#7
少年はすぐさま浮かぶ時計を掴んで裏返すと、針のマークがついたツマミをぐりぐり動かした。
「うわぁっ!いきなり変な動きっっ、ぐわっ!」
小さな悲鳴と共に、何かに当たって倒れる音がした。
「あれ!?ごめんなさいっ……電池かなぁ?」
裕也は手早く、今度は電池ケースの蓋を外し、中から細い乾電池を二本取り出した。
そして針が止まった事を確認する。
「あ、止まった」
そして彼がいない事を確認する。
「あ、いない」
「あ、いない、じゃないですよ!」
下から声がした。
いつの間に出たのか、空飛ぶベッドの下に、タキシード姿の兎が……後頭部に手をあて、少し機嫌悪そうに見上げている。
「ごめん、わざとじゃないんだ」
「わかってますよ!ただ毎回こうも同じ事されるといい加減ガマンも出来なくなってくるんです!」
どうやら一度や二度ではないらしい。
白兎はタキシードのホコリを払い、内ポケットから取り出したクシで毛並みとヒゲを整えた。
クシを胸元へササッと戻し、襟と耳を正すとさも満足そうにふふんと鼻を鳴らした。
そんな彼に裕也。
「あの、降ろして欲しいんだけど……」
言葉に反応して、彼は思い出したように、
「ああ、これは気付きませんで。私のようなあちらの住人が来ると皆さん興奮するようで……」
「興奮?」
「いわゆる、浮足立っていらっしゃるわけです」
言うと、彼は右手をさっと上げた。
それを合図に空中に浮いていた数々の物たちが、元あった場所へと戻る。
ベッドも音もなく、床へと。
裕也はベッドから降りて彼の前に立つ。
「初めまして。菊地裕也です」
深々と頭を下げる。
白兎の身長は時計の中に居た時よりもはるかに大きくなっており、その目は少年の胸の高さに。耳をピンと伸ばせば少年と同じくらいの身の丈がある。
白い兎は長い前歯をキラリと見せて満足そうに笑った。
「初めまして。礼儀正しい子は大好きです。皆さんが浮足立つ中、あなたは慌てる事なく平静を保った。合格ですよ」
「お姉ちゃんが何が起きてもびっくりしちゃだめって」
「そうです。こちらの世界では異常でもあちらの世界ではごく普通な事、驚くのは仕方ないのかもしれませんが、時には失礼に当たる事もありますから」
白兎がタキシードを着て立って歩き、話をしても、彼にとっては当たり前な事だと言う。なるほど、それを驚いては失礼にもなろう。




