#26
柔らかな光と共に、鏡に写る裕也の姿が変容していく。
背が高く伸び、肩幅も広がって顔立ちも締まり、成人した若者へと……
「未来とは浅はかだな」
ミカガミの姫が呟いた。
「常に移り変わり、心の有りようで幾らでも姿は変わる。気休めになれば良いがな……」
「これが未来の……僕」
裕也は未来を見上げた。
鏡の前の裕也は包帯に巻かれた少年だが、鏡の奥の【裕也】は包帯などなく、青いシャツにオレンジ色のネクタイを締めている。スラリと伸びた脚は紺色のスラックスを履いて、ビジネスマンなのか成人式なのかは不明だが清潔感に溢れている。
裕也は青年へと変貌した姿を見て押し黙る。
感嘆もなく、
涙もなく、
笑みもなく、
「……知らなくてもいい事を知る羽目にもなる。それは苦痛ではないのか」
サリィの言葉に白兎が応える。
「きっとユウヤには分かっていたのでしょう」
半分は期待していた。
半分はあきらめていた。
それがどちらであろうとも、裕也は知りたかった。
サリィが裕也に向き直る。
「お前が望むならば、夢防人を使ってこの夢を破壊し、夢の記憶を消す事も出来る。それから、もう一つ教えてやろう」
サリィの目には冷徹と好奇心が含まれていた。
「夢世界では人間の力が大きく影響を与える。お前が強く願えば望むカタチに、全てその姿を変えるだろう」
星は姿を変えた。
「現実世界が本当の世界ならば、夢世界は偽りの世界だ。現実世界においての鏡は真逆をうつすいわば偽りの鏡だろう。だが夢世界において夢鏡がうつすのは、現実世界の真実だ」
ホントウノ世界ノウソハ ウソ
「お前が望むならば、鏡の中の未来は、お前が望む姿になるだろう」
ウソノ世界ノウソハ ホントウ
「人間は正夢と呼ぶのだろう。夢で見た事が現実に起きる」
星は姿を変えた。
「願うならば今だぞ」
【裕也】も姿を変えるだろう。
裕也は、
再び未来を見上げた。
そして未来に告げた。
「どんな姿をしていてもそれが僕だ」
お母さん、ありがとう。
「お母さんは僕を愛してくれている」
恋人に、ありがとう。
「由香ちゃんはどんな姿をしていてもかまわないって言ってくれた」
だから、
「だから僕はこのままでいい」
これが自分だ。
「これが僕だ」
鏡の中の姿が変わる。
そこにはそのままの少年が居た。
サリィはため息をつくと、残念そうな笑みを浮かべる。
「せっかく来ておいてつまらん奴だな。前に来た小娘なら、喜んで色々したところだぞ。なぁ、クレイ。その姿には慣れたようだな」
「獅子王には会い辛くなりましたがね」
「アイツに会えばまた戦争だ。会わん方が平和で良い」
サリィとクレイバーは裕也には解らないやり取りを終えると笑みを交わした。
「さて、帰りましょうかミスター」
白兎が少年にフカフカした手を差し出した。
サリィが裕也に言う。
「何も無しで帰すのは心苦しい。何か欲しいものは無いか?無いなら私が勝手に選ぶぞ」
裕也は首を縦には振らなかったが、少し考えて、ある物を言った。
ミカガミの姫も白兎も、予想外の物だったらしく一瞬目を丸くしたが、笑顔を見せて頷いた。