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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第三楽章 つなぐ想いと魂のコンチェルト
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帰る場所

 多数の警官が到着したあと、屋敷の敷地内は大混乱になった。

 無理もない。ビルの屋上には現世らしからぬ屋敷が隠されており、おまけにその中庭には警察所有であるはずのヘリコプターが奇妙な姿勢で停まっていたのだ。ついでに、世界的な巨大企業Eクラウドグループのトップたちが警視庁の刑事ふたりに拘束されていたのだから。

「こりゃ、明日の新聞はずいぶんと賑やかなものになっちまうかなぁ」

 逢坂刑事が騒ぎを見ながら、楽しんでいるのだか困っているのだか、判然としない口調でつぶやいた。

 逢坂刑事と小宮、そして相澤とユメコは、騒ぎから少し離れた場所に立っていた。素足のままであったユメコは、相澤に抱き上げられている。

「え、だ、だいじょうぶでしょうか。だってあたし――」

 連行されていくシンジたちを見つめながら、ユメコは不安になってつぶやいた。

「心配ない、ユメコ。新聞に俺たちの名前は出させないさ。おまえの両親にまで迷惑をかけることはさせない。それに、両親へは俺から説明しておく」 

 相澤はのんびりと構えていた。その落ち着いた態度は、相応の行動力と自信から現れているものだ。

 ユメコは間近にある相澤の顔に視線を戻し、微笑みながらゆっくりと頷いた。

「うん。ありがとう、ショウ」

 相澤はユメコに微笑を返した後、逢坂刑事に向き直った。

「しかしまぁ、おかげで助かったぜ。始末書モンにならないよう俺のほうから手を回しておくから、貸し借りなしってことで」

「おまえ、っていうか、相澤コンツェルンのほうからの根回しだろうが。まぁったく、警視庁内で勢力ゴッコなんつーもん、やめてほしいんだがな」

 苦いものでも噛み潰したかのような面持ちで、逢坂刑事が言った。

「でもセンパイ、大事な家族があるんですから。甘えちゃったほうがいいですよ」

 小宮がいらぬ横槍を入れ、ハッと気づいて自分の口を押さえる。だが、普段なら怒鳴るはずの逢坂は無精ひげの目立つあごをさすり、小さく笑ったのみであった。

「まあ、そうかもな。大事なもんを抱えている身としては、あまり無茶できないってことだ。それでもやるときはやらんといかんが。……おい、小宮!」

「は、ははは、ハイ!」

「見直したぜ、おまえもやるときにはやるんだな」

「すす、すみませ……! え?」

 反射的に謝りかけた小宮は、想定外の逢坂刑事の言葉に目を白黒させた。

「なにかあっても責任は俺が取る。そう言っただろ、おまえは安心しとけ」

「あ、は、はい了解です」

「返事はハイ、だけでいい」

「はい!」

「あの。せ……センパイ」

「うん? なんだ?」

「――カッコイイです!」

「なっ、ばっかやろッ!」

「う、うわわわっ。すみませえぇぇえん!」

 そんなふたりの賑やかな遣り取りを眺め、ユメコはくすりと笑った。

「ゼッタイみんな、仲良しですよね。ね、ショウも――」

 言葉を続けかけたユメコは、ふと相澤の衣服に気づいて息を呑んだ。相も変わらず胸元まではだけているシャツのあちこちが、じわりと広がる血で赤黒く染まっていたのだ。

「し、ショウ! どうしたんですかそれッ?」

「ん? あ、あぁ、悪い。忘れていた」

「血が。ショウっ、降ろしてください、無理しないで」

 今にも泣き出しそうな顔のユメコに、相澤は笑った。

「とりあえず縫っておいた傷口が、ちょっと開いただけだ。問題ない、このあと病院へ行くから」

「問題ありまくりですよ!」

 叫ぶと同時に涙があふれ、ユメコは相澤の首に抱きついた。

「あぁ、本当にごめんなさい、ショウ。あたしのせいで……。怪我してるのにここまで助けに来てくれて」

「当たり前だ。おまえを失ったら、俺は生きていけない」

 その言葉に、ユメコはますますぎゅっと相澤の首にしがみついた。

「……傷なんてなかったことにできたらいいのに」

「ユメコ。本当に問題ないんだ。そら、見てみろ」

 相澤はユメコを片手で抱き支えたまま、器用に自分のシャツのボタンを外した。

 たちまち頬を熱くして何事か言いかけたユメコだったが、それを目の当たりにして驚き、相澤の傷を凝視した。いや――傷であった跡に。それも少しずつ、だが確実に閉じ、消えかけている。

「ユメコは自分が撃たれたとき、自分の肋骨の治癒が早いとは思わなかったか? おまえの力は、今までにもおまえ自身を護っていたはずだ」

 言われたユメコは、戸惑いながらも頷いた。

「確かに……小さな頃から怪我の治りが早いねって言われたこと、何度もありました。じゃあ今回、意識したことで、こんなふうに強くなったってことですか?」

「そうさ。ユメコは俺と同等か、それ以上に役立つ力を持っているってことだ」

「ショウみたいな力が、あたしにも……」

 その言葉がじわじわと胸に広がり、ユメコは表情を明るくした。

「つまりあたしも、ショウのお荷物じゃなくて、ショウを支えることができるってことなんですねっ?」

「荷物だなんて一度も思ったことはないぞ。ユメコがそばにいてくれることで、俺は強くなれるんだからな」

 それに――、と相澤は言葉を続けた。

「これでますますユメコは、俺様にとってかけがえのない、必要不可欠な女になったということだぜ」

「んもうっ! そんなのばっかり!」

 真っ赤になったユメコがこぶしを振り回し、相澤が「おっと」と言いながらかわして余裕げに笑う。

「今回の事件は、悪いことばかりではなかったということだな」

「そうですね。いろいろなことが、少しは良い方向へと変わることができたと思いますから」

 シンジのこと、姉との誤解のこと、東雲家と相澤家の因縁のこと、そして雅紀のこと――これで、良かったんですよね、きっと。

 ユメコは深く息を吸い、目を閉じた。

 相澤雅紀は、東都大学附属病院へ戻ることになっている。明日にはナツミと再会できるだろう――先ほど相澤の携帯端末(スマホ)で知らせたら、雅紀が無事なことをすごく喜んでいたのだ。

「ユメコ」

 呼びかけられ、ユメコは目を開いた。すぐそばに、いつもと変わらない微笑みがある。

「うん?」

「帰ろうか、家に」

「はい!」

「――それにしても」

 ふと思い出したように、相澤がちょっぴり残念そうにつぶやいた。

「本当に一発、殴ってやればよかったのにな」

「それは一度やっておいたから、もう必要ありません」

 腕の中の少女の返事に、相澤が目を見張る。

 ユメコはちいさく舌を出し、少しだけ笑った。



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