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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
第二楽章 メイドと菓子のコンチェルト
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願っていること

 初めてその光景を目にしたユメコは驚いたものだが、相澤や小宮の話だと、これでもかなり穏やかな普通の街並みへと変わっているらしい。以前の街の様子を知っているふたりによれば、駅の周辺の眺めは変わっていても、この一本入った通りには昔の面影が残っているということだった。

 きっちりと区切られているいくつもの小さな店舗。それぞれの店は工夫を凝らし、これでもかというほどに数多くの商品を並べ、コンテナ箱に詰め込み、棚や壁面を駆使して横にも縦にもずらりと陳列している。

 何に使うのやら素人にはさっぱり判別つかないような部品、意味ありげな剥き出しの基盤、どこかで見たようだけれど国産ではなく海外表記のついた箱に収められた妖しげな玩具ばかりが目に映る。そして、それらすべての驚くほどに多彩で雑多な品々が、いかなる手腕によるものなのか、ごちゃまぜに雑ざることなく分別され整理されている様は、ある種不思議な感動を呼び起こすものであった。

 丁寧に見ていくと疲れてしまうほどに豊富な品数だが、いつのまにか宝探しをしているような気になって、ユメコのようにまるで興味のなかった素人であってもわくわくしてくる光景が続いているのであった。

「うわぁ! なんだかよく分からないものばかりですけど、見て回るのはとっても楽しいですね」

 ユメコは素直に喜んでいた。緑の板に微細な黒と銀の部品が張り付いている剥き出しの基盤をみて、これがコンピュータの中にあるんですか、細かなものなのですね、きれいですねぇ、と感心して声をあげる。

「大量にメーカー側から買い付けてごっそり卸してきますからね、掘り出し物もあったりするんですよ。観光で来た人たちが、それに出会えるのはそれこそ運、なかなかないんですけど」

 小宮がいきいきと弾んだ声になり、ユメコが覗き込んだものについてあれこれと説明しながら、同時に必要なものについても相澤に語っている。

 相澤のほうも、ほぅ、とか、そうだな、とか相槌を打ちながら、3人で店を回っていった。

「このお店、すごいですね。キーボードばかり、こんなにいっぱい」

「どれもたいして違わない気がするが」

「いえ、違いますよ! やはり自分に合ったものが一番ですから。なんせパソコンと自分を繋ぐ架け橋、妥協はいけません! やはりこう、指で叩いたときカタカタカタ、と気持ち良く鳴るヤツが僕は好きです! 押したときの、この感触、この音。ああ、これなんかはお勧めですねぇ――」

 小宮はポカンとしたユメコの表情に気づいたのか、顔を赤らめ、こほんと咳をひとつした。

「あ……いや、し、失礼しました。自分に合うものを使えば、肩がこるのも軽減されますよ、ということで」

「なるほど、そうなんですね。では、どれにしましょうか。え、えぇっとぉ……」

「キーボードは無理に選ばなくても、今使っているものでもいいんだぞ」

「あ、そ、そうですね」

 ユメコが眼を回したように瞳をぐるりとさせたので、相澤が吹き出すように笑った。

 そんな遣り取りをしながら店を巡り、1時間ほどで必要なパーツが揃った。

「すっかり世話になったな」

 同世代ということもあってか、小宮と打ち解けたような態度で相澤が礼を言った。その様子を見て、ユメコは安堵したように微笑んでいる。

 大学を卒業し、特に親しい友人も居ないショウ――考えてみれば当たり前の状況であることに、ユメコは気づいていた。一度殺されてしまったことで、過去の自分が構築してきた人生という環境をすべて失ってしまっているのだから。

 小宮刑事がもっと親しい友人になれば、ショウにとって心情的にプラスになるのではないか――。おせっかいとは思いながらも、このままもっとふたりには話をしてもらいたい、友達になってくれればいいなとユメコは願っているのであった。

 だからこのまま「では、さようなら」となってしまうのは、あまりにも惜しいのだ。ユメコは急ぎ、考えを巡らせた。

 腕に巻いているちいさな時計を見て、「あ」と声をあげる。

「そういえば、もうお昼をまわっていますね。おふたりとも、おなか空いていませんか?」

「ああ、そうだな」

 相澤は頷き、まだパソコンのパーツを並べている店先を熱心に覘いていた小宮に向き直って言葉を続けた。

「このあたりでうまい店を知らないか? もしよければ昼飯を一緒にどうだ。手伝ってもらった礼も兼ねて――」

 言いかける相澤に、慌てて顔の前に手を挙げて、小宮が応えかけた。

「えっ、いえそんな――でも」

 断ろうとした様子の小宮であった。けれど、視線を感じたらしくユメコに眼を向け……うぅ、と言葉に詰まる。

「え、えっと……いいんですか? たいしたことはしていませんが」

「充分に助かったぞ」

 相澤がニヤリと微笑んだ。

「まさか、礼もさせてくれない気ではあるまいな」

「では、ご一緒させていただきます!」

 小宮は思わず敬礼をしかけ、途中で気付いて半端な位置であげかけた手を止めた。

「これはどうも。……なんだか逢坂おうさか先輩に似ていたから、つい」

 その言葉に、相澤はさも嫌そうな渋面になってしまう。今度はユメコが吹き出した。

「噂をしていたら、ばったり逢いそうな気がしそうで嫌なんだが……」

 相澤が言ったとき、小宮が硬直した。ユメコの背後を見ている。

「え、まさか本当に――」

 ユメコは振り返った。だが、そこに居たのは……。

「おにぃぃぃちゃんっ!」

 ひらりとひるがえった白いフリルの裾、黒いワンピースに白エプロン、長い髪はふたつに分けて結い上げてあるツインテール、そして白黒ひらひらメイド服の可愛らしい女の子が立っていたのだ。

 ダン! とばかりにアスファルトを踏み鳴らし、手にしていたチラシつきポケットティッシュを握りしめ、眉をキリリと釣り上げている。

 決して逢坂刑事ではない。当たり前だが。

「なんでまたこんなトコほっつき歩いてんのよッ! 来ないでって言ったでしょ!? 恥ずかしいっ」


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