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マザーポリス  作者: 山門芳彦
第二章 外の世界
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名前を決めましょ

 「彼らはとうとう帰って来なかったな。《奴》とみて違いない。まさかそこまでの戦闘能力が備わっていたとは誤算だったな」

 アードルフが首長の間から見下ろすポリスは昨夜の祭りが嘘のように、普段とほぼ変わらずアンドロイドたちが道を行き交っていた。少しの変化として、憲兵に交じりミュータントが街の警備にあたっていた。この数は順次増やすようにと部下には指示をしてある。

「敗因を予想するならば、彼らの知能の低さか」

 戦闘能力の高い三体のミュータントが一体も帰って来なかったことは衝撃だった。それは同時に由々しき事態である。単にそれだけの力を持ったアンドロイドが外界に出たならば問題ではない。人間共にポリスのことを察知される危険もあるが、それよりも人間に脅威を与える利点が勝るからだ。そうならば、《奴》は今頃殺人鬼として人間共を恐怖に陥れているかもしれない。しかし《奴》は違う。

 「なまじ人間的なばかりに、《奴》の行動を予測できない。さらにスラムを脱出した人間と共にいたならば、妙なことを吹き込まれてポリスを襲いにくるやも知れぬ…」

 大窓から外を眺めている彼の背を見つめる一体の部下のアンドロイドがいた。

 「心中お察し致します」

 「《奴》は脅威だ。まだそう遠くにいるはずはない。ウルフよ。奴を仕留めるのだ。お前には他のミュータントにはない知能が兼ね備えてある。本来貴様はポリスの警備と、いずれ創設されるであろう軍の司令官になるアンドロイドなのだからな。期待している」

 「はっ。お任せを」

 ウルフは首長の間から退出した。外の陽はとうに沈み、間は街明かりのみに照らされてほとんど暗闇であった。アードルフはおもむろにウルフが出て行った扉とは違う扉を開け、その部屋の中で嘯いた。

 「開発は進んでいる。あと少し、あと少しだ。この子は《奴》とは違う。完成したその時、我々は誰もが望んだ世界を見るのだ…《メシア》よ。もう少し待っていておくれ」

 

    *  *  *


 やけに心細い気持ちになるのは、夜だからだろうか。今朝目覚めたときと同じように、天井に目をやっているのは他に見る物もないからだ。先刻ナオとヒガシが彼の歓迎をしてくれたときは表に出さなかったが、一人静寂の中にいると心が締め付けられるような心地がした。瞼を閉じると、その裏にはっきりとしないが強烈な何かを感じる。激情と、戦慄と、悲哀と、そして虚無。これらはどこでおきたのだろう…。頭に引っかかっていたのは瓦礫の街だった。片足が切断された死体、グチャグチャになった車。それらをイメージしようとすると頭が痛くなる。そのヒントはおそらく、瓦礫の街にある。彼は布団から抜け出し、忍び足で二階の部屋から階段を下り、廊下を通ってからこっそりと家を出た。

 本人は細心の注意を払っているつもりでも、それほどうまくいっていないことは気付かないうちに多々とある。彼がドアを開け、階段を下り、玄関から出るときに起きたちょっとした揺れにナオは気付いた。彼女も寝付けていなかったので、同様に布団から抜け出して部屋着兼寝間着の恰好で彼を尾行した。

 彼は日中とは違う方向に歩いていた。街の中心から徐々に離れていき、住宅もまばらになっていく。彼が歩む一本道の先には、瓦礫に一面を埋め尽くされた廃墟がずっと広がっていた。

 「いつ見ても、ここは酷いわ」

 舗装された道から荒廃した道に進んでも、彼は歩みを止めなかった。ナオもそれに一定の距離を空けてついていった。背の方の街灯からの明かりが遠くなり、足場が見えなくなってきたとき、彼は歩みをとめた。

 「この場所を、僕は覚えている気がする。ここに何かあったんだ。何か。僕はその何かをここに置いて行ってしまった。それが何なのかも忘れてしまった…」

 静寂の中で、それは少し離れたナオにも聞こえていた。

「あの先に光があった気がしたが、気のせいだろうか…? ダメだ。忘れてしまっている。畜生!こんなことしてる場合じゃない!僕は、僕は何者なんだぁ!」

 この様がナオには遠吠えのように見えて痛々しく思えた。一歩下がろうとしたとき、瓦礫を踵で蹴った音がした。しまった!

 「誰だ」

 逃げても仕方ない。覚悟を決めて彼の前に出た。

 「私よ。ナオよ」

 「ナオさん…!どうしてこんなところに」

 「あなたがこんな夜更けに外に出たからに決まってるじゃない。鍵も閉めないし」

 「それはすいません。…聞いてましたか、さっきの。見苦しい所を見せちゃいましたね。ごめんなさい」

 「そんなことで謝らなくていいわ」

 ナオは彼の側に寄り彼の両手を掴んだ。その手は冷たくて震えていた。この震えに何故気付かなかったのだろう。

 「辛い思いをしてたのね?手が震えてるもの。今私にできるのは、お兄さんの手を握ってあげることくらい。一人でいては冷えてしまうわ」

 「ナオさん…僕は何も思い出せない。それが辛い。だから思わずここまで来てしまった。ここには何かが埋もれているって、そう思ったから」

 「うん、私もそう思う。だからお兄さん、私も手伝うわ。辛いことなら私に話して。分かち合いましょ。ね?」

 「うん。うん…」

 「大丈夫。あなたはきっと良くなる。記憶も戻るわ。ね、名前を決めましょ。いつまでもお兄さんだけじゃ何だか寂しいでしょ?」

 「名前ですか」

 「そう。名前。そうねぇ…あなたが男で私が女なのだから、そうだ!守…マモルでどうかしら!男は女を守るものよ。ね、マモル兄さん。私を守ってね」

 ナオは彼―マモルにはにかんでみせた。暗くて良く見えないだろうけど、それでもいいのだ。彼もその名前を気に入ったらしく、ナオの手をしっかりと握り返して応えた。手の震えは止まっていた。

 「さあ、家に帰りましょ。いい加減眠くなってきちゃた」

 「では、夜道の護衛はお任せを」

 「じゃあよろしく頼むわね」

 こうして二人は街灯のある方へ瓦礫を踏み分けていった。

 ―その一時間後。瓦礫を踏み分ける一つの影があった。

 「匂う。匂うぞ。《奴》はここにいたな。ということは、ン、あの先の街にいるな…。フン、《奴》にしてはあまりにも無防備だな。さあて…。危険の芽は早々に潰してやる」

 ウルフは夜半のナカマチへとその影を潜ませた。

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