兄と妹
呆気にとられたように動きを止めていた小宮だったが、同じようにポカンとした顔になっているユメコに気づき、我に返ったらしい。
「べ、別におまえに会いにきたわけじゃないッ! たまたまここを通りがかっただけだ!」
つっかえながらも顔を真っ赤にして力説し、傍に立っているふたりに顔を向けた。
助けを求められるような視線を感じ、ユメコが慌てて口を開く。
「え? あ、は、はい。そうです、あたしたち小宮さんにパソコンのお買い物に付き合っていただいて――」
「パソコンの?」
「詳しいということで、俺が頼んだ」
面白がっているような口調で、相澤が割って入った。メイド服の女の子は、目線を小柄なユメコから上へと視線を移動させ……わお、と口を丸く開いた。瞳を輝かせて相澤の顔を見ている。再び手にしているポケットティッシュを握り締めたので、あれはもう配るのに使えないんじゃないだろうか、とユメコは心配になってしまう。
「眼福、眼福。うむうむ。にしても何だかすっごい組み合わせね、お兄ちゃん。あ、なるるー。もしかしてさ、この人たちがお兄ちゃんの話してた――」
「わーわーわーっ!」
慌てて両手を振り回し、その手にしていた紙袋に気づいて慌てて後ろに回し隠し……小宮はコホンと咳払いをした。耳まで赤くなっている。彼はつっかえながらも早口で言った。
「さ、さあ、行きましょうか。ランチの時間が終わっちまいますよ!」
聞きとがめた少女がじろりと兄の目を見て、腰に手を当てて威圧的に尋ねた。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「お前には関係ないだろ!」
「何よその言い方ッ! だいたいね、どこに行く気なの? ランチってあの店のこと言ってんのなら、通りが違うわよ?」
「え、ここじゃないのか?」
「ほらやっぱり! お兄ちゃんはいっつも迷うじゃない。それで付き合うカノジョことごとく幻滅させてフラれてばっかりなのにッ!」
「な、なななな何てこと言うんだおまえッ!」
いがみ合う兄妹を目の前に、争い事を好まないユメコがハラハラした表情のまま相澤を見上げた。
他でもないユメコが気にかけているというのであれば、この事態を放っておくわけにはいかないと思ったのだろう、相澤が妥当な提案をした――そろそろ周囲の視線も気になってきたことだし。
「案内してくれるのなら、一緒に行くか? そのバイトはいつ終わるんだ」
それを聞いたユメコは嬉しそうに目を輝かせた。相澤の腕に飛びつくようにからだを寄せ、笑顔で長身を見上げる。
「ショウ、それって素敵なアイディアです! ね、小宮刑事さん、せっかく妹さんにお会いしたんですもの。おふたりご一緒にいかがですか?」
「ちょっ、ま、待ってくださいよ! こいつ一緒じゃ迷惑を――」
慌てたように首を振る小宮だったが。
「うわぁあああぁっ。行く行く、行きまっす! やった楽しそう! バイトはもうすぐ交代なんだ。そろそろ戻らなきゃってタイミングだったから!」
妹のほうはピョンと飛び上がって嬉しそうな声をあげた。白黒の服のひらひらが元気に揺れる。ダッとばかりに駆け出し、すぐに立ち止まって振り返る。
「そだ! 言い忘れてたけど、あたしナツミ、よっろしくぅ!」
「あ、あたしユメコと言います!」
慌ててユメコが名乗り返したが、その頃にはすでに女の子は建物の角を曲がっていた。
相澤は、少女たちが楽しそうに会話をしている様子を後方から眺めていた。
相手の少女は高校二年生――ユメコより年下であるが、物怖じしないタイプであるようだ。
「へぇぇ、ユメコちゃんっていうの? 東都学園大学だなんて、すっごいねぇ。赤色の門があって、すぐ隣に病院があるところでしょ? 観光ガイドにも載ってるし、日本でもいっちばんすごい大学だって聞いたよ。頭いいんだぁ。あたしなんか逆立ちしたって、ぜえぇぇったい無理!」
「いえっ、そんな。ショウが教えてくれたから、あたしでも何とか受かったかなって感じで」
「そうなんだ? 彼氏もあったまいいんだぁ。カッコいいよねぇ、ユメコちゃんの彼氏。こりゃ、お兄ちゃんじゃ勝ち目なさそうだなぁ」
「え?」
「ん? あ、ううん。何でもないんだ、気にしないで」
アハハハハ、と声をあげてナツミが笑い、ユメコが首を捻りつつ曖昧な微笑みを返している。
そんな光景を、ハラハラとした面持ちで小宮が眺めていた。
「あまり似ていない兄妹なんだな」
相澤は言った。一行はナツミの案内で、美味しいランチがあるという店目指して歩いているのである。
「よく言われます。あいつは母親似なんですよ。俺からしてみれば、最近はぜんっぜん可愛くなくなっちまって」
小宮はガックリと肩を落として言葉を続けた。
「小さい頃には、悩みとかもよく話してくれてたんですけどねぇ……。おにいちゃん、おにいちゃん、と呼びながら後ろをくっついて歩いて――あぁ、あの頃はよかったなぁ」
「なるほどな。まあ、俺には妹がいないから分からんが」
適当に相槌を打っていた相澤の前で、ユメコたちが立ち止まった。
「ここだよ。昔っからあるお店で、そんな広くないように見えるけど奥は広いよ。それに、ランチの定食がすっごく美味しいの!」
ナツミが力説し、その楽しげな様子にユメコがにこにこと笑いながら頷いている。駅に着いたときに見せた不安そうな様子は微塵もない。
「それだけでも、来た甲斐があったというものだな」
「え、何か言いました? あ、もうけっこう並んでいますね。さっさと僕たちも列に並びま――」
小走りになりかけた小宮の歩みが、はたと止まった。凍りついた、というべきか。
何故なら……。
「こ、小宮? こんなところで何していやがる!?」
「せせせせ、先輩っ!?」
店の入り口でばったり鉢合せしたのは、休暇中のはずの逢坂刑事だったのだ。
「相澤、なんでおまえこんなところにいるッ?」
「まあ、刑事さん!」
野太い声と可愛らしい声の、奇妙な二重奏が響く。顔をしかめた相澤だったが、すぐにニヤリと楽しそうな笑みになる。
逢坂刑事が独りではなかったからだ。その隣には、落ち着いた印象の女性がいる。いつも仏頂面の刑事が小粋なシャツを着て、顔を赤くして焦っている様子を眺める経験など、滅多にないのだから。




