虚ろな心に響くのは
征暦2514年9月17日 09:00PM
九州ステート 福岡カウンティ 〈ロレーム・イプサム・ノイン〉九州中央病院 一室
皇を訪ねたレジーナは、期待した姿が見当たらずに肩を落とした。キチンと整理整頓された机の上に、珍しく広げられたデータが展開されたまま表示されている。
そこには恭一のバイタルデータが現在進行形で記録されており、備考欄に特記事項として、《 Apostolus 13 》と記されている。
「・・・柊 恭一?」
「カルテを勝手に見るのは感心しないねぇ」
呟きに応えるようなタイミングで、背後から声が掛かった。
「皇兄さん・・・」
嬉しそうに振り返ると、彼女の視線の先にコーヒーを片手に入口に佇む心臓外科医 皇がいた。
「鹿児島では逃げられたらしいね」
「えぇ・・・二人がかりだったのですが、《投入》の異能のようで相性が悪くて」
「【ケムダー】は 《投入》か 」
異能には、種類というか系統があることか分かっている。
分類上の名称は、錬金術の加工行程12種より採られている。たとえば、体表で周辺より集めた元素を利用して防護膜を作り、近接戦闘を行う彼女ーレジーナは《凝固》と呼ばれる。限定的ではあるが、骨格強化も行うため、通称 身体強化系とも言う。
桜島での戦闘ではもう一人、部下の秋月が火炎や氷刃を放っていた異能は《煆焼》で通称 放出系と呼ぶ。
異能を手に入れる方法は今のところ心臓移植しかなく、その心臓も入手が困難であった。その上、適合条件もかなり厳しいため、現状心臓手術の症例が13件しかない。
「【クリフォス】といい【ケムダー】といい、君らクロウにはしっかり働いてもらわないと、こちらは安心して研究も出来ないんだ。しっかり頼むよ?」
「・・・すいません」
敬愛する皇の言葉に、しゅんとなるレジーナ。
「姉さんの足取りを追う手掛かりを手にするチャンスだったのに・・・」
「まぁそこは焦る必要はないさ。何事も過ぎれば及ばざるが如し、ってね」
あやすように、レジーナの頭をポンポンと撫でて、展開されてデータの前の椅子へ腰を下ろす皇。
「あまり思い詰めないことだよ、レジーナ。固まった思考は良いインスピレーションを呼びはしないよ。ご覧、彼は素人ながら異能の可能性を探る事に成功したようだ」
ここにきて、レジーナは違和感を覚えるものの、その正体は掴めずにいた。
「この柊というのは?」
「目下、この天才心臓外科医 皇の最大の関心事ってやつさ」
そう言うと、コーヒーを一口飲んだ。
そこでレジーナは違和感の正体に気付いた。
「兄さん、とても楽しそうですね」
そう、皇は嘗て無いほど目を輝かせていたのだ。
「それはそうさ!彼はオリジナルの移植に成功し、異能をも発現させたんだ。これが楽しくなくて、他の何が楽しめるというんだい?」
嬉々として語る皇を茫然としながらも、言い知れぬ嫉妬を感じた。姉にも向けなかった皇の好奇心。まして同じように手術をした自分ではなく、オリジナルの心臓を移植したと言うだけで向けられる好奇心。
(柊 恭一・・・)
そもそもオリジナルとは、〈ロレーム・イプサム・ノイン〉の考古学チームが沖縄の海底で遺跡を発見した。
その最奥部で一つの正体不明の鉱物で作られた箱を見つけた。その中に入っていたのがオリジナルの心臓。発見当初は単なる模型と考えられていたが、人工心臓であることが分析の結果判明した。
その後、機能を限定したコピーを作成し、それに適合しうる子どもを遺伝子的に調整して生まれたのが、レジーナ達
なのてあった。




