シフトチェンジ
征暦2514年6月13日 10:53PM
九州ステート 沖縄カウンティ ナハ・シティ ニライ・ラボ
けたたましい警報が敷地内に鳴り響く。
第二種警戒警報、つまり被験者の脱走だ。
「まだ捕まらないのか?!」
「申し訳ありません!捜索させておりますが、まだ・・・」
「有明さん、随分手こずっているようですねぇ」
有明と呼ばれた現場の隊長とその部下とおぼしき二人の会話に割って入ったのは、蛇を彷彿とさせる容貌の男だった。
「・・・これは、三田大佐っ!」
慌てて立ち上がり、敬礼する一同を冷ややかに見据える。
「君らは《クリフォス》を分かっていないようだ、だから見落とす」
三田はそう言うと、右の人差し指を報告していた隊員へ向け、呆れたように、
「そこに居るというのに」
と呟くと、パチンッと指を鳴らす。
ごぉっ
という、音と共に青い焔が隊員の腰で燃え上がる!まるで沸騰する触手のようなソレが、溶岩の沸き立つみたいに泡立ち、うねる。突然のことに、悲鳴をあげる隊員の声とは別に獣の慟哭の如き声が響く。
痙攣しながら蠢くベルトに擬態したモノは、地面に落ちて潜り込もうとするが、再び青い焔に焼かれる。
「 《クリフォス》は擬態できる。これは既に伝えた情報だと記憶していますがねぇ 」
細い眼をさらに細める。
左側へ手を振り、弧を描くとそこに生まれた青い焔の曲面が、別の隊員に擬態したナニカを受け止め、燃やす。
「私の《冷焔》の前では、臭いすぎですよ。小手先の攻撃では、焼かれて灰になるだけ。そろそろ出てきてはどうですか?」
「こ、これが対象以外焼かないという大佐の 《冷焔》・・・ 」
「まぁ、空気中に微細な火の粉を舞わせることで、 《クリフォス》のような化け物の索敵にも効果がありますよッと」
入り口から飛来したものも、問答無用で消し炭に変えながら有明に説明をする。
「なるほど、ではこれならばいかがですか?」
背を見せた三田へと飛びかかる有明。
しかし予定済みだと、両掌を突きだす。
膨れ上がる青い焔が有明を焼く!!
が、突如三田が縮んで、いや沈んでいく。
足元の地面にポッカリ開いた穴へ両足から飲み込まれているではないか。
「なっ!?」
驚きのあまり、眼を見開く三田。
邪な笑みを浮かべる、焦げた有明。
「 《クリフォス》を君は分かっていない 」
その言葉を最後に、三田の意識は途絶えた。
征暦2514年6月2日 08:35AM
九州ステート 福岡カウンティ フクオカ・シティ
征暦2000年代後半に訪れた、中国大暴落により世界各国は不況に見舞われた。土地を買い漁られ、適当な経済援助で食料生産植民地となっていた後進国は、買い手が無くなった食料を処分しようとこぞって投げ売りし、逆に国内が食料不足へ追い込まれた。先進国はもろに煽りを受け、投資先と巨大市場の喪失に欧米の銀行が破綻した。それは当然、日本にも波及し経済的損失は甚大なもので、その建て直しのため日本は政治的にも分割することとなった。その結果、各地方を州として編成し直した。いわゆるアメリカ方式の州郡制の導入である。
各州の特色は割愛するが、九州は様々な業種を内包する複合企業体が、地方自治を執り行っていた。
九州 州立 ロレーム学園 フクオカ・シティ・キャンパス
九州を統治する複合企業体〈ロレーム・イプサム・ノイン〉が九州の各郡にキャンパスを構える州立学園である。
このフクオカ・シティ・キャンパスに、俺は転入してきた。元々は宮崎にある郡立の高校だったのだが、移植後の検査や治療設備の都合から転校することになったのだ。そもそも心臓移植をしたのが、ここフクオカ・シティだったので、退院と同時に入寮となっただけだか。元より身寄りもないから、真っ当な待遇なだけありがたい。
割り当てられた寮の部屋の窓を開け、朝の空気を呼び込む。梅雨前の曇よりとした空が広がっている。
振り返れば、元々孤児院暮らした故に大したこと量もない荷物が段ボールに詰められたまま、6つほど積み上げられているのが見える。壁には今日から着る制服が掛けられていた。
身支度を整え、制服の上着に袖を通す。軍服にも似た学ラン。一年の俺は深紅。私服ならまず選ばない色だ。机の上のカバンを掴み、中を開け、筆記具とノートが入っている事を確認する。基本的にデジタルデバイスが教科書兼ノートの役割を果たすが、メモは紙にとらないと何となく落ち着かない。戸締まりを確認して、寮の食堂へと向かう。少し早いが、初日から遅刻よりは遥かにマシだろう。




