物語の裏側で
拙作ですがよろしくお願いします。
勢いのままに書いているので、誤字脱字、設定の甘い点などあると思います。
作者の趣味が詰まったテンプレ作品です。
同タイトルにて連載版を始めました!
さて、突然だが、俺は異世界転生をした。
細かな流れは必要ないと思うから端折るが、中世ヨーロッパ風の世界だ。ただし、魔法なし。
念のためにもう一度言っておくが、この世界には魔法はない。
前世の記憶を残したまま新たな生を賜った俺は田舎の小さな農村に次男として生まれた。特別貧しいわけでも、かと言って裕福なわけでもない村だ。
ただ、村のルールとして長男は村に残って畑を受け継ぐことになっているが、次男以降は村の外に働きにでなければならない。
そんなわけで俺は15で成人するのと同時に村を出た。
村を出たとは言っても裸一貫で出たわけではなく、両親や村の人から祝い金という形でかなりの費用をもらった。
具体的な額は控えさせてもらうが、この辺りで一番大きな街の端の方にそこそこの大きさの一軒家を借りて、更に王都で店に並べるための本を買い揃えるくらいの額はあった。
新参者がいきなりやって来て店を開いたら同業者がいい顔をしないのではないかと思ったが、この街には本屋が他に一軒しかなく、しかもお爺さんが趣味でやっているような感じだったのでこれと言った問題もなく開店を迎えた。
いろいろとアドバイスをくれたお爺さんには感謝だ。
そして今は店を開いてから三年近く経ち、本屋がようやく軌道に乗り始めたところだ。
俺の本屋の売りは、前世のネット宅配を参考にした『お届けサービス』にある。
具体的には、俺宛に欲しい本を書いた手紙を送って貰えば在庫があれば翌日の早朝に、なければそのことを連絡した後に王都に買いに行ってから本をお届けするというものだ。もちろん店頭販売も行っているがお届けがメインである。
「さて、今日も一日頑張りますか〜」
ようやく空が薄っすらと白み始め、そろそろ鳥の鳴き声が聞こえてくだろうかという時間帯に本を乗せたカートを押して家を出た。
ちなみに代金は着払いか後払いということになっている。
住所と名前を控えているからそうそう踏み倒せない。と言うか踏み倒させない。今のところはそんな不敬な輩もいないが。
「あ、おはようございます」
「あら〜、おはよう。朝早くからご苦労様」
「ありがとうございます」
人通りはほとんどないものの、途中で会った何人かの早起きなご老人と言葉を交わしつつ小走りで街の中を進む。たまに家の前で待っていてくれる人なんかもいて、そこでも言葉を交わす。気分は新聞配達の学生だ。
ラストは街のうちとは反対側の端だ。小走りで30分程度だからいい朝の運動である。
目的地の近くにたどり着いた時、道の真ん中にボロ布を纏った何かが落ちていることに気が付いた。
いや、何かではない。人だ。
倒れていたのは女性だった。顔立ちは整っており、年は俺と同じくらいだろうか?
しかも、かなりの値段がしそうな真紅のドレスを身に纏っている。しかし、そのドレスもかなり汚れていてところどころが破れたりして……厄介ごとの気配しかしない。
髪もボロボロ。年頃の女性に対して失礼な話だが、何日も風呂に入っていないということがすぐにわかった。汗などの匂いが強烈だったのだ。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください! 俺の声、聞こえてますか!?」
昔に習った救急救命法を思い出しつつ、その人を仰向けにしてその肩を叩きながら声をかける。弱々しいが息はしているし、胸もしっかりと上下している。
「………。って、ダメだダメだ」
しばしその大きな膨らみに目が釘付けになるも、何とか引き剥がす。
「このまま転がしとくわけにもいかないしな」
救急車を呼びたいところだが、残念ながらこの世界には救急車なんて存在しない。
見たところ外傷もなさそうだし、熱もなさそうだ。
そういうわけで、とりあえずウチまで運んだ方がいいだろう、という結論に至った。
決して、美少女お持ち帰りとかそんな疚しいこと考えてない!
「……カートに乗せる、のは流石にマズイよな。貴族かどっかの豪商のご令嬢っぽいし」
ここでお姫様抱っこでもできれば格好良かったんだろうが、少なくとも片手はカートを押す方に回さないといけないから、前から片手で抱き上げて肩に乗せる感じで……。
まるで脳筋キャラみたいな運び方だが、考えた末がこれなのだ仕方がない。
ご令嬢の目が覚めないことを祈ろう。
……え、フラグ?
いや、気のせいだよ。大丈夫。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ご令嬢は俺のベッドで横になっている。
ふ、だから言っただろう? 大丈夫だと。
……本当は起きないかドキドキしてました。あと、胸が当たって更にドキドキしてました。
店を開けるまでにはまだ時間があるから、それまでは起きるのをゆっくりと朝飯でも作りながら待つとしようか。
俺の家は一階が店で二階が住居になっている、というか大家さんの許可を取ってからそういう風に改造した。そんなわけで二階はリビングダイニングキッチン兼ベッドルームが一つと、物置部屋と書庫が一つずつ。あとはトイレと風呂だ。
そんなわけで、キッチンで料理していてもご令嬢が目覚めればわかる。
「………んん」
ちょうどスープが出来上がったあたりでご令嬢がモゾモゾと動いた。そろそろ目が覚めそうだ。
二人分作っておいてよかった。
「………?」
「あ、よかった。目、覚めた?」
ゆっくりと起き上がったご令嬢に声をかける。
風邪などをひいてはいなさそうだが、顔色は良くないし頬もこけている。
「……ここは?」
「君、道で倒れてたんだよ? それでどうしようかと思ったんだけど、ここまで運んできたんだ」
「そう……。ありがとう」
どこか生気の抜けたような声で答えが返ってくる。
無愛想というよりも無関心と言った方が良さそうな感じだが、決して悪意があってのことでないということはわかる。
「いま朝食の準備してるからさ、よかったら風呂で身体洗ってきなよ。服は男ものでよければ新しいのがあるから」
「………」
「……あの。大丈夫?」
「………うぅ」
黙り込んだご令嬢の顔を覗き込んだら、その瞳に大粒の涙を浮かべて泣き出してしまった。
「いや、なんもヘンなこととかしてないですよ!? 拉致監禁とかじゃないですから! ほんと、疚しい気持ちとかそういうのじゃないんで!」
慌てて、弁解するも彼女の涙が止まる様子はない。
どうしたものかと考えていると、ご令嬢が嗚咽混じりに口を開いた。
「うえっ。 あの、うぅ。 違う、ん……ですっ。 わ、たしっ。 ひぐっ、優し、くてっ。 嬉しくてっ。 えぐっ」
「え? あ、あぁ。そっか、よかった。でもさ、ほら。泣いてばっかりだと折角の綺麗な顔が台無しだからさ。お風呂で流しておいで?」
砂埃や土で汚れた髪を撫でながら、幼子に語りかけるようにそっと話しかける。
「ひぐっ。 は、はい。 あ、ありがとう、ございます」
風呂場まで案内してから、物置部屋から服を見繕う。
服などは本を仕入れるついでに王都でまとめて買ったりしたのが結構あったりするのだ。
下着は………。
ごめんなさい、流石にないです。
「あの、お風呂。本当にありがとうございました」
脱衣所に着替えを用意してから、朝食の続きを作っているとご令嬢の声が聞こえた。多少は落ち着いたようだ。
「いやいや、どういたしまして。 朝食の準備もできて、る……よ……」
フライパンを火から上げ、声のした方を振り向いて、俺は目を見開いた。
ご令嬢は思っていたよりも遥かに綺麗でした。
いや、風呂に入る前からかなりの美少女だったんだけど、それを上回る超絶的な美少女だった。
腰のあたりまで伸びたウェーブがかった金髪に、シルクのようにきめ細やかでツヤのある肌。触れれば壊れてしまいそうな、儚げな少女がそこにいた。
……俺の貸した服がすごく浮いている。
「ご、ご飯まで……。私、もう、死んでもいいです。というか、どうせならいま死にたいです……」
「い、いや。そこまで、言わなくていいんじゃない?」
喜んでくれているようで何よりだけど、『いま死にたい』はちょっと……。
また泣き出しそうだったからパパッと料理を盛り付けてテーブルに連れて行く。
「さ、食べよ食べよ。あんまり泣いてたら冷めちゃうからさ」
「えぐっ。 は、はいぃ……」
泣き出してもうたがな。
本当にこの娘、何があったんだよ。
「美味しい、美味しいです。こんなに美味しいもの……うぅ」
と、ボロボロと涙を流しながら一心不乱に目玉焼きを口に運んでいる。
それにもかかわらず、そのナイフとフォークの動きはとても品があり、前世を合わせても見たことがないくらいのものだった。
この娘って、貴族も貴族。下手したら王族とかそういうレベルの令嬢なんじゃないだろうか?
それがなんで……。
「ごちそうさまでした。本当に、本当に、美味しかったです」
食べ終わるとナイフとフォークを揃えて置き、両手を合わせてお辞儀をする。その仕草もまた洗練されたものであることは俺が見ても明らかだった。
ちなみにこの国の文化は日本と似ているところが多く、食後には『ご馳走さま』と言うのがマナーになっている。
「それは良かった。何があったかは知らないけど、よかったらゆっくりして行ってよ」
「で、でも……。これ以上、ご迷惑をかけるわけには。それに……」
何か言葉を繋げようとして、言い辛そうに口を塞ぐ。
うん。
何かとんでもない理由があることはわかったよ。
「別に気にしなくていいよ。 あ、もちろん何か都合があるなら引き留めないけど」
「………」
「貴族のゴタゴタとかってよくわかんないけどさ、ここならそういうの気にせずにいられるんじゃない?」
俺の言葉に少しビクッとしたようだが、うつむき気味だったその顔をゆっくりと上げた。
どうやら貴族だとはバレていないつもりだったらしい。
「………うぇっ。ありがとう、ございま、す……。うえぇ」
そしてまた泣き出してしまった。
あれか? この娘は泣き虫系ヒロインなのか?
いや、そういうジャンルがあるのか知らないけど。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ店を開けてくるから、ゆっくりしててね? 本くらいしかないけど、暇だったら好きに読んでていいから」
「……お店、ですか?」
「そう。 この家って一階が本屋になっててね、小さいけど俺の店なんだ」
「本屋さんなんですか。 あ、だから本がたくさんあるんですね」
そう言いながらご令嬢は壁際の本棚に目をやる。
確かにこの世界においては比較的多い方かもしれない。
「そういうこと。下にはもっとあるから、あの中に読みたいのがなかったら顔出してね」
「はい。 本当に、ありがとうございます」
「ん。 それじゃあ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませ。………えっと」
笑顔でいってらっしゃいを言ってくれたその姿に癒されたが、その直後にご令嬢は困ったような笑みを漏らした。
「あの、お名前をお伺いしても構いませんでしょうか? 遅ればせながら、私は……えっと、ミリーとお呼びください」
申し訳なさそうにそういうご令嬢、改めてミリー。
偽名なのか、それとも愛称なのかは分からないが本人がそう読んで欲しいというのだから深く追求するつもりはない。
「そういえば、今更だけど自己紹介するのスッカリ忘れてたわ。 俺はレオナルド。よかったらレオって呼んでくれ」
「はい、分かりました。いってらっしゃいませ、レオ様」
「お、おぅ。行ってくるね、ミリー」
な、何故だか新婚さんみたいな会話になっとる。
いいんだよな?
これでいいんだよな?
やべぇ、幸せだ。
おっとと、いけないいけない。
そろそろ朝9時、店を開けないとな。
本屋とは言っても、俺の店では図書館のような役割も果たしている。
利用料を払って貰えれば、その日の間はカウンター前の読書スペースで店の本を自由に読んでいいという制度を設けたのだ。もちろん汚したりしたら買取となる。
そして、前世の知識と蔵書量を活かして、子供の勉強も見ている。こちらは無料だが、もちろん両親の同意の元だ。この国には貴族向けの学校はあるが、庶民向けの学校はないため子供は両親や本から学ぶしかないのでどうしても知識に偏りが生まれる。
例えば鍛冶屋の子供が将来、王都で官僚となるのはやはり無理がある。繋がりや経験は別にしても、そもそも政治学などはそれこそ貴族くらいしか学ぶ機会がないからだ。
そういう出世ルートを考えていなくても、勉強がしたいという子供は少なからずいる。そこで俺がそれぞれが学びたくても学ぶのが難しい学問を教えることになったのだ。
所詮は本で読んだ知識でしかないが、それでも子供にとっては貴重な勉強の機会なのである。
学びたい学問だけを特化して教える、寺子屋の更に規模の小さい版だと思ってもらえればいいだろう。もしくは個別指導塾。
「センセー、おはよーございまーす」
店を開けて本の整理をしていると、七歳の小さな女の子がやってきた。
ウチで勉強を見ている子の一人だ。
「おはよう。今日も元気だな」
「うんっ!」
「よし、それじゃあここにどうぞ?」
「はーい」
勉強を始める時間などは特に決まっていない。
それぞれがそれぞれに家の予定があるし、同時に見られる人数にも限りがあるからだ。
「ーーーーと言うわけで、この国は王家が政治や軍のトップになってるわけだ。 そしてその下では宰相様、いまはルーデイン公爵様だね。 それで、その宰相様が国の政治を行っていると言うわけ」
身振り手振りや手元の本を交えながら説明して行く。
普通に暮らしている限り、国のトップのことなど俺のように小まめに王都に出向いていない限り、知る必要はないため知る機会もないのだ。
「あの、お仕事中…………ですね、ごめんなさい」
二階に通じる階段から、ミリーがチラリと顔を覗かせた。 が、俺が勉強を教えていることに気が付いてそのまま引っ込んでしまった。
「……ん? センセー、いまの人だれ? お嫁さん?」
「え? い、いや。違うよ? けど、ごめん。ちょっと待っててね?」
「うん、わかった〜」
少女の頭を撫でてから、二階に向かう。
「ごめんね、何か用だった?」
「え!? あっ、レオ様! お、お仕事はいいんですか?」
「うん、まぁね。勉強を見て上げてたんだ」
「お勉強、ですか?」
「うん、そう。ほら、この国って貴族しかちゃんと勉強をする場所がないでしょ? だからボランティアで勉強をしたい子供を集めて教えてるんだ。 まぁ、俺も庶民の出だからそんなに学があるわけじゃないんだけど」
ははは、と後頭部を書きながら笑う。
「あの、私もお手伝いしてよろしいでしょうか?」
「もちろん。 でも、いいの?」
「はい。私も元は貴族の端くれでしたから、多少ならお役に立てるかと」
彼女は自分の言葉に気が付いていないようだ。
一体どんな事情があったのかは知らない。
しかし、貴族位を取り上げられるというのはそう起こりうることではない。しかも、貴族の学校は13歳から18歳までであるを考えると、彼女はまだ学校に通っていたか卒業したばかりだったのではないだろうか。
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「はい! お役に立てるように頑張ります!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「綺麗なお姉ちゃんセンセー、ありがとー。センセーもー。さよなら〜。またね〜」
「気をつけてね〜」
笑顔で手を振る少女に、同じく笑顔でミリーが手を振る。
心なしかその表情も明るくなった気がする。
勉強に関しては、流石というべきか政治経済などに関しては俺よりも遥かに知識が上だった。
算術、前世で言うところの数学は大丈夫だったが。
「もうそろそろ昼飯時か。よし、それじゃあ一旦店を閉めるか」
「あ、お昼は閉めるんですね」
「あぁ。街の人もみんな家だったり店だったりだからな。 特に客足が少ないんだよ」
「なるほど。そこでレオ様も休憩をなさるんですね」
「そういうこと。さ、飯にしよう」
「あの、お昼までお世話になって、よろしいんですか?」
「今更なに行ってるの。好きなだけ居ていいって言ったでしょ? 衣食住くらいなら保証するよ」
現時点で最低限ーーー特に衣ーーーしか満たせて上げられてないわけだけど……。
「あ、ありがとうございます」
昼食の用意を終え、席に着こうとして居たとき、店のとを叩く音が聞こえた。
「すまない、店主の方は居られるか?」
よく通る男性の声だ。
こんな時間に一体なんだろうか。
「ちょっと出てくるね。ミリーは先に食べてて」
「い、いえ。レオ様がお戻りになるまでお待ちしています」
「でも、冷めちゃうよ?」
「待たせてください。お願いします」
「うーん。わかった、じゃあパパッと終わらせてくるね」
早足で階段をおりて、店を開ける。
すると店の前にはこの国の軍服を身につけた男性が立っていた。
どうやらお客さんではなさそうだ。
「お食事中すみません。この街で数少ない書店だと耳にしたもので」
「えぇ、間違いありませんよ? それで何の御用ですか?」
言外に、『飯食ってたんだからさっさと要件を言ってくれませんか?』というニュアンスを込める。
「わかりました。 先日、元公爵令嬢のミリアリア・ルーデイン、現ミリアリアが国家反逆罪にて貴族位剥奪、及び王都追放となりました。 付きましてはそのことを知らせる張り紙をこちらに貼らせていただきたく」
「それは構いませんよ。 それで、その方は具体的にはどのようなことを?」
「はい。 王太子様の現婚約者様への暴力行為などの数々の無礼、及び私利私欲のために学びの場を私物化しようとした。そして、王太子様への侮辱などです」
「なるほど、ありがとうございます。あ、あとはこちらで貼って置きますよ」
「それは助かります。 これから他の街にも行かなければならないので……。 それではよろしくお願いいまします」
「えぇ、お勤めご苦労様です」
貼り紙を受け取り、頭下げる騎士にこちらも頭を下げて見送る。
ここから一番近くの街までだと、馬を使っても半日はかかるよなぁ。いやぁ、本当に騎士って大変な仕事だねぇ。
「……さて、と」
ビリッ、ビリビリビリビリ……
店の戸を閉めて直ぐに受け取った貼り紙を破り捨てる。
貼り紙にはご丁寧に姿絵と名前、罪状、容姿の特徴などが記されていた。
まったく、これでは前世の指名手配書と同じじゃないか。
王都追放とはいっても、王都以外の都市にまでこんな貼り紙を貼りまくってたんじゃ実質的には国外追放みたいなもんじゃないか。ったく、ムカつくな。
………あ、姿絵のところだけでも切り取っておけばよかっただろうか?
結構うまく描かれてたし。
ま、実物を目に焼き付けとけばいいか。
「いやぁ、ごめんね。遅くなっちゃって。さ、食べよ食べよ」
「あ、はい。 そうですね」
あえて何の要件だったのか聞かないあたり、ミリーはやはりその辺りの気配りがしっかりとできる人らしい。
一体裏でどんなことが起こっていたのかは知らない。だけど、ミリーが無実であるということはこの短い間に十分と察することができた。
つまり、彼女を疎ましがる誰かによって嵌められたか、もしくは罪を擦り付けられたかのどちらか、ということだろう。
いやぁ、貴族の世界って怖えぇな。
「あの、午後からは私もお店のお手伝いをしてもいいですか?」
昼飯を食べ終わり、食器を洗っていると横で皿拭きをしてくれていたミリーがそう切り出した。
貴族だから食器洗いとかはまったくやったことはないのかと思っていたが、進んで手伝ってくれて、しかも割と手慣れた様子だった。宰相の娘が皿洗いができるなんて驚きだ。
「え? あぁ、そうだな……」
彼女はおそらく、自分の姿絵があちこちに広まっていることを知らない。
それも仕方が無いだろう。表向き罪を犯して貴族ではなくなったとはいえ、貴族の姿絵を一般市民に配るなど本来ならばあり得ないことだ。
「その気持ちはすごくありがたいよ。でも、人には言えない事情があるんでしょ? あまり表にでない方がいいんじゃない?」
「………そう、ですね」
「店番は俺がやるからさ、ゆっくりしてて大丈夫だよ?」
彼女をこの部屋に閉じ込めておくということが問題の先延ばしでしかないということはわかっている。
しかし、時間が経ちミリーのことが広く知れ渡れば知れ渡るほどよりこの国では生きにくくなり、動くなら早めに動かないといけないということも、わかってはいる。
「はい、ありがとうございます。 あの、それではそれ以外のことは任せてください。 掃除・洗濯・料理、一通りの家事は身についておりますので。 私、レオ様が望まれることなら何でもします!」
「うーん……。洗濯はともかく、それじゃあ掃除と料理はお願いしようかな」
ミリーの性格を考えるに、何もさせないというのは逆に気を遣わせてしまい、ミリーにとってストレスになってしまいそうだ。
ならばここは彼女の心意気をありがたく受け止める方がいいだろう。
……洗濯に関しては恥ずかしいから自分でやります。前世と違って井戸から水を汲んで手洗いだしね。
「はいっ、任せてください!」
両手で握りこぶしを作り小さく意気込む姿がまた可愛らしい。
あ、そろそろ店を再開しないと。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私の名前は、ミリアリア・ルーデインです。
あ、今はただのミリアリアですね……。
私は、貴族の学校に通う学生でした。
公爵家の長女であり、宰相の娘であったためにあまり友人は多くありませんでしたが、それでも少なくとも大切な友人と充実した日々を送っていました。
そんなある日でした、私のクラスに編入生として一人の女生徒がやってきたのは。 あまり大きな声では言えませんが、どうやら男爵家の隠し子だったそうです。
私は特別に仲良くなろうとは思いませんでしたが、かと言って虐げようなどとは微塵も思いませんでした。家柄や爵位、外見だけで人を判断するなどあってはならないことですから。
王太子の婚約者である私は、ゆくゆくは王妃としてこの国の女性の代表となるのですから、人の手本となれるように心がけていましたから。
しかし、彼女の言動は庶子の出であるというのを考えても、目に余るものがありました。
社交パーティーではマナーを無視して有力貴族の子息に媚を売り、その他の人間はまるでないもののように扱っていました。
始めはマナーを知らないのかと思い、そっと注意をしましたが、今度はミリアリア嬢に虐められたと言いながら男性に泣きついたそうです。
それだけならば、不必要にこちらから関わろうとさえしなければやがて自分の過ちを正すか、自滅していくだろうと考えていました。だから私は、できれば前者であればいいなと、傍観を決め込むことにしました。
彼女は私の婚約者である王太子にまで色目を使い始めました。ですが私はそんな人に私の婚約者が靡くはずがないと。
王太子と私は幼い頃からの付き合いでした。だから彼が真面目で、人の迷惑になる身勝手な行為は見逃さない性格だと知っていました。
ですから、彼女が王太子に近付くことを私は戒めませんでした。むしろ彼ならば男爵令嬢を諌めてくれるだろうと考えていました。
私が気が付いたときにはもう手遅れでした。
彼はすっかり男爵令嬢に介入され、彼女の取り巻きの一人に成り下がってしまっていたのです。
そしてとうとう、彼女自作自演も悪化して行きました。
ミリアリア嬢にワインをかけられた。カバンを池に投げ捨てられた。ノートが万年筆のインクで真っ黒にされた。階段から落とされた。挙げればキリがありません。
いくらなんでも、私がそこまでするはずがないだろうと、内心で彼女の出まかせにため息をついていましたが、周りの人たちの反応はそうではありませんでした。
彼女の言うことを信じ切っていたのです。
そして私は、ありもしない罪で罰せられました。
信じていた婚約者に、友人に、挙げ句の果てには家族にまでも。
私は貴族位を剥奪され、着の身着のままで王都から追い出されました。
それからのことはもうほとんど覚えていません。
信じていた人に裏切られた絶望。
今までの全てを失った喪失感。
自分と言う存在が薄れていくような恐怖。
そんな感情がごちゃ混ぜになって、私は何処へともなく歩き続けました。
冷たくて固い土の上で寝て、水溜りの水を口にして、比較的柔らかそうな木の葉を食べました。
そんな生活がどれくらい続いたでしょうか。
とある夜。とうとう歩くことすらままならなくなった私は、吸い込まれるように街から漏れる明かりに向かって歩きました。
美味しそうな匂いが鼻を擽り、目が覚めると私は暖かくて柔らかいベッドの上に横になっていました。
まだ今朝のことですが、レオ様が私を助けてくださったのです。
そして、お風呂をお貸ししてくださり、着るものを貸してくださり、更には温かい食事まで与えてくださいました。
その時の私の気持ちがご理解いただけるでしょうか。
嬉しくて嬉しくて、裏切られた時には一滴も流れなかったのに、涙が目から溢れ出て止まりませんでした。
今まで積み上げてきたものは全て崩れ去りましたが、その代わりに……いえ、それ以上のものをレオ様は与えてくださりました。まるで今までの自分とは別の新しい人生が始まったようでした。
だから私は、ミリーとして全てをレオ様に捧げて生きようと決めました。
身も心も、全て。
「ーーーー私、レオ様が望まれることなら何でもします!」
私なりに精一杯の言葉でした。
どのようなことでも、喜んで行うと。
例えば、その……睦事、ですとか……。
残念ながら、レオ様にはそこまでの意図は伝わらなかったようですが。
私はいま、レオ様のお店のお掃除をしています。
お店は夕方には閉めてしまうので今は午後の六時。レオ様は私が念入りにお掃除して、家の裏にある井戸から水を組んで温めておいたお風呂に入っておられます。
「あ、ゴミ箱の中も綺麗にしておいた方がいいでしょうか?」
レオ様が昼間のうちにやっていらしたらしく、並べてある蔵書はまったく汚れていなかったのでそれ以外のところを中心に行います。
ゴミ箱の中に目をやった時、ビリビリに破り捨てられた紙に目が行きました。
「………ぁ」
思わず声が漏れかけて慌てて両手で口を押さえます。
そこに書かれていたのは私の罪を知らせるものでした。
国家反逆罪という仰々しい罪状とともに私の貴族時代の姿絵が載せられています。
おそらく、男爵令嬢が王太子に口添えをして発行させたのでしょう。
しかし頭が冷静になるにつれ、私の心を恐怖が支配し始めました。
この紙がここにあるということは、少なくともレオ様は私が罪人だと知っているということです。
レオ様は、この紙を見てどう思われたのでしょうか。
レオ様は、私のことを蔑むでしょうか。
見捨てられてしまうのでしょうか。
また、全てを失うのでしょうか………。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
うっかり長風呂をしてしまった。
いや、元から風呂に入る時間はかなり長かったんだが、今世では浴槽にお湯を貯めるのも温めるのも人力だから面倒臭くて、貯めた時には前世以上に長くなってしまうのだ。
しかも今日はミリーが貯めてくれたのもあって、そのことに感謝しながらだったから一時間近く入ってしまった。
「ごめんごめん、気持ち良くて長湯しちゃ……あれ?」
流石にミリーも掃除を終えて待っているだろうと思って、ガシガシと髪を拭きながら部屋に入るがそこにミリーはいなかった。
もしかして、まだ掃除をしてくれているのだろうか。
だったらそろそろ切り上げるように言ってあげないとな。とても真面目みたいだから、一度掃除を始めたら細かいところまで気になり始める質なのかもしれないし。
「ミリー、お疲れ様。こんな遅くまでありがとう。お風呂気持ちよかったよ。冷めちゃうからそろそろ終わりにしよう?」
すっかり暗くなり見通しの悪くなった店内をランタンを片手に歩く。しかし、ミリーがどこにもいない。
「おっかしいな。どこ行ったんだろ。……あ、まさかトイレだったりしたのか?」
うちはトイレと風呂場が別だから、他の人が入浴中でもトイレは使えるのだ。
一度部屋に戻るかと階段を登ろうとした時、カウンターの上に紙が置かれていることに気が付いた。
『お世話になりました。お貸しいただいたお洋服は洗濯物カゴに入れさせていただきました。洗濯せずにお返しする失礼をお許しください。ありがとうございました』
震えた文字と、涙で濡れた紙。
そして、ゴミ箱の中にあったさっき破り捨てた貼り紙が目に入った。
迂闊だった。 あの時は感情的になっていたが、ミリーがここの掃除をすると言った時に思い出すべきだったのだ。
これを見てミリーが出て行ったのは確かだろう。
それも泣きながら。
「ミリー………」
俺はランタンを片手に家を飛び出た。
ミリーは。
ミリーは、どこへ行く!?
思考を巡らせてミリーが行きそうなところを考える。
ミリーが行きそうなところ……。
ミリーに頼れる人は、おそらくいない。
もし近く知り合いがにいるのだとしたら、この街で倒れていたのは不自然だ。
好きな場所は……。
そういえば、俺ってまだミリーのことなんも知らないんだよな。出会って一日も経っていないんだから当たり前といえば当たり前か……。
こうなったらバカでもできる最終手段、とにかく走る。
ここが王都だったりしたらほとんど不可能。しかし、ここはこの辺りでは大きい街だが走って走れない距離ではない。日頃から早朝の本配りをしていなければ不可能だっただろうが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……さよなら、レオ様」
またしてもジワリと滲み出てきた涙を拭って街をあとにします。
レオ様が入浴なさっている間に服を着替えて飛び出してしまったので、結局お別れは言えませんでした。私が元々着ていたドレスはボロボロだったにも関わらず、今は洗濯されていてほのかに石鹸の匂いがします。
一体、いつの間に洗ってくださったのでしょう。すっかり乾いているのでお店を開ける前でしょうか。
レオ様の優しさが心に染みます。
そんなレオ様のことが信じられない自分が嫌になります。
もしも、レオ様に見捨てられてしまったら……。私はおそらくもう2度と立ち直れなくなるでしょう。
レオ様はそんなことはないと、そう考える自分ももちろんいます。けれど、もしかしたらあの人たちのように、と考えてしまうのです。
自分の心を守るため、そんな身勝手な理由です。
あれだけお世話になっておいて直接お礼も言わないなんて、きっと怒っていらっしゃいますよね。
だけどどうか、私の心の中には物語の勇者様のようなレオ様を刻ませていてください。
「どこに行く気?」
「レオ、様……」
不意にかけられた声に恐る恐る振り返ると、ランタンの明かりを持ったレオ様が立っていらっしゃいました。
ご本人は平静を装っておられるようですが、肩が大きく上下していて走ってここまでいらしたのだと分かりました。
……いけません。また涙が溢れてきてしまいました。
「どうして……」
「いや、どうしてって言われてもな。ミリーが家を出たから、だな」
「それは……」
それは答えになっていません。そう言おうとしましたが、私の言葉はレオ様の言葉に遮られました。
「何でもしてくれるって言ってたでしょ? だったらさ、少なくとも今後の目処がつくまではウチにいてよ。人手が足りなくて困ってたんだ」
「だけど、私は……」
「あぁ、うん。そういえばミリアリア・ルーデインってご令嬢が王都を追放されたらしいね。 けどさ、俺がたまたま拾ったミリーにはそんなこと関係ないよね?」
「過去を捨てて新しい人生を送れと、そういうことですか……?」
「まぁ、そういうことだな。 これからはミリーはミリーとして生きればいい。 もちろん、いつ元・ミリアリア公爵令嬢がやってきても俺は構わないけどね。
……ってダメだ、こういうカッコつけた言い方は合わないわ。 素直に言うわ、俺はミリーのことが好きだ。 性格よくて、可愛くて、家事もできて、頭もよくて。 これ以上ないくらいにミリーは素晴らしい人だ。
だから、ミリーさえよかったら一緒にいて欲しい」
「……ひぇぅ!?」
驚きのあまりに変なところから声が出てしまいました。
だ、だって、告白なんて、初めてでしたし……。いきなり過ぎでしすし。
それに褒めすぎです。
「で、でも……私、たぶん、レオ様がいないと生きていけないと思います」
「……うん。 どうして逆説がついたのか分からんわ。 むしろ俺の以上に情熱的な告白だと思うんだけど……」
「そ、そうじゃなくて。あ、いえ、そうですけど、そうじゃなくて。 えっと、あの、私、レオ様に依存すると思います。 たぶん、重い女です」
「いや、ヤンデレはむしろ好物なんで大丈夫」
「………?」
やんでれ、とは何でしょうか?
やはり本を扱っているだけあって難しい言葉を知っているのですね。
「ま、まぁ、とにかく。 それくらい別に気にしないしから。 だからさ、一緒にいてほしい」
そう言いながらレオ様は私の体を引き寄せ、抱きしめてくださいました。
「ひゃう!? レ、レオ様?」
「こうされるのイヤ?」
不安そうにレオ様がそう問いかけて来ます。ですが、抱きしめられた状態だと、吐息が耳元に当たって変な気分になってしまいそうです。
うまく動いてくれない口の代わりに、レオ様の背中に両手を回してギュッと力を込めます。
こんなこと、婚約者だった王太子にもしたことありません。
「さ、うちに帰ろう?」
「は、はいぃ……」
レオ様の言葉に返事をしようとしたら、堰を切ったように涙が零れ始めました。
「ほら、せっかくの綺麗な顔が台無しだよ? お風呂、温め直してあげるから帰ったら流しておいで?」
「ひぐっ。あ、ありがとうございます……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「よし、それじゃあ行ってくるね」
そろそろ日が昇り始める時間。
今日は本の注文が一件しかないからカートは使わず小脇に本を抱えただけだ。
「お供します、レオ様」
「いや、でも、朝早くから大変でしょう?」
「それはレオ様も同じです。それに私はレオ様さえいれば睡眠時間は1、2時間で十分ですから」
いや……それは健康的にどうかと思う。
まぁ、四時間半は寝たんだからギリギリいいのか。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「はいっ! レオ様、一生あなたのそばにいます」
ありがとうございました。
感想をいただけたら幸いです。
……作者のメンタルが紙防御なので、お手柔らかにお願いします。