転校狂想曲
朝の通学中に美少女とぶつかることも、ヤンチャなお兄さん達に絡まれることもなかった。ちなみにD組での自己紹介を普通にこなし、相も変わらず幼馴染みとの再会と言ったイベントも・・・・・・勿論ない。
「なぁ、神埼君」
「なんだね」
長閑な昼休み。前方を歩くクラスメートの神埼君に声を掛ける。
学食でオススメのスタミナいちまる定食デラックスを平らげ、図書室や音楽室の集まる北校舎を案内してもらっていた。
「先程から下手くそなストーキングを絶賛継続中な彼女は、知り合いか?そろそろ風紀委員か、教育指導の先生あたりに連絡を入れるべきか思案しているところだか。」
廊下の曲がり角の柱から様子を伺う女子生徒を親指で指し示し、俺は尋ねた。ちなみに言うが、彼女の顔は限りなく廊下の床に近いところにある。
青いブレザーからして2年生。セミロングとショートヘアーの中間の長さの黒髪、色白の美少女なのだろうが。
「まばたきすらしないので、下手をすると呼吸すらしてない可能性を考慮すると、俺だけに見える幽霊の線もあると思われ」
「いや、大丈夫だぞ。俺にも見えてるよ、柊」
「反応ないから置き去りにされたかと疑ったぜ」
なかなかに神埼君はノリが良いようだ。
「柊、あの人は多分、生徒会書記の大濠さんだ。」
「ほむ、神埼君はモテモテなんだな。昼の案内はもういいから、大濠女史との青春花道まっしぐらの用件を片付けてくることを推奨するよ」
「えっ?!俺に用事という話になるのかよっ!」
そんなに驚いた顔をしなさんな。
「ダーツの旅じゃあるまいし、転校したての冴えない小市民に、個性が服着て歩きつつ、無駄に深淵宇宙のナニカを振り撒いてそうな生徒会書記ー生徒会じゃなくて、書記にかかる形容詞だぞ?」
「いや、気にするところがソコなのっ?!」
「むぅ、注文の多い奴だなぁ。とにかく、あの見るからに個性的の日本代表が、俺如きに興味を持つわけはないのだ!という極めて冷静な判断の下、俺は教室に戻って予習をするから後はよろしく」
そう神埼君に別れを告げ、生徒会書記 大濠さんの居る場所とは反対方向へ歩き出すと、何故か行く先の窓から内側に顔を出す大濠さん。
諸君いいかな?
窓の内側に顔を出す大濠さん、だ。
ここテストに出ませんが、大事です。
とりあえず、刺さりそうな視線を浴びつつ反転!
・・・・・ほら、いる。
「なぁ、神埼君や」
「なんだね、薄情もん」
何やら男の熱い友情に溝が出来たようだ。
「素朴な質問なんだが、大濠さんは双子とか?」
「いや一人っ子と聞いている。ちなみに大濠さんの字名は“這い寄る三男”という」
「這い寄るかぁ」
「いや、だからソコッ?!」
この際、アレが男か女かは二の次だろう。
正直背筋を走る悪寒に比べれば、些末なものだ。
「とりあえず、這い寄る的な生徒会書記と半径2M以内に居てはならないと、死んだ婆さんの遺言なんだよ」
「そもそも孤児なのに、遺言とか無いだろ!」
いちいち細かいことを覚えてる男である。
そんなやりとりの間にも脱出経路を模索する。
一つは窓。しかしここは3Fだ、病院へのUターンラッシュは御免被りたいので、却下。
一つは、元来た道への転進。
既に障害発生なので、解決にならない。
本来の進行方向も窓からの妨害の可能性あり、っと。
「こうなったら・・・魔利兄、柱時計も無い以上は、我らの運命もここに窮まった!」
「うん、もうどこからツッコめば良いか分からないなぁ」
「 魔利兄はあちらを行け、俺は反対へ走る。 また会おう!!」
死中に活を見出だすべく、駆ける!
その先にはやはり、 “這い寄る三男” 大濠さんが佇む。左右にスペースはあるが手を伸ばせば届く。学生服のポケットへ手を突っ込む。指先に触れたものを挟み込み、引っ張り出す。
ビクッ
個性派代表“這い寄る三男” 大濠さんが何かを感じたのか反応する。
廊下に響く靴音。
指先に挟み込んだソレを投げつける。
「ひぎぃっっっ!?古の護符?!」
怯えるようにしゃがみこむ。
その一瞬で脇を駆け抜ける俺に、左手を伸ばしてくる。たが、甘い。それは想定済みだ。
避けるように壁に向かって加速。そして三角飛びの要領で床を踏み切る!!宙を走りながら、右足で壁を蹴り、勢いをそのままに再び床を左足で蹴り出し、少しでも遠くへと足を進める。
「おしっ、抜けた!!」
思わず溢れる笑み。
振り返れば、呆然と佇む大濠さんに、何かを指差す神埼君の姿が見えた。
同時に肩に鈍い衝撃と、
ゴンッ!
という、鈍い音と激痛が脳天に走る。
「廊下は走るな、馬鹿者」
かくして束の間の逃走劇は、生徒指導の小笠原先生に説教を食らう形で幕を閉じた。