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人を騙すのが仕事なんです

作者: 片結 あるふ

 あるところに魔物に憑りつかれた少女が居ました。少女は悪意というものに敏感で、自分が何か悪いものに憑かれていると感じていましたが、自分が悪モノ扱いされてしまうのが怖くて誰にも言うことができませんでした。

 そして、少女は突飛なことを閃きます。

 「私があなたを善いモノに変えてあげます」

 まるで教会で聞くお告げのように静かに、けれど心から強くそう言いました。

 一方でそれを聞いた魔物は、少女にだけ聞こえる音で笑うように答えます。

 『面白いね。それなら君自身も善き人の子であれるよう、魔の力を貸してあげよう』

 そんなものはいらない。少女はそう思いましたが、魔物がそんなことを聞くはずもなく、少女は願わずして魔物の力を授かってしまいました。

 その力を得たとき、少女はそれがどんな力なのか分かりませんでした。これは悪いモノだ、私は悪モノになってしまったという思いばかりが少女を苛みました。

 「こんな、こんな悪い力になんて……」

 『そう落ち込まなくていいさ、それは思ってるほど悪いモノでもないよ。何より人助けにはもってこいの力なんだ』

 「私は、そんなものなくたって……」

 なくたって、助けられる。その言葉を言い切ることはできませんでした。

 戸惑う少女に、魔物はまた笑うように言います。

 『見えたかい?』

 「……何?」

 それは少女の頭の中の出来事、少女にだけ見えている風景のこと。

 その風景に居たのは川で釣りをする少年でした。釣りをしている少年は眼の前に大きな魚影を見つけて川に入り魚を捕まえようとしますが、水中の石に足をとられ川の深い所へ流されてしまいました。

 『それは近い未来に起こる誰かの不運だよ』

 「それって……」

 魔物の言葉を聞いて、少女はすぐに走り出しました。その風景を見たのは魔物の力でしたが、走る少女にそんなことを気にしている余裕は少しもありません。

 少女が走るのは少女が見たことも無い森の中でしたが、森を抜けたその先には目指した川があり、そこでは少年が退屈そうに釣りをしていました。勿論、これも魔物の力でした。

 「君、ここは危ないから今日は帰った方がいいよ」

 息を切らしながら少年に言いますが、見ず知らずの相手に注意された少年は帰ろうとしません。

 「大丈夫さ、昨日ここで大物を見かけたんだ」

 川を指差して少年が言います。

 「でも、ここは危ないから……」

 「大丈夫だって、こんなに浅いんだよ」

 言いながら一歩川へ入る少年を見て、少女は気が気でありませんでした。

 はやく川から離れてもらわないと。という意識ばかりが先走って、全く言葉が浮かびません。

 『大物は上流に居るとでも言えばいい、危険があるのは恐らくここだけだよ』

 言ったのは魔物でした。少女はそれなら少年はこの場を去ると思いましたが、それは少年に嘘を言うことにもなるという事実がその言葉を邪魔します。

 悪意に敏感で善き人である少女だからこそ、どんなに人を助けるためでも嘘に頼りたくはなかったのです。

 『助けたいなら早くした方がいい、あまり時間は無いよ』

 「でも……」

 『本当に居る可能性だってあるんだ、ここで不幸な目にあうよりよっぽどいいと思うね』

 その言葉を聞いて少女は、私に憑いたこれは本当に悪モノなの? と少しの間悩み、そして少年に言いました。

 「大物ね、きっと上のほうに居ると思うよ。昔釣りに詳しい人に聞いたから」

 「ほんとに!? 行ってくる!」

 少年は少女の嘘を聞くなり素早く荷物をまとめて意気揚々と去って行きました。

 「た、助けられたかな……」

 『騙したことにかわりはないけどね』

 安堵する少女に魔物は意地悪く言いました。

 「それは……」

 『君は善い人すぎる。人を助けるなんていうのは、ちょっとくらい騙してやらないといけないよ』

 「騙すなんて、それは悪いこと……」

 たった今、人を騙すことで助けた少女はその言葉を思わず濁しました。

 『君の言う悪いっていうのは、疑うことも騙すことも禁止して、それでいったい何を助けられるんだい?』

 疑う。騙す。魔物の言う通りどちらも少女が決して許さない、許せなかったことでした。

 「本当のことだけで、助けたいじゃないですか」

 『ははっ。素晴らしいね、それができたら僕みたいな存在は消えて無くなりそうだよ』

 魔物は今まで一番愉快そうに笑いました。

 『けれど、僕はきっとこの先も消えないだろうね』

 「どうして、そんなことを言いきるんですか」

 少女は拒むように、少しだけ声を強めました。

 『疑うことも、騙すこともせずに助けられるものの方が圧倒的に少ないからね』

 『君は悪いはずの僕の言葉まで鵜呑みにして、本当は釣れるはずだった魚を少年から遠ざけて、本当は危険な上流に少年を行かせてしまったかもしれないんだよ?』

 それは純粋な人助けをしたと思っていた少女にとって心を抉るような言葉でした。

 「そんな……」

 「それなら、いったい私はどうするべきだったんですか……」

 その声には一切の強さが無く、すべてを失ったかのように静かでした。

 『心配はないさ、あの少年は本当に助かった。それから、君にはこれから人を助ける術を教えてあげるよ』

 「それは、本当ですよね……?」

 少女はそのとき、きっと人生で初めて何かを疑いました。そして、そのことに魔物は喜んでいました。

 『本当さ。君は僕を疑わず、騙されていればいい。あの少年にみたいに、僕が助けてやる』

 「でも、私はもう……」

 騙してしまった。疑ってしまった。少女はとても後悔していました。

 『心配ないと言ったはずだよ。君は僕を疑ってなんていない、少し間違っただけさ。あの少年だって、今頃魚を釣ってるよ』

 「違ってました。あなたは、初めから悪モノなんかじゃなかった……」

 少女はすぐにでも魔物に抱きついてしまいたいと感じましたが、魔物には形がありませんでした。

 森に囲まれた川のほとりで魔物憑きの優しい少女は、静かに涙しました。


 これはとある魔物と少女の出会い。人を助ける最初のページ。

 

 さて、この話を聞いた皆さんは僕を善い魔物だとか勘違いしてませんか? 駄目ですよ、疑わないと。だって僕、人を騙すのが仕事なんです。

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