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スノー ホワイト

作者: 亜莉

冷たい風が身を切り裂くように痛い。


日本でも割りと温暖な地域に住んでいた俺は、本当に寒いところは寒さより痛さの方が強いことを初めて知った。


たくさんの防寒着を着ていても指先だけはどうしても薄着になる。

赤くなった指先をこすりながら後ろを振り、案内人に合図を送った。その合図を見て、案内人がコーヒーを入れる準備をしてくれているようだ。


コーヒーが入るまであと10分ほどかかるだろうか。

カメラを大事に持ち、ゆっくりと案内人の方へ歩いて行った。



「今日は良い絵が撮れたかい?」


湯気の立ったステンレスのカップを渡してくれた後、今日の収穫を尋ねられる。

俺はコップを受け取ると同時にカメラを渡した。

案内人は楽しそうになれた手つきでデジカメの一眼レフを操作していく。

時々感嘆の声をあげながら、画像数枚を眺めるとにやりと笑い、指をあげた。


「・・・まあまあだな」


皮肉屋の彼がこう言うのは最大の賛辞であることを知っている。

俺は彼と同じように指をあげた。




「・・・まだ足りないのか?」


使ったバーナーの後始末をしながら案内人は俺に尋ねる。


彼は俺が何を想い、がむしゃらに写真を撮っているかを知っている数少ない友人だ。

全てを知ってなお、応援をしてくれるし、また心配もかけている。

今彼は俺に背を向けながら話しているが、その声は何気なさを装いながら、とても緊張しているのがよく分かる。


俺は一呼吸ついてから彼・・・テンジンに答えた。


「・・・天候にもよるだろうけど、明朝には下りたいと思う」

その言葉を聞き、案内人は少し驚いた顔で俺に振り返ったが、すぐに元の表情に戻りうなずいた。


「OK!さっき確認したところでは明日でも大丈夫そうだ。今日はゆっくり休んで明日下りよう・・・お前、向き合う事にしたのか?」


少し声が震えているのはきっとおれの決断に喜んでくれているからだろう。


「ああ。・・・ありがとう、テンジン」


穏やかな笑みを浮かべながら俺は右手を差し出したが、彼は少し口角をあげながら俺の手を軽く払いのけた。


「その言葉はちゃんと下りてから言え」


その後何を言っているのか分からない奇声のような雄たけびをあげながら俺の頭をかき混ぜたあと、こぶしを合わせて二人して笑った。



俺はこの後5年ぶりに日本に帰る。

ずっと心の中にくすぶっている事を解決させるために。



五年前、俺はまだフリーカメラマンとして独立したばかりだった。

まだ駆け出したばかり、しかもサラリーマンでない俺は、これからどのようになるのか全く分からない。だが、だからと言って今さら会社員になれるわけもなかった。

そんな不安定な立場にもがき苦しんでいたある日、幼馴染から恋人となった彼女に会いに行くと、珍しく彼女が家に仕事を持ち帰っていた。




聞けば彼女が気まぐれに出した次回商品の企画書が社内公募の最終選考に残ったらしい。



「・・・でね、こんなチャンスなんてもうないだろうから全力で頑張ろうと思って」



そういって笑った彼女の顔はこれまで見たこともないくらい輝いて、とても綺麗だった。



情けないが、先の見えない自分に焦っていたことも事実だ。

けれどそのころの疲れていた自分は彼女に対して嫉妬し、彼女から逃げ出すことを考えた。

たまたま舞い込んできた海外での仕事に飛び乗って、彼女から離れることにしたのだ。


彼女は自分を待っていてくれると言ってくれていたのに・・・だ。


海外に渡ってからの生活は自分が考えているよりもはるかに大変なものだった。

自分の愚かな間違いに気が付くのはとてもはやかったが、このまま何も成果も出せないまま日本には帰れない・・・その一心で写真を撮り続けた。



ただただがむしゃらに写真を撮り続けて3年目が過ぎた頃・・・転機が訪れた。


山岳案内人、テンジンを伴いヒマラヤを渡る鳥を撮ったのだが、この写真が海外で名のある賞をもらったのだ。


若い日本人の受賞だったため、俺の周りは急に変化していった。

自分のやっていることはほとんど変わらないのに、やたらメディアに出ることが多くなり、知名度だけが上がっていく。


そして今年になり、日本で個展を開いてくれる話が舞い込んだ。

その時、俺に文句を言わずにずっとついてきてくれたあいつ顔がすぐに思い浮かんだ。


個展が開かれる期間は2月頭から3月いっぱいまで。

個展は大盛況で、クライアントも早く俺が帰国することを望んでいるが、俺はなかなか帰る勇気が出来ず、仕事多忙を理由に帰国する日を先延ばしにしている。


そんなときにテンジンがあの写真を撮った場所へ連れてきてくれたのだ。


不安そうな顔をしていたのだろうか、テンジンがおれの背中を強くたたいた。


「大丈夫だ!日本では今日、返事をする日なのだろう?」


テンジンは親日家で日本の文化を良く知っている。

俺はホワイトデーまで知っているとは思わず、テンジンの情報の深さに驚いた。


「・・・まあ、もしダメだったらまたここにきて一緒にこの景色を眺めよう・・・これだけ澄み渡っている空だ。一面真っ白な雪だ。お前が一人落ち込んでいてもきっとバカらしく思うだろうよ」


テンジンが大きくうなずいた。

その顔を見て、俺はふっと笑い同じようにうなずいた。


真っ白な、曇りのなかったあいつの気持ちは今、どんな色をしているのだろうか?

誰かの色に染まっているのだろうか?


俺は彼女に会いに行く。















少しホワイトデーから遅れてしまいすみませんでした。


・・・しかも物語はまだ続きます。

もうしばらくお付き合いください。


読んで下さるかた皆さんに感謝です!

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