポリスの隅々を回り、夕方から深夜は警備の仕事でマザーポリスの境界線に立っている。話し相手もいない。最初はそういうものなのだと思って気にしなかったが、最近は機械らしく過ごす日々に違和感を感知している。

ふと、ヨタは自分の歩みが止まっていることに気付いた。考え込んだせいだ。

 (しまった、遅刻する)

ヨタは清掃会社のオフィスに急いで向かおうとして走り出した。が、三歩目に足下のオイルに足を滑らせて、背中からすっ転んでしまった。


* * *


ヒロとトシロウは昨日から作戦を画策し、翌日の朝礼の時間になっても工場に出勤しなかった。どこにいるかというと、スラムの或るアパートの地下室にいた。この地下室は二人の隠れ家同様で、武器などを保管したり、かき集めたジャンクから道具を作る場所でもある。今は作戦会議室となっている。

 「…じゃあまとめるよ。今回の目的は二つ。一つはマザーポリスの存在を外界に知らせること。もう一つは僕達自身のここからの脱出だ。」

机上の紙を取ってトシロウは小さく呻く。

 「むぅ…そんで、お前の提案は面白いが、これが上手くいくかどうか」

 「…やっぱりこのままだと、行き当たりばったりな計画だよね」

 「ああ。これには(マザーポリス)に詳しい協力者が要る。なにせ五年弱は上に行ってねぇ。事を起こすにも迷子になっちゃ始まらねぇ」

 「でもやるなら今夜しかないよ」

 「分かってる。ただでさえ身体は衰えてるんだ。時期的にもやるなら今夜だ」

 「…」

 それを聞いて顎に手を当てるヒロに、トシロウは続けた。

 「とにかく、上に行ってみなきゃいけねぇんだろ?」

 「うん…そうだね」

ヒロはおもむろに携帯端末に表示された写真をもの悲しげに見ていた。トシロウは察してヒロの肩にポンと手を置く。

 「ミカが心配か?大丈夫さ。彼女は強い女性じゃないか。耐えてお前を待ってくれる」

 ヒロはそのまま涙ぐんだ。

 「泣くなよ、ったく。不安なのはわかるが俺達で決めたこと、やってやろうぜ」

 ヒロは手で涙を拭いてから深呼吸を二度した。

それから息を吸って―

 「よし、やってや―」

 やってやろう、と言おうとした時だった。

 コッ…コッ…コッ…

…!心臓が跳ねた。地下室への階段から足音が聞こえたのだ。トシロウが対アンドロイド用スタンガンを手にし、頭に洗脳電波対策済みの鉄兜を被って、ドアの側の壁に貼り付く。工場にいなかった二人を怪しんだ憲兵のアンドロイドが、ここを嗅ぎつけたに違いない。ヒロも涙を払って鉄兜とスタンガンを装備して、トシロウの反対側に着いた。

コツ…コツ…コツ…

足音は次第に近づき大きくなる。革靴の足音なら憲兵に違いない。身体がわずかに震え、口が渇き、思わず息を呑む。

…足音が止まった。刹那、ドンドンドン!と激しく扉を叩いてきた。壁越しに衝撃が伝わり、心臓が更に高く跳ねて鼓動が速まる。続いてドアノブをガチャガチャガチャガチャ!と回し、扉を開けようとしてきた。頑丈に造られていたために力で壊れることは無かった。それを悟ったのか、間もなく音は収まった。

無音が訪れる。ヒロはギュッと目を閉じて(帰ってくれ)と念じた。

 トットットットッ…鼓動はまだ速い。

 まだ無音が続いている。二人は目を合わせてから、ふっと息を吐いた。

 「ン…?」

 トシロウは異変に気づいた。視線を落とした先にあるドアノブ…音が微かに聞こえる?ジ…ジジ…ジジ……

 「まずい」

 ドアノブを指さしてヒロに言う。

 「え?」

 「ドアノブを…!」

 「焼き切っている!?」

 阻止できない。奴は確実に部屋に入ってくる。レーザーで焼かれたドアノブがボロリと落ちた瞬間、扉が部屋の真ん中まで吹き飛んだ。奴は扉を蹴飛ばしたらしい。

 やはり奴は憲兵だった。憲兵は部屋に一歩足を踏み入れた。だか扉の側はやはり死角だったらしく、二人をまだ視認してないようだ。

もし見つかれば脳波コントロールをされるか、この場所がアンドロイド達に知られる。監視の目が強くなれば、ただでさえ難儀なマザーポリスに行くことは遂に不可能になってしまう。つまり、二人はここで憲兵を速やかに倒さなければならない。二人は戦う覚悟を決めた。

二人はアイコンタクトをとり、ヒロが忍び足で憲兵に近づく。憲兵は部屋の真ん中にある自身が倒した扉の上に立って辺りを見回していた。ヒロは息を殺して近づく。気づかれてはならない。あと二歩…一歩…。

 「ン?」

 憲兵が突如、振り向く挙動をとりはじめた刹那―

 「やぁっ!」

 ヒロは気合を声に出し、バチバチと音をたててスタンガンを憲兵に突くように当てる。

 スタンガンのスパークが憲兵の左脇腹で閃いた。

 「ウゴボゴボォォ…!」

 憲兵は言葉になっていない叫びをあげて倒れた。

 アンドロイドとはいえ、見た目はほとんど人と同じだ。うつ伏せでプスプスと煙をあげている憲兵を見て、今のヒロには一瞬間前の興奮はなく、戦慄を感じていた。ヒロは自身を落ち着かせるようにフッと息をついてから、

 「こうなったら行こう。ここはまたすぐ敵がくる」

 と、トシロウに言った。

 「なら今すぐ、昨日準備した装備、つけて行くぞ」

 先述の鉄兜とスタンガンをはじめ、食料やシュラフなどを入れたバックパックと小銃を装備した。百数十年前の兵士の格好に酷似した装備をして、二人は地下室を出た。

 (さようなら、ミカ。きっと帰ってくる)

 ヒロの胸奥を、恋人への愛おしさが支配した。


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