#14
「お父さん何処に行っちゃったんだろう」
裕也の問いにわずかな不安が含まれる。
「働いてらっしゃる大人は会社で缶詰めか、鳥かごに飼われているのがほとんどです。何故かみなさん狭い場所がお好きのようで。不思議ですねぇ」
白兎が肩と腕に三毛猫を2匹乗せながら言った。缶詰めや鳥かごの意味はよく分からなかったが、その落ち着きのある言葉が裕也の不安を少しやわらげる。
「そう言えばお母さんは何処だろう?」
「さて、他のお部屋を覗いてみましょうか」
言うとクレイバーはいそいそとリビングを出て行った。慌てて後を追う裕也。
特に広いということもないので、リビングを出たすぐの廊下で、白兎の尻尾を捕まえた。
白くて丸いフカフカを掴むと、クレイバーは一瞬眉を上げて振り返る。
「こちらで宜しいのですかね」
廊下に面した一室の、引戸の前でノック体勢をしつつ尋ねる。住人の許可を得るのはいいが、どうも遠慮は見当たらない。
裕也がうなずきを返す。
「お母さんとお父さんが寝てる部屋だよ」
「では開けます」
トントン、ガラリと今度は譲る様子もなく開け放つ白兎。ノックは型式的な物だとこの時理解した。
入口に立つクレイバーの脇から裕也が顔を出す。部屋を覗き込む裕也の眼前を、有るはずのない水槽が邪魔をした。水族館の展示のような、水の壁だ。
「海の中みたいだ」
呟く。
水壁は部屋の扉に沿って垂直に満ち、透明感のあるゆらぎを持って部屋を覆い尽くす。ガラス板があるわけでもなく、水壁は重力を無視して部屋を満たしていた。
水槽の中、透明感を見渡すと、畳とタンス、和室に敷かれた布団が二つ。水の浮力を無視して、並んでいるのが見える。そしてその中央、
「お母さん、……泣いてるの?」
部屋の真ん中でポツリと座り込む背中に、裕也は問いかけた。