#6
裕也はさほど動揺しなかった。空中に浮いたカラダとベッド、充分異常事態なのだが、少年のとった行動といえば、軽く伸びをした後……ぽかりと大きなあくびをひとつ。
そして一言、
「どうやって降りようかなぁ?」
……
なんとも悠長である。
ベッドから下を見渡す、静かに寝息を立てている母の姿。
に、向かって声を投げようとした……その時、
「せっかく……お休みになっていらっしゃるのを……起こすのも、どうかと思いますよ」
途切れ途切れに微かな声が、どこからか投げられた。少年に向かって。
少年はひゃっと驚いてすぐ部屋を見回す。
驚き開いた口をきゅっと結び、<誰か>に悟られないように口元を手で隠しながら……
……
……誰も、居ない。
不思議に思う彼の背中で、目覚まし時計が宙を流れていた。
それはコツンと少年の頭を叩く。
裕也は振り仰ぐと共に振り向き、それを手に取る。普段は枕元のサイドテーブルに置かれている物だ。赤いプラスチックの外身に覆われ、人気の漫画が文字盤に描かれている。
少年は何気なくその文字盤を見て目を丸くした。
白地に緑の蛍光文字。十二の数字と、
見慣れた秒針達、
……に、追われた……
「あの、ちょっとすいません、この針を……止めていただけませんか??」
……兎が一羽。
明らかにいつもより速いスピードで、くるくると三本の針がめまぐるしく回転している中、
小さな白兎が黒いタキシードを着て、
トコトコと針に追われるように走って居た。
時には短針を飛び越し、時には秒針の下を潜って。
「あのっ、ちょっと、聞いてっ、ますか?」
器用に避けながらこちらに話かけて来る。どうやら先程の声の主に間違いないようだ。




