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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
2 第1変奏 純愛と殺意の二重奏(デュオ)
8/77

音楽と優しさと

「どういうことですか~ッ!」

 ユメコは叫んでいた。

 都内のブティックである。髪を丁寧に梳かされ、ふわりとした可愛らしい服を着せられていた。

「お嬢さまには、こういう清楚で可愛らしいものが似合いますね」

「腰が細いのですから、もうすこし絞ったもののほうがきれいなラインになりそうですね」

 とか言われながら、スタッフ数名に着せ替え人形にされていたのである。

「さあ、できました。とっても素適ですよ」

 営業スマイル抜きの、満足したようなスタッフの笑顔がユメコの目の前から移動すると、そこには大きな鏡があった。

 そこに映りこんでいる自分の姿に唖然とする。

 確かに、とてもきれいで可愛らしかった。

 白い生地がたっぷり使われたスカートの裾には繊細なレースが縫いつけられており、胸元と腰の部分はしっかりとした立体裁断で、ユメコの華奢な体の線をこの上なくきれいに魅せていた。

 肩口と腰の後ろには、艶やかな空色の細いリボンが幾重にも飾られており、ユメコの動きに合わせて愉しげに揺れていた。

「まさか、ビックリ鏡とかじゃないですよね? 虚偽きょぎが映る魔法の鏡とか」

 あまりの変わりように、ユメコ自身が疑いの目を向けたくらいの完璧な仕上がりだ。さきほど着ていたTシャツとスカートの姿とは全く違う。

 頬を染め、体を左右に動かし、ユメコは体をゆっくりと回してみた。

「――準備ができました」

 スタッフがそう言って、小部屋の仕切りカーテンを開いた。

 鏡に映っている自分の姿に、なんとも嬉しそうな笑顔になっていたユメコは、不意打ちを食らったように顔を一気に赤く染めた。

 その向こうには、椅子に座った美形がゆったりと座っていて、

「……ほぉ……」

 実に嬉しそうな、満足そうな笑顔でユメコの姿を見ていたのだ。

「やはり、俺様の目に狂いはなかったな」

 相澤はユメコに手を差し伸べた。

「よく似合う。とても綺麗だ」

 満面の笑みで誉められ、お礼を言おうと近づいたユメコの手を取り、相澤はユメコの体を引き寄せた。

「はわわっ」

 バランスを崩して倒れかかるユメコを抱きとめ、ふわりと自分の膝上に乗せる。

「所長……じゃない、ショウさん! 何するんですかッ。危ないです」

「しっかり抱いているから、問題ない」

 スタッフたちの目もあるのに、相澤はいたって平然としていた。耳まで真っ赤に染まっているのはユメコだけだ。

 それが、ものすごく腹が立つことだったりするわけだが。

「抱っこは、禁止です!」

 決然と言葉を発したが、こらえ切れなかったスタッフたちが一斉に小さく吹き出しているのに気づき、口を閉じた。

 確かにこれでは痴話ちわげんかみたいだ、周囲から見ると……。

 ユメコは赤くなった頬を自分の手で挟み込み、むにむにとマッサージした。

「血が少しでも引きますように」

「では、行こうか」

 相澤は立ち上がった。

 立ち上がってから、横抱きにしていたユメコを降ろし、床に真っ直ぐ立てるように手を貸す。

「立つ前に降ろせばいいじゃないですか」

 ぶつぶつとつぶやくユメコに、相澤は笑って言った。

「急がないと、コンサートが始まってしまうぞ」

「はっ」

 ユメコは弾かれたように顔を上げた。

「そうでした。間に合いますか?」

「いまなら大丈夫だ」

 ユメコの腰に腕をまわし、相澤は外へ出た。すぐ近くにコンサートホールがある。

ペシペシ!

 ユメコは腰にまわされている手を叩き払いながらも、急ぎ足で相澤とともにコンサートホールの正面入り口に向かった。



「エルガーの『エニグマ変奏曲』だ」

 スーツをいい具合に着崩した相澤が、隣に座るユメコに説明してくれていた。

「正式な名称は『独創主題による変奏曲』というんだ。ちなみに『エニグマ』とは『謎』のことだ。出版する際に附記されたらしい。実際、この変奏曲にはいくつもの謎があるんだぜ」

 音楽に関しては、相澤は実によくしゃべる。そういえば、ショウ自身、趣味が音楽鑑賞だとどこかで言っていた気がする。

 『相澤翔太』のマンションでも、クラシックからポピュラーミュージックまで、幅広い音楽が揃っていた。CD、レコード、果てはディスクオルゴールまであった。

 何故知っているかというと……いまそこに住んでいるからである。

「ひとりでは危険だから」

 相澤には、そう言われた。ユメコははじめ頑固に、

「そんな必要はありません」

と応えていたが、あの日曜の告白から二日後の夜、恐ろしい体験をしたからだ。

 深夜、何者かが学生寮のユメコの部屋に窓から侵入してきたのである。

 ベッドに寝ていたところに、不意打ちだった。悲鳴をあげることもできず口と鼻を押さえつけられたユメコだったが、窓から飛び込んできた相澤に間一髪助けられた。

 犯人は逃してしまった。

 というのも、あまりに突然の出来事に、ユメコが取り乱して泣いてしまったからだ。

 相澤にとってはユメコが最優先だったらしく、朝までずっと抱きしめてなぐさめてくれた。

 聞けば、心配だったのでずっと外で見守っていてくれていたのだという。

 ――それは一歩間違うとストーカーじゃないですか?

 とは思ったものの、見守ってくれていた判断は正しかった。相澤が待機していてくれなければ……ユメコはそのまま殺されていただろう。

 相澤の話によれば、おそらく相澤翔太とショウを殺した犯人に雇われた者だろう、ということだ。

 また狙ってくるに違いない、とも言われた。

 ユメコの部屋は学生アパートの一室だ。寮ではない。

 しばらく帰らなくても問題はないだろう。実家とのやりとりは携帯電話だったし、実家が九州なので、両親が上京してくることはほとんどなかった。

「しかし、あたしの部屋、3階なんですよ。犯人もですが、ショウもどういう運動能力の持ち主なんですか?」

 と、次の日に一応は突っ込みをいれたユメコであった。

 驚いたことに、ショウも相澤翔太も、超有名大学である東都学園大学の院生だという。

 幼なじみだったふたりは、そこでも交流があったわけだ。

 院生でありながら、私立探偵もしていたということか……。これもユメコが初めて知った事実だった。

 成績は優秀。だから今、ユメコの受験勉強をみてくれているというわけだ。

 その件では本当に感謝している。

 自分の膝の上に乗せて教えようとするところは困りものだが。

 そして、当初の約束どおり、同じマンションの一室で暮らしているのに手を出されることはなかった。

 これには、ショウを少なからず見直しているユメコであった。

「嫌がる女に無理強いはしない」

 というポリシーを貫いているらしい。

「俺様の魅力に気づいて許してくれたなら話は別だ」

 と付け加えてはいたが。

 頭の中でいろいろ思い出していたユメコに気づいていないのか、相澤は音楽について熱く語り続けていた。

「俺は、エルガーなら『愛の挨拶』がオススメだな。俺たちの結婚式には、この俺様自身がおまえの為だけにピアノを演奏して愛を捧げるよ」

「け、けけけ、結婚!?」

 物思いから覚め、耳に届いた突然の言葉に声が半オクターブほど跳ね上がった。

 そんなユメコの反応を、実に楽しそうなニヤニヤ笑いで相澤が見つめているのだった。

「ピアノでは、嫌か? ならばヴァイオリンでも構わないぞ? でも俺はピアノのほうが好きだな。『愛の挨拶』の曲は、エルガーの妻となったアリスという女性に贈られたものだ。その女性は、もともとエルガーのピアノ教室の教え子だったというし」

 ぴったりだと思わないか? と相澤はユメコに向けて訊いてくるのだった。

「それは、いまショウがあたしの家庭教師の先生だから、ということにかけていますか?」

「当たりだ」

 相澤は手を伸ばし、ユメコの頭を撫でた。

「髪、ぐちゃぐちゃになっちゃいます」

 頬をふくらませつつユメコは言ってやった。

 ここは二階席である。ステージがよく見渡せる席だった。

 隣接している他の席に客がいないので、相澤は遠慮がなかった――いても遠慮はないかもしれないが。

 そんなやりとりが交わされているうちに、客席は暗転し、かわりに明るく照らされたステージで、奏者の挨拶と、演奏が始まった。



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