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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第二章 外の世界
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闇夜に屠る

 ヒガシとナオが家に帰れたのは夕方になってのことだった。何も悪いことをしてないのに、あたかも犯罪者であると断定しにかかる警察の姿勢に二人とも酷く参ってしまい、夕飯後二人は早々に寝てしまった。

 草木も眠る丑三つ時。寝息といびきとが止んでしまったのはドアをノックする音のせいだった。二人とも最初は無視を決め込んでいたのだが、何度もしつこくノックを続けてくるので、二人とも仕方なく、各々の部屋から一階の玄関まで降り、ヒガシがドアの覗き窓から外を確認した。ところがそこには人影すらも無かった。

 「こんな時間にいたずらとはな。全く勘弁してくれ! 寝るぞ」

 戻って階段に一歩目を踏み出した瞬間―。

 バリーン!

 ナオは脊髄反射で身を縮こませてキャッと声を上げてしまった。

 「何⁉今の音!」

 「リビングの窓が割られたのか⁉」

 二人は階段側のリビングのドアから離れ、武器代わりにバットとモップをそれぞれ持った。リビングの窓を割っての侵入。その現場を二人は昨朝見たばかりだ。連続殺人を企てているのか? ヒガシはそう予想した。

 「事件の真犯人かもしれん。お前は警察に通報してくれ」

 そう言い終わるうちにリビングのドアが静かに開いた。焦った物言いでナオは叫んだ。

 「叔父さん、電話はリビングだよ!」

 「じゃあケータイは⁉」

 「部屋に置いたままよ! 今からとってくる」

 「それじゃあ間に合わん!お前の逃げ道が塞がれるかもしれんぞ!」

 「でも私、取ってくる!マモル兄さんの無実を証明しなきゃだもの!」

 ナオはモップを捨てて階段を駆け上った。同時にリビングのドアが開ききり、侵入者が姿を現した。それは予想外の姿をしていた。

 「…マモル君かい?」

 背丈から容姿、見た目は完璧にマモルのそれであった。ただ猫背で顔はうつむき、これまでの大人しい雰囲気ではなくどこか暗い印象を覚えた。一歩一歩とヒガシに向かって近づこうとする足取りは覚束無く、ヒガシは恐る恐る近づいてくる侵入者との距離を一定に保ちつつ、廊下の一本道を玄関に向かって後退していった。

 「よくここまで戻ってきたね。警察は君が無実だと分かってくれたのかい」

 返事は来なかった。ただ一歩一歩とゾンビか化け物のようにフラフラと近寄ってくる。

 「何か返事をしたらどうだね!」

 その一喝を聞いてなのか侵入者は歩みを止め、その場で首をもたげた。表情の暗さは疲労からのものかもしれない。そう思い、ヒガシは彼をなだめようと近づいた。近づけば益々疲労の様子が伺えた。

 「声を上げて悪かった。君も疲れたろう。さあ、寝床をすぐに用意しよう」

 それを聞いて安心したのか、彼はその場で膝を地面に落とし、ヒガシに体を預けてしまった。彼より背の低いヒガシは彼の両肩を掴んで彼を支えた。

 「おいおい、しっかりしてくれよ。私の体では君を背負うことも出来ないぞ」

 彼は口角を上げた。その体勢のまま彼はヒガシに見えない位置、つまり自身の腰の後ろに右手を持っていき、そこにある小刀の柄を握った。顔をずっとヒガシの顔に向けたまま。そして小刀をさっと鞘から抜き、腕を勢いよく振り上げてからヒガシの首めがけて思い切り振り下ろした!

 その時。切っ先があとわずかで首に触れる直前、彼の腕は止まった。いや、掴まれた。

 「もう警察には連絡したわ。真犯人さん」

 掴んだ腕を合気道の要領でひねって小刀を手放させ、同時に彼を制した。

 「このままあんたの身動きを封じて警察に突き出してあげる…ん?」

 マモル兄さん? ナオがそう思った瞬間、その一瞬の力の緩みを彼は逃さなかった。彼はナオの手を振りほどき、すぐさま立ち上がった。

 「マモル兄さん? 嘘。なんでここにいるの? いや、あなたは誰!」

 「悪いが俺はマモルじゃねえ…」

 そう言うと、侵入者の身体は変化を起こしていた。全長が伸び、それに伴い容姿も、服装も変化した。その姿は、これまた昨朝見覚えのある者だった。

 「あのときの刑事!」

 「悪いが君たちには彼もろとも消えてもらう。問答無用だ」

 刑事は胸ポケットから自動拳銃を取り出して銃口を二人の方に向けた。ヒガシが咄嗟に玄関ドアを開け、ナオもそれに続いて家の駐車スペースにある自動車に向かった。二人はシルバーのセダンに乗り込み急いで発進した。それと入れ違いにパトカーがヒガシの家に到着した。

 「警察が来てくれたわ。これであいつは…」

 「いや、そうはいかんだろう。奴は刑事の恰好をしていたのだからな」

 「…あ」

 「パトカーからも逃げるぞ!」

 細い住宅街の道路を抜けて、車は大通りに出た。車を走らせながら、二人はどこに向かうのかを定めた。

 「どこに逃げるの?」

 「分からん。しかし悪いことを何一つしてないのに警察から逃げる羽目になるとはなぁ」

 「そんなこと言ってる場合⁉ ねぇ、マモル兄さんはどこにいるの?」

 「たぶん警察署だ。でなければ拘置所だろう。まさか!そこに逃げるのか?」

 「彼を置いてナカマチから出るわけにはいかないでしょ。それにあの刑事は偽者よ」

 「よし分かった。そこまで行ってみよう。って言ってるうちに来たぞ!奴のパトカーだ」

 大通りといえど、深夜は交通量がほとんどない。パトカーはセダンから少し離れた後方に付き、いくら距離をとろうと加速しても離れない。ここまでは運よく信号が青続きだったから距離を保てたが、いつ赤になってもおかしくはない。警察署への道のりは、次の交差点を右折すれば、あとは信号がないのでノンストップで行ける。

 「さあ、運試しだ。ナオ、神に祈っておけ」

 助手席の彼女は両手を組みつつ、進行方向の先に見える赤いランプを祈るように凝視した。交差点まであともう少し。信号は青に変わった。

 「よし、このまま曲がるぞナオ! 後ろを見てみろ!パトカーが離れていく!ははっ、連中諦めたらしいぞ」

 歓喜の声をあげてヒガシはハンドルを右に切った。ナオも内心ほっとした。

 …人が最も絶望や恐怖を感じるのはどういったときだろうか。具体的な例はともかく一つ挙げるならば、それは不安や恐れを超えて安心しきった瞬間の、その安堵が覆される瞬間に他ならない。

 これはまさにそうだった。真上からの鈍重な衝撃がセダンを大きく揺らした。それから執拗に上からの打撃がセダンを揺らした。何かが上に乗っている。天井はすでに大小の凹みが幾つも出来上がり、あと一二撃で破られそうであった。

 「まさか飛び乗ってくるとはな…!」

 衝撃の影響でハンドル操作もままならず、ヒガシは咄嗟の決断をナオに告げた。

 「これを乗り捨てる。そこの壁にぶつけるから、そのとき同時に降りるぞ」

 「…わかった!」

 交差点の角に住宅を隔てるためのコンクリート壁があり、車はそれを丁度真正面に捉えていた。二人はシートベルトを外し、ドアのロックを解除した。電子音の警告が鳴る。それに構わずヒガシはアクセルを一気に強く踏み込んだ。急な加速に後輪は煙をたてて空回りしてから、壁に向かって一直線に走り出した。強めのGが二人をシートに押し付ける。それに耐えつつ二方のドアを開けた。

 「今だ‼」

 二人は車から飛び出し、地面に転がった。車はそのままの勢いでコンクリート壁に激突し、その上に乗っていた者も慣性のままに時速百数十キロの速度で壁にぶつかった。

 「うまくいったな。良く脱出してくれた」

 よろめきつつ立ち上がって、ヒガシはナオの元に向かった。

 「全く。せっかくの高級車も台無しね。早くマモル兄さんのいる警察署に行きましょ」

 そう言い終わると同時に、巻き上がる煙の奥からクックック…と笑う低い声が響いた。

 「こんなことで俺が壊れると思っていたのかい」

 「えっ⁉」

 セダンのボンネットから巻き上がる煙の中から、化け物が四肢を顕わにした。それは先ほどまでの人の容姿から変わりはじめ、全長は大きく伸び、眼光は鋭く、特に手足が大きくなり、指先の爪が幾つも街灯に照らされて銀に光っている。全身は黒い毛で覆われ、耳が頭の上につき、口から大きい犬歯が剥き出しになっている。そのさまは動物の狼を思わせる。

 「人狼…獣人か!」

 「残念ながらどちらも違うな。俺はアンドロイドだ。それに俺には名前がある。冥土の土産に覚えておけ。ウルフだ。貴様等とルーラーは、この俺が屠ってやる」

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