#3
予想に反した応えを返されたのは裕也の母・美代子であった。
「どういう事ですか!!」
診察室の一角、声を荒げ、医師に詰め寄る。
「あの子の顔を、治しもしないで放っておくつもりですか!!」
後ろで結っただけの髪。飾り気の無い質素な衣服。よく眠れていないのだろう、眼の下の隈が幾分彼女を歳老いて見せる。
ただひとつ生きた眼光は鋭く、哀しみを含みながら自分とさほど歳の変わらない白衣の男性へと向けられている。
「奥さん落ち着いて下さい」
極めて冷静な口調でなだめる担当医・江崎。
そして看護師が美代子の手を取り椅子に座らせようとする。
が、煥発入れずに腕を振りほどき、尚も母は詰め寄った。
「これが落ち着いて居られますか!あの子はまだ小学生なんですよ!それなのに顔中包帯巻いて……!学校なんか行かせられるわけないでしょう!?もしもイジメられたらどうするんですかっ!!?」
激昂する美代子の口元はキッと結ばれ、もはや何を言おうとも全ての言葉を返すかのような静かなる勢いがあった。
だが医師はさほど気にも留めず、いつもの事だとばかりに口を開いた。
「落ち着いて下さい、いいですか奥さん、治さないというわけではないんです。治すにも順序があり、それによって必要の無い手間をはぶきながらですね、治療の必要が無くなるかもしれない……そう、可能性のお話なんですよ」
「可能性……?」
眉を寄せ、敵意に近い意識と共に美代子は直る。
江崎医師はひとつ喉を唸らせ、言葉を続けた……
医師の話を訳するとこうである。
裕也の怪我の患部は非常に複雑で、今すぐに表面的な手術は出来ない。
別の部分の回復を待ってから、表面的な手術に移る必要がある。
裕也はまだ若い。その自己の持つ修復能力は時に計り知れないモノがある。
今、表面の簡単な手術を施すのは見かけがましになったとしても、必要のない部分に一生消えない傷が残るだろう。しばらく時間を置き、傷がある程度癒えてからでも治療は可能だ。
しかも今手術をすれば損傷部の大部分を切り取り、移植する必要もある。だが、時を置けばあるいはそれを50%……いや30%まで減らせる事が出来るかもしれない。
「……これは可能性の問題なのです」
医師は説明を終えると再度同じ台詞を付け足した。
美代子もこの説明には流石に反論はなかった。
早く治したい。
その思いは母だけではない、医師達も同じなのだ。
今治す事ばかりに気を取られ、我が子の将来についてまったく見えていなかったのだと。美代子は困惑と心を打つ痛みを隠せなかった。
別室……病室で窓の外を眺める裕也。彼の顔は、半分が裂傷で覆われている。




