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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
2 第1変奏 純愛と殺意の二重奏(デュオ)
9/77

ヤキモチと同級生と

 最後の音が、空間に吸い込まれるように消えた――。

 指揮者が手を降ろすと、次に会場を満たしたのは割れんばかりの拍手の音だった。

『近代イギリス音楽の父』と呼ばれたエドワード・エルガーのクラシックコンサートは大成功だった。

 相澤とユメコは、帰る人々のラッシュに巻き込まれないよう、ゆっくり会場から出た。二階席から続く階段から、一階の玄関広間ホワイエへ向かう。

 歩きながら、相澤はユメコに訊いた。

「どうだった?」

「すごかったです」

 簡潔な感想だったが、ユメコが目を輝かせて満足そうな笑みを顔いっぱいに広げているのを見て、相澤は嬉しそうに笑った。

「それは良かった。来た甲斐かいがあったというものだ」

 深夜に襲われてから、相澤のマンションに越してからというもの、ユメコの表情がかげりがちだったので相澤は気にしていたのである。

「いい気分転換になったようだな」

 相澤も満足そうに何度も頷いていた。

 ともに出口に向かっていたユメコの足が、ふと止まる。

「あれ?」

 小さく声をあげて、出口の前でうろうろしている青年に目を向けた。

 向こうも気づいたらしく、驚いた表情を浮かべた。しかしそれもつかの間、すぐに笑顔になって歩み寄ってきた。

「黒川さんなの? すごく印象が違っていたからびっくりしたよ」

宗谷そうやくん。誰か人待ち?」

 宗谷と呼ばれた青年は手に花束を持っていた。少し大人びたスーツを着ている。

 自分の今の姿は学校での印象と相当違って見えるのだろうなと思い、ユメコは頬を少し染めた。

「うん、そんなところ。黒川さんは……彼氏とデート?」

 問いながらユメコの傍らに立つ男を見上げた宗谷が、ちょっぴり頬を引きつらせる。

 ユメコが視線を追って傍らに立つ相手を見上げると、相澤の目つきがすこぶる悪くなっていた。

「何で、敵意を感じるような視線を宗谷くんに向けているんですか……」

 ――ショウって人嫌いなのかな。それともまさかヤキモチとか?

 そんなユメコの心情を知ってか知らずか、相澤はユメコの腰に腕を回し、自分のほうに引き寄せながら挨拶をした。

「ああ。ユメコの『彼氏』の相澤だ、よろしく」

 よろしくと言いながら、挑むように口の端を持ち上げている。

 ――何だか、大人げないなぁ。ていうか、明日の教室の噂にならないといいけど……とユメコは心配になった。

 ただでさえ、超美形の男がユメコを校門外まで迎えに来ている、と噂になったばかりである。

 これ以上目立ちたくはないのがユメコの本音だった。

 ――まあ、宗谷は言いふらしたりするタイプではないけれども。

 クラスの中でも、真面目一徹、親切で優しい彼なのだった。

「……妙なにおいがするな」

 ふいに相澤が言った。

「え?」

 とユメコが相澤の顔を見上げると同時に、「キャーッ」という悲鳴が響き渡った。

 声は、入り口よりさらに奥まった場所にある「楽屋口」と表示された通路のほうから聞こえたようだ。

「今の声って、まさか……」

 宗谷の顔が青ざめた。

 ダッとばかりに駆け出し、楽屋へ続く通路に向かう。

 相澤とユメコも顔を見合わせ、その背を追った。

「人が……!」

「誰か、救急車を呼んで!」

 楽屋付近は騒然となっていた。

香奈子かなこさん!」

 そんな中、宗谷はひとをかき分けるようにして通路を進んでいく。

「いつもの宗谷くんとは思えない行動力だわ」

 ユメコは驚いた。

「血のにおいだ」

 相澤はユメコの手を握り、人ごみに向かって進んだ。人と人との間をすり抜けるようにして歩く。

 ――こんなにたくさんの人間の行動が全てわかっているみたいな動きだわ、とユメコは感じた。

 とても不思議な感覚だ。

「香奈子さん!」

 楽屋の小部屋が並ぶ先に、トイレがあった。手前のほうに『女性』という表記がある。

 その入り口で、宗谷が座り込んだ女性を抱きしめていた。

 その女性の姿は……血まみれだった。

「おい、大丈夫か?」

 相澤が大股で近づき、女性の様子を覗き込んだ。ユメコも傍に駆け寄る。

「怪我をしたんですかッ?」

「いえ……僕もそうかと焦ったのですが、そうじゃないみたいです」

 確かに、女性に外傷はないようだった。

 だが、スカートにべったりとどす黒く変色したような赤い色がつき、まるで恐ろしいものでも見たかのように見開かれたままの目を見れば、尋常ではないことが起こっているとわかる。手のひらもぬるりとした赤い色に染まっていた。

 相澤は女性の視線の先を追った。

「この中か!」

 立ち上がり、女性トイレへ踏み込む。奥を覗き見た相澤が一瞬動きを止めた。

「どうしたの、ショウ?」

「来るな!」

 同じく覗き込もうと近寄ったユメコを、相澤が鋭く制した。

 目を見開いて硬直するユメコに、相澤は厳しい表情のまま言った。

「中は、血の海だ――入らないほうがいい。ユメコ……大声を出してすまなかった。誰か警察を呼んでくれないか」

 最後の部分は、周囲にも聞こえるように声を大きくしてあった。

 聞いていた何人かが、「ハイ!」と返事をして電話を探しに、あるいは自分の携帯電話を取りに走り出す。

 ユメコは、蒼白になった宗谷に目を向けた。

「香奈子さん……いったい何があったんです?」

 青年は腕の中の女性に震える声で訊いたが、女性はすでに気を失っていた――。



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