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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
1 主題 Theme
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夜の街で

 容赦のない力で髪を引かれ、首がのけぞる。動きの止まったユメコの腕を、他のふたりが押さえつけた。

 前方に回り込んだもうひとりは、ユメコの顎をつかんでグイと持ち上げた。

「可愛いねぇ、お嬢ちゃん……俺たちと一緒に遊んでくれないかな」

「はなして!」

 覗き込まれた顔を背け、ユメコは大声を出した。

「いいねぇ。慰めてもらおうかねぇ」

 男たちは下卑げびた笑い声をあげた。

「いやァッ」

 ユメコが悲鳴をあげると同時に鈍い音がして、目の前にいた男が吹っ飛んだ。

 目を見開いたユメコの前に立っていたのは、相澤だった。

「そいつは俺様の女だ。きたねェ手を放してもらおうか」

 美形がすごむと、すさまじい迫力があった。ユメコの腕を捕らえていた男たちから、ヒィッと息を呑む音が聞こえる。

 背筋を伸ばした相澤が、堂々と男たちを睨み渡す。

 思わず惚れてしまうほどに格好いい登場っぷりだった。

「……って、待ってくださいよ! さりげなく『俺の女』とか言ってましたかっ?」

 前言撤回させていただきます――ユメコは思った。が、ドンと背中を突かれて壁に叩きつけられる。

「きゃっ!」

 男たちはユメコを押し倒し、隠し持っていたナイフを取り出した。振り返り、現れたばかりの男に向ける。

 コンクリートに激突したユメコだったが、地面に倒れたまま顔を上げた。目の前の相澤の立ち回りから目が離せなかった。

 ビュン!

 横に振られたナイフを、相澤は腰に手を当てたまま微動だにせずに眺めていた。

 ナイフはかすりもせずに通り過ぎた。はったりだと見抜いていたようだ。

「弱い奴ほど刃物を振り回したりするもんだ」

 揶揄やゆするように言葉を紡ぐ。端正な顔に現れたのは、冷笑。

「なにをぉ!」

 ごろつきがいきどおった。今度は、ダンと大きく踏み込んでナイフを横にぐ。

 だが、切り裂いたのはただの空――。

 一瞬後、男は腹を蹴り上げられて空中に浮いていた。苦悶に顔を歪め、地面にドサリと落ちる。

「……所長、なんでそんなに強いんですか」

 ユメコの目にも、相澤の動きがはっきりと見えなかった。体をひねってナイフをかわしたところから、何が起こったのか……。

「動きを大きく見せて威嚇し、相手に自分の実力以上の認識を与える」

 腰に手を当てたまま、相澤は言葉を続けた。

「そんな子供だましは、この俺様には通用しないぜ」

 つまり、男ひとりを沈めるのに手は使わず、足のみでやってのけた、ということだ。

「――のヤロウ!」

 ナイフを手に真っ直ぐ突っ込んできた男の手を叩き、次いでその顎を蹴り上げる。何かが砕ける鈍い音が聞こえた。

 ナイフが地面に落ちる甲高い音が響く。

 舌打ちをした残るふたりが、同時に相澤に突っ込んだ。

「ケンカで俺様が負けるかよッ!」

 低く言い放ち、相澤が一歩を踏み込む。拳を突き出してひとりの鳩尾みぞおちにめり込ませ、さらに踏み込んで最後の一歩の距離を詰める。

 まだ立っていた男の体が、腹にその蹴りを食らって背後に二メートルは飛んだ。

 地面に落下し、男が声もなく気絶する。

 ユメコは目をしばたたかせた。気がつくと、男たちはひとり残らず地面に倒れ伏していたのだ。

 相澤の動きは、流れるように隙のない見事なものだった。自分の目で見ていなかったら、とても信じられなかっただろう。

 相澤の圧勝だった。

「大丈夫か、立てるか?」

 そう言って、ポカンと放心したままのユメコの前にかがみこみ、手を差し伸べてきた。

「あ、た、助けてくれて、その……ありがとうございます」

「素直に礼を言われると嬉しいな。女は素直が可愛いぜ」

 そう言った相澤に、ユメコは半眼になった。

「やっぱり、ひ、ひとりで立てます!」

 意固地になって言い、片膝を立てて勢い良く立ち上がった。

 ……つもりだった。

「イタッ!」

 だが、突き飛ばされたときにひねったのか、右足に鈍い痛みが走り、バランスを崩して倒れかかってしまう。

 そのユメコの体を、相澤が優しく抱きとめた。

「はっ、放してくださいっ」

 驚いて声をあげるユメコの背に、相澤の腕がまわされた。

「それはできないな。……もう無茶はするな、心配した」

 耳元で聞こえる声に、ユメコは暴れるのをやめた。何だか、とても心に響く言葉だった。

 だが、次の言葉にまた暴れてやろうかと思ってしまう。

「おまえは俺様の大切な女だからな」

 ポカッ。

「イテテ……殴るな!」

「それ以上不謹慎な言葉を続けるようでしたら、殴ります!」

「もう殴っているだろう」

 至近距離からの拳の連打に顔をしかめながらも、相澤はユメコを放さなかった。

 ひょいとユメコの膝裏に腕を差し入れ、横抱きにして立ち上がる。

「さて、行こうか」

「うわっ、歩きますから降ろしてっ」

「足、怪我してんだろ」

「せめて背負ってください」

「嫌だ。俺様はこうしたいんだ」

 ふたりの遣り取りは、まるで子どものケンカのようだった。

 人通りの多い夜の街を歩いている。通りには、すでに酒で顔を赤くした人々が多く行き交っているのであった。

 すれ違うひとたちからはやされ、口笛を吹かれたりした。「いいなぁ~」とOL風の女性の集団からも声が聞こえてきた。

「は……し、所長は恥ずかしくないんですか?」

「何がだ?」

 本当に意味を図りかねているようで、端正な顔を歪めて相澤は首をひねった。

「こうしていないと逃げてしまうかもしれないし、足に怪我もしているだろう?」

 それは正論だった。けれど、抱っこにする理由がわかりませんけれど――つぶやいたユメコが頬を膨らませる。

「それで、きちんと説明はしていただけるんですか?」

「ああ」

 相澤は頷いた。

 ユメコが次に怒鳴りつけようと思っていた言葉を呑む。真剣な面持ちのまま、相澤は言葉を続けた。

「おまえには話しておく。聞けば後戻りはできなくなると思うが、いいのだな。命の危険もつきまとうかもしれないぞ」

 思いもかけない言葉に、ユメコは目を見開いた。

「命の、危険?」

 穏やかな話ではない。

「まあ、何が起こっても放り出す気はないから、それは安心しておけ」

 相澤は少し笑った。そして、腕の中のユメコの瞳の真っ直ぐに見つめて言葉を続けた。

「おまえは俺がまもる、必ず」

 この上もなく、真剣な表情だった。その瞳の力に気圧けおされたように、ユメコは思わずこくんと頷いた。



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