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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
1 主題 Theme
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告白、公園にて

 夜の公園は、静かだった。

 小高い丘になっている場所にあるので、その向こうには都内の夜景が間近に迫るように広がっている。

 展望広場になっている手すりの傍にベンチがあった。相澤はユメコの体を座らせるようにそっと降ろした。

「足首、痛むか?」

 相澤がしゃがみ込んで足首の腫れ具合を診ながら、気遣わしげに訊いた。

 ユメコが慌てて首を横に振る。戸惑ったように相手を見上げて口を開いた。

「なんだかんだ言っても、優しいんですね」

 ユメコの素直な感想に、相澤が意外そうに目を見開く。

「何言ってんだ。俺様はいつでも優しい男だが?」

「――それって、何かの冗談か演技なんですか? 別の人間に見せかけているとか、別人格ですとか?」

 頬を膨らませるユメコに、真剣そのものの表情で相澤は言った。

「俺は相澤翔太じゃない。別の人間だ」

 立ち上がった男は夜風に流れた前髪を指で払い除け、言葉を続けた。

「だが、この体は相澤翔太のものだ」

 ドガッ!

「――寄らないでくださいッ。エイリアン、ど変態ッ! 痴漢!」

「おまっ! 言うに事欠いて何てこと言いやがる!」

 思わず繰り出されたユメコの無事なほうの足がすねに当たり、相手の男は顔をしかめた。

「こうなったら、おまえには真実を説明しておく。ただし――他では絶対にしゃべるな。他言無用だ」

 真剣な眼差しのまま、ベンチに座らされたユメコの前に立ち、視線を合わせてくる。

「う……わかりました。お約束します。ただし、ヘンなことすると大声で叫びますからそのつもりで」

 警戒心もあらわなその言葉に、男は疲れた表情になって長く息を吐いた。ユメコの隣にどっかりと腰を下ろし、おもむろに口を開く。

「俺の名は郷田翔平ごうだしょうへい。心霊探偵をしていた。そして相澤翔太の幼なじみだ」

「心霊探偵? ていうか、違う人がその体に入っているっていうんですか?」

「そうだ。……俺は殺された。たぶん翔太も同じだ」

 目をくユメコを手で制し、言葉を続ける。

「犯人については、今は言えない。確証を得るためにしばらく調べてみるからな。……ただ、これだけは言える。俺は犯人たちをゆるすつもりはない。犯人たちも――俺たちを見逃すことはないだろう」

「犯人の目星がついているのなら、どうして言えないのですか?」

 ユメコの疑問に、男は目を細め、夜空を見上げた。つられるように、ユメコも空に視線を向ける。

 都内の夜空は深夜近くになっても明るく、星の光は数えるほどしか見ることができなかった。

「あまりに知られている名前だからだ。聞くことで毎日が重くなるだろう。星のように……常に見えるものは気になるものさ」

 男は淡々と語った。

「だが、きっとその相手ともやりあうことになるだろう」

「あたしも関係あるということですか?」

 男はユメコに視線を戻した。その眼差しは肯定を語っていた。

「すでに敵には知られている。巻き込みたくなかったから、相澤翔太は昨日、おまえをすぐに帰したのだろうな」

「そういえば、所長は昨日、電話をしようとしていたあたしにすぐに帰るように促していた……」

「遺されたメッセージには、おまえの安全を案じていた気持ちも混じっていた。たぶん、死の間際に犯人から言われた言葉の中に、おまえの名前が挙がったのではないかと思う」

「遺されたメッセージって……?」

「現場の傍に残っていた魂の残滓ざんしだ。俺がこの体の記憶を読んだとき、死の間際の出来事だけが消えていた。だが、その残滓に残っていた、死の間際の感情そのものを受け取ることができた」

 ユメコはすぐ隣に座る男の瞳を見つめた。真剣な眼差しは、ふざけているようには思えなかった。

「話の内容は、すっごく信じがたいお話ですけど。でも……全て事実だと言うんですね?」

「そうだ」

「でも、死んだ人間が、どうしてその体に入ることができたんですか?」

「本人の了承を得て、契約を交わしたからだ。もともと有事の際にはそうしようと、翔太と俺で決めていたことだからな」

「――そんなことできるんですか?」

「普通はできないさ。ただ、俺たちはもともと普通じゃないからな」

「……わかりました。状況をかんがみても、事実だと納得できそうです。あまりに突飛で不思議な話ですが、その豹変ぶりといい、説明が他ではつきそうにありませんから」

「そのへんは意外に柔軟なんだな。他は意固地のクセに」

 ニヤッと笑って視線を流してきた男に、

「もうひとつ、ふたつ、訊きたいことがあります」

 ユメコは口調を強めて言葉を続けた。

「まずひとつ、これからあなたのことを、何て呼んだらいいんです?」

「そうだなぁ……。俺の本名は呼べないだろうから、『ショウ』で。それならどっちでも違和感ないから」

「ショウ……さん?」

 相澤翔太と、郷田翔平。確かに、愛称みたいに呼ぶならどちらでも違和感はない気がした。

「まあでも、忘れるなよ。周囲にはあくまで俺は相澤翔太ってことで通してくれ。それで、もうひとつの訊きたいことはなんだい?」

 ユメコはこほん、とひとつ咳払いをした。

「どうしてあたしが、あなたの女なんですか?」

「それは、だな」

 厳しい表情から一転、相澤はにこにこ笑いながら答えた。

「記憶を読むまでは、てっきり婚約者か彼女かと思ってたし。なんせ、深夜の病院へ駆けつけてくれる相手だぜ?」

 相澤は肩をくめた。そして自分は立ち上がり、ベンチに座ったままのユメコの上にかがみこんだ。

「わわわっ」

 相澤が軽々とユメコの体を横抱きに抱き上げる。

「――一目惚れしたのさ、この俺自身が」

 きっぱりと言い切られ、間近に顔を覗き込まれる。ユメコの心拍数が一気に跳ね上がった。

「あ、そ、それから、ひとつだけ言いたいことが」

 真っ赤になったユメコは、照れを隠すように勢い良く、ビシィッと相澤に人差し指を向けた。

 その指は目前に突き出されたので、相澤はちょっと顔を後ろに反らさなければならなかった。

「抱っこは、絶対禁止令ですから!」

 屹然と、ユメコが言い放った。

 相澤は爆笑した。だが、決してユメコを降ろそうとはしないのであった。



 その頃、相澤が搬送された病院では――。

「退院させた、だと?」

 低く問う男の声に、長谷川医師が深く何度も頭を下げていた。

「申し訳ありません。本人からの意思で。検査があるからと引き止めたのですが……。まさかあの相澤コンツェルンのご子息だとは思わなくて」

 その言葉に鋭い舌打ちをしたのは、上質なブランド物のスーツに身を包んだ男性だった。

「ふん……まぁいい。しばらく泳いでいてもらおうか」

 その男性は口の中でつぶやき、ククッと笑った……。



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