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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第二章 外の世界
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マザーポリスの記憶

 ウルフは自慢の跳躍力を生かして逃げる二人の直上に跳んだ。ウルフの影がナオの足下に黒く浮かんだ死神のように現れた。振り向けば、いる。振り向かずとも、いずれ殺される。最も深い絶望の中で、ナオは願いを自身の叫びに込めた。

 「マモル兄さぁぁぁぁん‼助けてぇぇ‼」

 警察署の窓から何かが飛び出したのを、ヒガシは走りながら聢と目撃した。

 「させるかぁ!」

 高所からの空中足刀蹴りがナオの直上、ウルフの胴に深く刺さった。地面に叩き付けられる音と、足でブレーキをかけて着地する音。そのあとナオが振り向くと目の前に着地した背に安堵と希望を感じた。

 「待たせたね。守りに来たよ」

 「遅いわよ。全く」

 「事情聴取された部屋で寝てたら、外がやけに騒がしくって起きたんだ。それで窓から外をみたら二人がいたからね。間に合ってよかった」

 その背は、大切な人を守るためにある。

 「抜け出してきたか、ルーラー。起きなければ、宵のうちに楽に死ねたというのに」

 痛手を負ったにも関わらず、ウルフは立ち上がってマモルに呼びかけた。

 「ルーラー?誰のことだ」

 「とぼけるな。マモルなどという偽名を使って」

 「俺の本当の名前なのか」

 「冗談が過ぎるぞ!いつまでも記憶喪失ごっこか!」

 激情の叫びの直後、ウルフが地面と平行に跳ぶようにマモルに接近して右腕を振り下ろしてきた。マモルは腕をクロスに構えてその攻撃をガードする。すかさずウルフの右手の爪が腕を切るように引っ掻く。腕に鋭い痛みが走る。

 「爪か!だったら!」

 右の次は左腕が振り下ろされた。マモルは一歩踏み込んで右腕を前方斜め上に上げて構え、ウルフの左腕を受けた。同時にがら空きになった胴に左の正拳を突いた。ウッと呻いて怯んだ刹那に、右回し蹴りを脇腹に噛ます。ウルフは堪らずその場に崩れた。

 「二連撃!マモルこんなに強かったんだ…」

 「しかも性格まで変わっている気がするぞ」

 ナオとヒガシは予想外の彼の強さに開いた口が塞がらなかった。

 「や…るな。しかし!」

 ウルフはしゃがんだ体勢から膝下を蹴り、今度はマモルの構えを崩す。ウルフは尻餅を着いたマモルの喉をめがけて爪を真っ直ぐに揃えて突いた。それをマモルは間一髪で頭を右に動かして躱す。その躱されて伸びたままのウルフの腕をマモルはすかさず左手で掴んで左肩の上で固定し、右腕で下から関節を伸ばし切り、左腕でウルフの手首を思いっきり下してウルフの左腕の関節を逆方向に折った。

 「ギャアアアア!」

 堪らず絶叫したウルフは咄嗟に後ろに跳んで距離を取った。

 「くっ…流石だルーラー。お前はやはりマザーポリスの脅威だ。故にだ。私はお前をどんな手段でも殺さねばならない」

 この時ウルフがさりげなく発した《マザーポリス》という単語がマモルの人工頭脳を強く刺激した。頭痛が走り、頭の中で強い恐怖感情が暴れだした。マモルはその場でうずくまってしまった。

 「マモル!どうしたの…! キャアッ!」

 その間にウルフはマモルの頭上を跳び越えてナオを捕らえ、ヒガシを足で軽く蹴倒して制してしまった。

 「ハハハハハ!形成逆転だな!貴様はどうやら活動時間の限界が来てしまったようだな!所詮、策ではこの俺には勝てん!俺は未来のアンドロイド軍司令官なのだからな!フハハハハハ!」

 ウルフはナオを連れ、うずくまったままのマモルの前に立ち言った。

 「取引だ。この女が死ぬか、貴様が死ぬか。選べ」

 痛みに喘ぎながらマモルは声を絞った

 「や、め、ろ…ナオさんを、放せ…!」

 「うるせぇ!減らず口はそこまでだ!フン、ルーラー。貴様はここまでだ。ポリスの為に死ね!」

 ウルフは右足の爪でマモルの喉を切り裂こうとした。「やめてぇ!」と叫ぶナオの声がマモルの耳に届いた。

 ―怖い。…どうして?マザーポリスという言葉を聞いた途端、怖くなった。何に恐れている?自分…自分自身にだ。失うのが、怖いんだ!…でも、もしこのままでいたら、また守れなくなる。また?前に誰かを守れなかったような言い方じゃないか! …きっとそうなのだろう。守れなかったんだ。またそれでいいのか?いいや、僕は守る。何があろうと守ってみせる!


 ―覚醒の時。


 真っ赤に光輝くそれはマモルから発せられたものであった。光が止んだとき、ウルフの右足の長い爪は半分以上切り落とされ、腕に抱えてたはずの女は、目の前に忽然と姿を現した赤黒く輝くミュータントの後ろに隠れていた。それは化け物というべき程の醜さは無く、むしろ精悍な出で立ちであった。

 「三体のミュータントから送られたデータと姿が違う…!進化だというのか⁉」

 「マザーポリス、アンドロイド、初めてのはずなのに聞き覚えがある。教えて貰おうか。ポリスとやらを」

 「マモル…?」

 先ほどまでいた青年の姿とまるで違う背中。それなのに安心を覚えることにナオは戸惑った。

 「まだそれを言うか…どこまでもとぼけやがってぇ!」

 既に片腕が使えず、満身創痍であったウルフに、赤黒いミュータントは圧倒的なパワーとスピードでこの勝負を決めた。ウルフが振り下ろした右腕を掴むどころかそのまま引っ張ってちぎり、更に蹴りの一撃で両足の骨を砕いた。ついにウルフは地面を這うことも出来なくなった。

 赤黒い巨体は、それまでの激情よりもどこか悲しみのこもった声色で問うた。

 「聞きたい事がある。俺は本当に記憶が無いんだ」

 諦めがついたようで、ウルフは潔く話を始めた。

 「…しょうがねぇ。いいだろう、潔く話してやる。マザーポリスとは瓦礫のずっと先にあるアンドロイドの自治都市だ。人間共には五年前に洗脳電波を流したことでずっと存在が隠されてきた」

 「アンドロイド?」

 「そうだ。アンドロイドと言っても単に人に近い形のマシーンというわけじゃない。限りなく人間に近い骨格と人工筋肉、そして人工頭脳を備え、人間以上に働ける。」

 「じゃあ俺も?」

 「そうだ。アンドロイドだ。しかしお前は他のとはずっと違う。お前は本来アンドロイドに備わっていない物を備えている」

 「戦闘能力か」

 「それもその一つだったが今は我々のようなミュータントにも戦闘能力はある」

 「じゃあ何だ」

 「それは人間共とお前さんが一番良く知っているはずだ。働くためには却って邪魔になる時もあるものだ」

 ウルフの声は徐々に小さくなっていった。

 「それがポリスにとって大きな脅威になることをアードルフ様は恐れた。貴様を消すために、三体のミュータントや私が刺客として貴様たちの後を追ったのだ。そいつらが死ぬ前にデータを送ってくれたというのにこの様だ。お前の力は想定以上だった。その力の源こそが我々アンドロイドに無い物だろう…」

 話の最後は絞るように声を出していた。まだ何か話しそうであったが、ウルフの動きは緩やかになり、やがて静止した。

 (三体のミュータント…。あ!ああ!思い出した!守れなかった人達…!ヒロさん、トシロウさん…)

 「あの人たちは僕をヨタって呼んでいた…」

 元の青年の姿に戻ったマモルの脳裏に浮かんだのは、血飛沫と、絶叫と、己の狂気。何も守れず、自身を見失って戦った、抑えの利かない自身の覚醒。こんなことなら、忘れたままの方が幸せだったのかもしれない。

 記憶を思い出したのはマモルだけではなかった。ナオとヒガシの脳内にも、これまで隠れて見えなかった記憶が、頭痛を伴って突然鮮明に浮かび上がってきた。―「マザーポリスが人類の脅威となる‼」という新聞記事。これまでの未来的な夢に満ちた街が、恐ろしいアンドロイドの野望に満ちた街であったこと。あの瓦礫の街で起きたこと。五年前テレビ中継で目撃した、無秩序な軍隊の狂気の行い。建物は崩れ、阿鼻叫喚が渦巻く真の地獄絵図…! そしてマザーポリスは今もあの瓦礫の先にあること…‼

 「私、なんで今まで思い出せなかったのかしら…。あの瓦礫の先には発電所なんてなかったわ…! マモル兄さん?」

 マモルはその場でうなだれていた。

 「僕の使命はポリスで虐げられている人々を助けることだった。そのために一度脱出してここまで来た…。なのに、自分自身を一番恐れているなんて…!もう何もしたくない!ここから消えてしまいたい…」

 ナオは、彼を見つめた。彼の背が安心を与えてくれたこと。彼は、私たちを守ってくれる希望なのかもしれない。そんな彼が、今恐れている。自分自身に。でも彼を恐れたままにしてはならない。ナオはそう思い、思わず彼の元へ行き、彼の両手を握った。彼の冷たい手は、最初はまた震えていた。けれどそれはすぐに止まった。そして彼の手は次第にほのかな温もりを持ちはじめた。

 「そんなこと言わないで。私たちを守ってくれたのはマモル兄さんよ。かっこよかったわ。兄さんは自分を恐れてなんかいないわ。手が暖かいもの」

 マモルはナオの瞳を見つめた。澄んだ瞳だった。安らぎを覚えた。彼の顔から恐れが消え、代わりに今にも泣きそうな表情になっていた。もし彼が人間だったなら涙を流していただろう。ナオは彼に言った。

 「ねぇマモル兄さん、マザーポリスに向かいましょ」

 マモルは自分のなすべきことを思い出した。それは一人ではできない、過酷なことだ。そう思った。そして自分は彼女の支えなしには何もなせないとも思った。彼女こそが、自分に生き方を与えてくれたのだ。

 「いいのかい?きっと過酷だ。それに僕は人間じゃない。アンドロイドの化け物だ」

 ナオは決意を固めてから、ニコリと笑って見せた。

 「構わないわ」

 深夜の交差点の真ん中、彼女の支えでヨタはマモルとなった。


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