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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第三楽章 つなぐ想いと魂のコンチェルト
63/77

繋がり

「まず話しておきたいのは、あの病院の屋上からヘリに乗って逃げた連中が、どこの誰かってことだ」

「え、わかったんですかっ?」

 思わずユメコが身を乗り出す。

 だが、逢坂刑事は言葉を切ったまま数呼吸分ほど黙った。もったいぶっているわけではなく、ちょうど廊下を歩いてきた足音が完全に遠ざかるのを待っているようだ。

 それからおもむろに口を開き、言った。

「Eクラウドグループという巨大企業を知っているか? ヘリはそこの実質的なてっぺんにいる奴の、所有物らしい。そいつの一族はもともと第二次世界大戦前にあった東雲しののめ財閥から端を発しているんだが、その当主である東雲神事シンジというのが財閥の創設者という話だ。東雲財閥っていうのはその名のとおり、東雲家一族の独占的な出資からはじまり、グループ企業となった今でも親会社として、いろいろな産業で力のある子会社ら全ての経営権を保有しているんだが」

 シンジという名が語られたところで、ユメコがちいさく息を呑んだ。それに気づいているのかいないのか、その斜め向かいの席で小宮が首をひねっている。

「財閥って何でしたっけ? 先輩」

「まあ、財閥っちゅうのは、あれだ。第二次世界大戦のあとの経済民主化政策で解体されたやつだ。だが結局は再結集して、今みたいな大規模グループになっているのがいくつか残っている。要するに金持ちの連中ってことさ。――て、おい小宮、そのくらいのことも知らないで刑事やっているのか!」

「す、すみません。中学のときから『社会』ってやつはどうも性に合わなくて……ぶっちゃけ『理科』のほうが得意で、パソコンいじっていたほうが心が休まるんですよ。で、そのEクラウドグループというのは、えぇっと……要するに相澤コンツェルンと同じようなものですか」

「まあ、そういうことだ」

 逢坂刑事は苦い薬でも呑んだかのような顔で小宮を睨みつけたあと、話に戻った。

相澤アイツんとこの実家と、東雲の本家、もともとこのふたつの本家は京都にあったらしい。いつの時代から存在していたかは、俺は歴史家じゃあないし、詳しいことまでわからんが――」

 逢坂刑事が、手元のファイルを繰る手を止めた。

 ふたりにも見えるように差し出されたページには、様々な名字が並んでいる。

「なんですか、これ?」

 小宮が目をぱちくりさせた。

「本家や分家、一族の血を引く家の名前を書き綴った――まあいわゆる家系図みたいなもんだ」

「なんだか目が回りそうですね、先輩」

「小宮、おまえちょっと黙ってろ。……さて、嬢ちゃん。ここを見てくれ」

 逢坂刑事が指し示す箇所を、ユメコは身を乗り出して覗き込んだ。そこに書かれていた名前を見て、「え」と思わず声を上げてしまう。

「あたしの……おとうさんと同じ名前」

 そこに書かれていた文字は確かにユメコの父の名であった。

「黒川って……確かユメコさんの名前が『黒川夢子』ですよね」

 小宮も目を丸くしてファイルを見つめた。端っこのほうに書かれており、東雲一族から枝分かれした末端のひとつらしかった。つまり東雲を名乗るものたちと、遠縁に当たるということだ。父のところだけが『黒川』であり、母のほうの姓を名乗っていることをユメコは思い出した。

「じゃあユメコさんも財閥の……?」

「で、でも、あたしの家はお金持ちじゃありませんよ!」

 大真面目に声をあげたユメコに、逢坂刑事が思わずといった調子で笑い声をもらした。そして一転、真面目な表情になって口を開く。

「嬢ちゃんには悪いが――実はおまえさんとこの実家をいろいろ調べさせてもらった。あ……いや、勘違いしないでくれ。別に嬢ちゃんの親御さんたちがどうこうというわけじゃないぞ」

 不安そうな表情で瞳をあげた少女に、逢坂刑事は慌てて言葉を続けた。

「どちらかというと、嬢ちゃんを護るためなんだ。相澤のやつが知恵を貸してくれたり手を回したりして、警察(こっち)もようやくここまでたどりつくことができた。あの病院で襲ってきたふたりは、明らかに嬢ちゃんと因縁がある相手だ。そもそもあんな接触をしてくるなんて、普通じゃないぜ? 考えてもみろ。ヘリとか銃とか……ハリウッドじゃないんだ。あんな映画みたいな遣り取りが日常に転がっていてたまるかってんだ!」

 だんだん蒼白になっていくユメコの表情に気づき、逢坂刑事はオホンと咳払いをひとつした。

「ま、まあ何だ。奴らが嬢ちゃんの前に現れたのには、はっきりとした理由があったはずだ。それが、何かを確かめる目的があったのか、宣戦布告なのか、あるいは……」

「でも先輩、どうして今なんですか! ユメコさんが遠縁だの分家だのって、ずっと昔からなんでしょう? それにあれから何ヶ月も音沙汰なかったみたいじゃないですか」

 小宮が横から口を挟んだ。

「いろいろ状況が変わったから、ということもありえる。あるいは時期をうかがっているのかもしれん。……それに姿を見せなかったんじゃなくて、俺たちのほうが気づかなかったのかもしれんぞ。現に今、相澤のやつが戻ってこないっつう、普通じゃない状況になっているだろうが」

「ショウ……」

 ユメコは祈りのかたちに両手を握りしめ、視線を落とした。その目が、机に広げられたままであったファイルに向けられた。

「そういえば……刑事さん。『マモル』という名前は幾つもあるみたいですけど、『シンジ』というのはひとつしかないんですね」

「ん? あぁ、それは創設者の名前だな。他には、同じ名前が使われていないようだ。特別な名前なのかもしれんな。相澤が気にしていたふたつの名のうちのひとつだが――今の世代にはいないらしい。まだ俺たちが把握していない遠縁の者か、それこそ隠し子とか」

「確かに……いないですね」

 ユメコはファイルを覗き込んで、それらしい世代の場所に視線を何度も走らせたが、それらしい読みの漢字すら見つからなかった。

「あ、あの、ユメコさん」

「はい」

 おずおずとした小宮の呼びかけに、ユメコが顔をあげる。

「ユメコさん自身は、親戚のこととか全然知らなかったんですか? ご両親が里帰りするとか、なかったんでしょうか」

 そう訊かれて、ユメコは目を見開いた。

「そうですね……そういえばあたし、父のほうの親類のことはなにひとつ聞かされたことがないです。あたしが生まれたとき、父と母は実家とキッパリと縁を切ったらしくて……そもそも結婚も反対されていたとかで。『訊いちゃいけないことなんだ』って……なんとなく思っていました」

「子どもっつぅのは、親の態度に敏感だからな」

「さすが、今子育て真っ最中のイクメンパ――イテッ!」

「……それ以上無駄口たたいたら縫いつけるぞ」

 逢坂刑事は、冗談とは思えない目つきで後輩刑事を睨みつけ、ソファーから立ち上がった。  

「おい、小宮」

「は、はははは、はい」

「おまえはとにかく、嬢ちゃんを自宅まで送っていけ。きっちりと警護するんだぞ」

 涙目で脳天をさすっていた小宮の顔が、ぱっと明るく輝いた。

「はい先輩! 了解であります!」

「だから、返事は『ハイ』だけでいい。敬礼もいらん! ただし、いいか、家の前までだぞ。しっかり見張りますとか言って家の中まであがりこむなよ」

「め、めっそうもない!」

 赤くなったり青くなったり、忙しく顔色を変えつつ小宮が返事をした。

 ユメコは目の前での遣り取りにポカンとしていたが、ようやく我に返り、慌てて口を開いた。

「い、いえ。そこまでして頂くわけには。それにあたしやっぱり事務所とか大学とか、もう一度ショウを捜しにいきたいところが――」

「いいか嬢ちゃん」

 逢坂刑事は、後輩に対するよりは幾分穏やかな声音で、だが厳しい表情のまま言葉を続けた。

「相手が東雲財閥のやつだってんなら、この警視庁内でも安全じゃあないくらいだ。前回の事件みたいに、あっさりと揉み消すことができる連中だからな。だから外はもっと危険だろう。本当はコレより屈強そうなボディガードでもつけてやりたいところなんだが、そうもいかない状況だ」

 コレ、と言いつつ小宮を親指で示している。小宮が情けなさそうな顔になった。

 しょげ返る後輩に頓着せず、逢坂刑事は言葉を続けた。

「俺のほうの調べものと準備が終わるまで、自宅待機しててくれ。合流したら、さっそく本腰入れて捜索といこうじゃないか」

「え……それじゃあ」

 ユメコの顔が輝く。

「分かりました! 待ってます」

「よっしゃ、そういうことだ。――ん? どうした小宮、気合入れろッ! 送り届けたら、マンションの周りでしっかり見張っていろよ。不審人物が進入しないように……そうだな、空のヘリにも注意しておけよ」

「だったら自宅内で待機していたほうが……い、いえ。な、なんでもないデス。わかりました」

「よろしくお願いします」

 ぴょこんと頭を下げるユメコに、背筋をまっすぐに伸ばした小宮はしゃっちょこばった動きになり、慌てて最敬礼を返したのであった。




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