告白、公園にて
夜の公園は、静かだった。
小高い丘になっている場所にあるので、その向こうには都内の夜景が間近に迫るように広がっている。
展望広場になっている手すりの傍にベンチがあった。相澤はユメコの体を座らせるようにそっと降ろした。
「足首、痛むか?」
相澤がしゃがみ込んで足首の腫れ具合を診ながら、気遣わしげに訊いた。
ユメコが慌てて首を横に振る。戸惑ったように相手を見上げて口を開いた。
「なんだかんだ言っても、優しいんですね」
ユメコの素直な感想に、相澤が意外そうに目を見開く。
「何言ってんだ。俺様はいつでも優しい男だが?」
「――それって、何かの冗談か演技なんですか? 別の人間に見せかけているとか、別人格ですとか?」
頬を膨らませるユメコに、真剣そのものの表情で相澤は言った。
「俺は相澤翔太じゃない。別の人間だ」
立ち上がった男は夜風に流れた前髪を指で払い除け、言葉を続けた。
「だが、この体は相澤翔太のものだ」
ドガッ!
「――寄らないでくださいッ。エイリアン、ど変態ッ! 痴漢!」
「おまっ! 言うに事欠いて何てこと言いやがる!」
思わず繰り出されたユメコの無事なほうの足が脛に当たり、相手の男は顔をしかめた。
「こうなったら、おまえには真実を説明しておく。ただし――他では絶対に喋るな。他言無用だ」
真剣な眼差しのまま、ベンチに座らされたユメコの前に立ち、視線を合わせてくる。
「う……わかりました。お約束します。ただし、ヘンなことすると大声で叫びますからそのつもりで」
警戒心もあらわなその言葉に、男は疲れた表情になって長く息を吐いた。ユメコの隣にどっかりと腰を下ろし、おもむろに口を開く。
「俺の名は郷田翔平。心霊探偵をしていた。そして相澤翔太の幼なじみだ」
「心霊探偵? ていうか、違う人がその体に入っているっていうんですか?」
「そうだ。……俺は殺された。たぶん翔太も同じだ」
目を剥くユメコを手で制し、言葉を続ける。
「犯人については、今は言えない。確証を得るためにしばらく調べてみるからな。……ただ、これだけは言える。俺は犯人たちを赦すつもりはない。犯人たちも――俺たちを見逃すことはないだろう」
「犯人の目星がついているのなら、どうして言えないのですか?」
ユメコの疑問に、男は目を細め、夜空を見上げた。つられるように、ユメコも空に視線を向ける。
都内の夜空は深夜近くになっても明るく、星の光は数えるほどしか見ることができなかった。
「あまりに知られている名前だからだ。聞くことで毎日が重くなるだろう。星のように……常に見えるものは気になるものさ」
男は淡々と語った。
「だが、きっとその相手ともやりあうことになるだろう」
「あたしも関係あるということですか?」
男はユメコに視線を戻した。その眼差しは肯定を語っていた。
「すでに敵には知られている。巻き込みたくなかったから、相澤翔太は昨日、おまえをすぐに帰したのだろうな」
「そういえば、所長は昨日、電話をしようとしていたあたしにすぐに帰るように促していた……」
「遺されたメッセージには、おまえの安全を案じていた気持ちも混じっていた。たぶん、死の間際に犯人から言われた言葉の中に、おまえの名前が挙がったのではないかと思う」
「遺されたメッセージって……?」
「現場の傍に残っていた魂の残滓だ。俺がこの体の記憶を読んだとき、死の間際の出来事だけが消えていた。だが、その残滓に残っていた、死の間際の感情そのものを受け取ることができた」
ユメコはすぐ隣に座る男の瞳を見つめた。真剣な眼差しは、ふざけているようには思えなかった。
「話の内容は、すっごく信じがたいお話ですけど。でも……全て事実だと言うんですね?」
「そうだ」
「でも、死んだ人間が、どうしてその体に入ることができたんですか?」
「本人の了承を得て、契約を交わしたからだ。もともと有事の際にはそうしようと、翔太と俺で決めていたことだからな」
「――そんなことできるんですか?」
「普通はできないさ。ただ、俺たちはもともと普通じゃないからな」
「……わかりました。状況を鑑みても、事実だと納得できそうです。あまりに突飛で不思議な話ですが、その豹変ぶりといい、説明が他ではつきそうにありませんから」
「そのへんは意外に柔軟なんだな。他は意固地のクセに」
ニヤッと笑って視線を流してきた男に、
「もうひとつ、ふたつ、訊きたいことがあります」
ユメコは口調を強めて言葉を続けた。
「まずひとつ、これからあなたのことを、何て呼んだらいいんです?」
「そうだなぁ……。俺の本名は呼べないだろうから、『ショウ』で。それならどっちでも違和感ないから」
「ショウ……さん?」
相澤翔太と、郷田翔平。確かに、愛称みたいに呼ぶならどちらでも違和感はない気がした。
「まあでも、忘れるなよ。周囲にはあくまで俺は相澤翔太ってことで通してくれ。それで、もうひとつの訊きたいことはなんだい?」
ユメコはこほん、とひとつ咳払いをした。
「どうしてあたしが、あなたの女なんですか?」
「それは、だな」
厳しい表情から一転、相澤はにこにこ笑いながら答えた。
「記憶を読むまでは、てっきり婚約者か彼女かと思ってたし。なんせ、深夜の病院へ駆けつけてくれる相手だぜ?」
相澤は肩をくめた。そして自分は立ち上がり、ベンチに座ったままのユメコの上にかがみこんだ。
「わわわっ」
相澤が軽々とユメコの体を横抱きに抱き上げる。
「――一目惚れしたのさ、この俺自身が」
きっぱりと言い切られ、間近に顔を覗き込まれる。ユメコの心拍数が一気に跳ね上がった。
「あ、そ、それから、ひとつだけ言いたいことが」
真っ赤になったユメコは、照れを隠すように勢い良く、ビシィッと相澤に人差し指を向けた。
その指は目前に突き出されたので、相澤はちょっと顔を後ろに反らさなければならなかった。
「抱っこは、絶対禁止令ですから!」
屹然と、ユメコが言い放った。
相澤は爆笑した。だが、決してユメコを降ろそうとはしないのであった。
その頃、相澤が搬送された病院では――。
「退院させた、だと?」
低く問う男の声に、長谷川医師が深く何度も頭を下げていた。
「申し訳ありません。本人からの意思で。検査があるからと引き止めたのですが……。まさかあの相澤コンツェルンのご子息だとは思わなくて」
その言葉に鋭い舌打ちをしたのは、上質なブランド物のスーツに身を包んだ男性だった。
「ふん……まぁいい。しばらく泳いでいてもらおうか」
その男性は口の中でつぶやき、ククッと笑った……。