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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第二章 外の世界
12/14

殺人事件

   *  *  *


 あくる日、休日の朝からナカマチの住宅街の一角は騒然としていた。野次馬が囲う一軒の住宅には警察がしきりに出入りしており、野次馬は口々に「可哀想に」「怖いわねぇ」と呟き、あくまでも対岸の火事としてその住宅を見つめていた。

 玄関前で警官二人が刑事と思しき人に敬礼してから野次馬をくぐってどこかへ駆けていった。興味本位で行方を気にする人がちらほらといたが、すぐそこの角を曲がっていった途端に彼らの視線は再び住宅へと向けられた。

 警官二人が向かったのは或る一軒の住宅。走りつつ手帳を見つめ、一軒一軒表札を確認していく。

 「あったぞ」

 目的と思しき一軒を見つけ、カメラ付きのインターホンを押す。ベル音のあと十秒ほど経ったときに「はい」とインターホンのマイクから返事がきた。

 「警察です。 ヒガシさんのお宅で間違いないですか」

 「ヒガシはうちだが、何の用でしょうか」

 「そちらの息子さんと娘さんにご同行していただきたいのです」

 「何だって? 一人は息子じゃなくて居候なのだが…二人が何かしましたか?」

 「昨夜何をしていたかお話を伺いたのです」

 「昨夜だって? ちょっと待っててください」

 しばらくすると玄関が開いてインターホンに出ていたと思われる中年男性の後に続いて眠そうな娘さんとキョトンとした顔の居候らしき人が出てきた。

 「じゃあご同行願います」

 警官二人は来た道を辿り、現場へと三人を連れて行った。その道中、三人は揉めているようであった。

 「二人とも夜中に外出していたのか。私に何も言わずに」

 「すいません。ちょっと気になったことがあって瓦礫の街に」

 「いいじゃない。ちゃんと鍵だって閉めたし、一人でもなかったんだから」

 「そういうことじゃない。心配させるな。第一そんな理由で出るだなんて軽率だ」

 「すいません」

 「ちょっと謝らないで。マモル兄さんはね、記憶のヒントがあそこにあるからってどうしても気になって行ったのよ」

 「マモル? 名前を思い出したのか」

 「違うわ。昨夜私が考えたの。ないと何かと不便だもの」

 (昨夜は守って欲しいからとか言ってたのに。ホントはそういうことだったのかい)なんてことをマモルは思ってしまった。

 「いい名前じゃないか」

 (え、やった嬉しい)

 「でしょ?」

 自慢げなナオの横でマモルは嬉しくて含み笑いをしていた。

 「へえ…ンフフホッ」

 「マモル兄さんその笑い方キモイ」

 「えっ…あ、はい」

 角を曲がると先ず目に付いたのは野次馬であった。マモル達に気付くと一同の視線は彼らに集中した。途端にざわつき始める人々の目は興味と不審に満ち、ナオは自分の背に悪寒が走ったのを知覚した。視線を掻い潜り、その立派な門の前にいた刑事が彼らの前に現れた。

 「連れてきました。」

 「うむ、ご苦労。突然すいませんね。こんな休日の朝にいきなりこんなところに連れられて、不愉快だとは思いますが」

 「回りくどいのは結構だから、単刀直入にしてくれないか」

ヒガシに刑事は一瞥をくれた。

 「では要件を。昨夜二人が何をされていたのかをお教えいただきたいのです」

 「何故です?」

 「単刀直入にと言ったのはそちらですよ。まあここではなんですから中へ」

 そう言うと刑事は三人を住宅の中に入れた。中では警官が忙しなく往来を繰り返していた。一階のリビングと思われる場所に一同は行き、そのソファに向かい合って座った。

 「僕たちは昨日の深夜に瓦礫の街の方に行ってました。彼女も一緒です」

 「何時ごろでしたか」

 「十一時頃よ」

 「そうですか。で、何をしに?」

 「それは…」

 マモルが言葉に詰まっているのに気付いたナオが代わりに話した。

 「彼、記憶喪失をしていて。それで治す手掛かりがあそこにあるかもしれないから、行ってみたんです」

 「記憶喪失ですか。いつごろから?」

 「一昨日から前の記憶がありません」

 「そうですか。可哀想に。記憶のヒントが瓦礫の街にと言ってましたね。それはどうして?」

 「それは…なんとなく、です」

 「随分と曖昧ですねぇ。記憶喪失になったことがありませんから、その辺りの感覚は分かりませんが」

 「恐らく彼が記憶を失う前、最後にいた場所が瓦礫の街だったからではないでしょうか」

 「おや、あなたは二人の保護者ですか」

 「そんなところです。彼を瓦礫の街で見つけたのは私ですから」

 「なるほどね」

 「そろそろ教えてください。昨夜ここで何があったのか。それを言ってくれないと、ここまで質問された意味が分からないです」

 「あー悪かった悪かった。では教えましょう。実は昨日の深夜、ここで殺人事件が起きたんですよ。」

 身振り手振りを添えて刑事は詳細を説明した。

 「ここの老夫婦が殺害されまして。そこの窓を割って侵入したようです。凶器は斬られた痕から見て刀ですかね。和室に飾られていたらしい日本刀が血がべっとりとついたまま現場にありましたから。現場は二階の寝室。二人の死亡推定時刻は深夜の一時頃。ということで、その近辺の時間に周辺を歩いていたであろう人たち―つまりあなた方二人にお話を伺ったわけです。それがまさか、記憶喪失の居候とそのガールフレンドだったとはね」

 「ガールフレンドじゃないです。訂正してください」

 「これは失礼。それで話を戻しますが、あなた方二人の行動を証明してくれる第三者はいますか」

 まるで不意を撃たれたかのようだった。このとき彼らは察した。刑事は自分たちを疑っていると。だが二人の行動は他の人には目撃されていない。つまりアリバイが成立していないのだ。

 「いない?それではいろいろと怪しくなりますね。大体、こじつけみたいなお話じゃないか。記憶喪失だなんて。その割には日常生活に苦労してるわけでもなさそうだし。君、マモル君と言ったかな。ちょっと来たまえ」

 「ちょっと!」

 刑事はナオの反発を無視して、マモルを二階の殺人現場に連れて行った。現場の寝室は遺体もそのままの状態で保存されていた。ダブルベッドのシーツには血が広がっており、シーツの上の遺体はうつ伏せに、もう一体は仰向けのまま、肩口からわき腹にかけて斜めに斬られた痕があった。初めて見る生々しい現場に、ナオは思わず目をそらしていた。

 「このカーペットのシミを見てほしい」

 床のカーペットにはシーツと同様に大きめの血痕があり、それが遺体から扉まで幾つも点々と続いていた。よく見ると同じような形になっている。

 「犯人の足跡だ。扉の前でそれに気づいて焦って拭いたようだが、ここまではっきりとあると、足の形で犯人の特定ができる。この大きさは男性のものでしょう。マモル君。足跡を合わせてみたまえ」

 「はい」

 足を血痕と重ねてみる。つま先から踵、足幅まで全ての大きさが一致した。刑事はニヤリとした。

 「そんな馬鹿な!あり得ない!」

 ナオは驚愕した。ヒガシも動揺し、マモルは言葉を無くした。マモルには当然覚えがない。しかし客観的にみればこれは動かぬ証拠となる。

 「これは確実ですね。いくら言い訳をしても無駄ですよ」

 刑事はマモルに手錠をかけた。近くいた警官二人が彼を連れて行こうとする。ナオは警官を止めようとした。

 「待って!私はホントにマモル兄さんと一緒にいたの!信じてよ!ねぇ、信じて―」

 「お嬢さん」

 ナオを見つめる刑事の瞳が、彼女には冷徹に見えた。

 「犯人を擁護すれば、あなたも罪に問われますよ」

 ヒガシはナオの肩に手を当てた。マモルは外のパトカーに乗せられ、警察署へと連れられた。その際まだ残っていた野次馬がそれを見て口々に「あーやっぱり彼だったか」「なんとなくそんな気がしたのよ」「あいつ、見ない顔だったな」「昨日来たばっかりだって」「昨日会ったとき、彼は記憶喪失なんてナオちゃんは言ってたけど、きっと騙されてたのよ」といった具合に各々好き勝手に話をして、徐々に彼らは自然消滅した。

 ヒガシとナオは詳しく話を聞かれることになり、マモルの後を追うように別のパトカーに乗って警察署に向かった。その車内で、ヒガシはナオに小声で話した。

 「私はお前を信じている。きっと彼は無実だ。犯人はおそらく、瓦礫の街に関係している。瓦礫の街の先に何かがあるに違いない」

 「どうしてそう思うの」

 「それは分からない。だが私は五年前、何のためかは忘れたが、あの先に行ったことがある。マモル君も、この事件もあの先にあるものに繋がっているに違いない。探偵の勘といったところだ。あの先には何かある。ただ、そう思うのだ」


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