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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第三楽章 つなぐ想いと魂のコンチェルト
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継がれる想い、少女の力

「なんだい、僕を殴るつもり?」

 近づいてきたふたりに、シンジが挑戦的に訊いてきた。

 敵か味方か――どうしてそんなふうにしか考えられないのかな。ユメコは悲しみに目を伏せ、静かに首を振った。

「あなたたちがしてきたことは許せないけど、それよりも大事な用があるんです」

 ゆっくりと顔をあげ、ユメコは真っ直ぐに相手を見つめた。

「あなたは自分にかけられた理不尽な呪術を、解きたいんですよね。老いることも死ぬこともない自分を、終わらせたがっている」

 ユメコの真意を図りかねているのだろう、ふぅん、とシンジが鼻を鳴らす。

「つまり、君は僕を死なせてくれるって言いたいのか」

「はい、そうなります」

「……ゆ、ユメコさん!?」

「おい、嬢ちゃんッ?」

 小宮が驚きの声をあげ、逢坂刑事が目を剥いた。

 表情を変えなかったのは、相澤とシンジだけだ。いや、気絶して倒れたままのマモルも――。

 そのとき、マモルがカッと目を開いた。

 そのまま上体を跳ね上げるようにして起き上がり、ユメコの首を掴もうと腕を伸ばす。まるで獲物を狙う蛇のように怖ろしい勢いだ。

 思わず目を閉じたユメコだが、首にはなんの衝撃も訪れなかった。

 目を開くと、ユメコの首に届く寸前でマモルの腕は阻まれていた。その腕を掴んでいた相澤が、容赦のない力でねじり上げる。

「邪魔をせず、そのまま聞いていろ」

 低いがよく通る声で相澤が言うと、マモルも負けじと言い返した。

「なにを言う。その娘の力でシンジ様が――」

「黙って聞けと言っている」

 相澤の声音は、マモルを黙らせるに足るものであった。

「あなたにかけられた、あなたのお父さんからの呪術を『消去』します」

 シンジは動きを止め、驚いたようにユメコの顔を凝視した。

「そうすればあなたは、ひととしての寿命を取り戻すはずです。普通に生き、いつかそのときが訪れたら死ぬことになります。天寿として」

 話しながらも、ユメコは不安に締めつけられる胸が苦しかった。

 ――正直どうすればいいのか、わからない。けれどなんとかしなきゃ、誰も変われない。あたしにしか……できないのならば。

 ユメコは、決意した。

 目を伏せ、細く息を吸う。まぶたの裏に閉ざされた闇。心の闇、ひとの想いの闇――。自分の心の深く、深くを目指し、意識を沈ませていった。

 ――ショウの力は、ひとや想いを繋ぐ力。あたしの持っているという力を、あのひとの想いに繋ぎたいの。どうすればいいのか教えて……。

 心の声で囁くと、心地よいぬくもりに包まれた感じがした。おそらく、相澤がユメコの声を聴いて抱きしめてくれたのだろう。

「俺はここにいる。ユメコ、自分を信じて望むだけだ。あとは俺に任せろ」

 ――うん。

 聴こえてきた声に、素直に頷く。

 気がつくと、周囲の光景が変わっていた。闇ではない。数多(あまた)の色が筋となって一方向へと流れゆく世界。そのめまぐるしい光景のなかに、ひとりの少年が座りこんでいるのが見える。

 その背に、巨大なもりのようなものが刺さっていた。それが少年をこの場所に留めているのだ。

「時のクサビだ。古い力によるものだな。怨念と執心が呪術を形成しているんだ」

 相澤の声がする。

 あえて確認しなくても、ユメコは信じている。自分を支えてくれている相澤がそばにいてくれることに。

 そして他にも、淡色の髪と瞳をもつ、たおやかな女性の気配が自分の隣にあった。

 女性の抱えている想いが、ユメコの内にも流れ込んでくる。相澤の力だ。

 言葉に語り尽くせない、たくさんの想い。女性が一番強く感じていたのは、弟と家族を護らなければという決意。

 ――そう、誰が悪いわけでもなかった。みんな、自分の大切な者のために、一生懸命だったんだ……。

 ユメコは理解した。唇が震え、瞳と頬が熱くなる。涙があふれそうになった。

「誰も恨んでいない。どうしようもなくて、命と引き換えにしてでもみんなを守りたかった。そんなとき目の前に現れて、わたしに力を貸してくれたあのひとに……とても感謝しているの」

 そうつぶやいたのは、ユメコではない。

「ずっと一緒にいられなくなってしまって、ごめんね。そのために、こんなに長い間苦しませてしまって……」

 とても悲しそうな声は、残してしまうことになった弟に向けたもの。都を救うために儚くも犠牲になったその女性が、声なき声で想いを告げているのだ。

「あなただけでも幸せになってね。自分の人生を……どうか生きて、幸せに」

 相澤の『結合』の力によって導かれ、女性の気持ちがユメコに届く。

 ――伝わって、お姉さんの気持ち。時のクサビなんて、最初から必要なかったんです。だから消えて……呪いは『消去』されるべきなんです!

 ユメコの想いが、相澤の力に導かれて少年に届く。輝く光となって、きらきらと空間を渡る。

 少年をすっぽりと包み込んだ優しい光は、桜色だ。シンジの姉の名の由来であり、よく身に纏っていた色。その色が少年に刺さっていた巨大なもりを覆い尽くし、静かに消し去っていく。

 それを見届けた後、世界もまた変化していった。

 眩しすぎるほどにその世界が輝く光に満たされ、ユメコは意識の瞳を閉じた。

 次に瞳が捉えた光景は、涙にぼやけていた。

 (まばた)きをして涙を振り払うと視界が晴れ、目の前にシンジが立っていた。

 ユメコの顔を凝視したまま、滂沱の涙を流している。

「……ねえさん……」

 シンジはそうつぶやいたあと、くずおれるように地面にうずくまり、肩を震わせて泣いた。

「ユメコ。やり遂げたな」

 直接耳に届いた声に振り向き、見上げると、そこに優しく微笑む端正な顔があった。

「うん。ショウのおかげです」

 ユメコは頷き、にっこりと笑ってみせた。



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