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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
新曲2 第一楽章 うさぎと時計のコンチェルト
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見つけた証拠

 恐る恐る開いたドアだったが、中は静まり返っていた。誰もいない。

「あれ……ショウ?」

 声を潜めて呼んでみたが、足元にピンク色に光っているうさぎの幻影がいるので、部屋は隅まで見渡せた。間違いなく誰もいなかった。

 うさぎが動いた。ひとつ跳ねるように移動すると、ドアを入ってすぐ、ユメコがいま立っている右側の壁の前で止まった。

「先輩、ですよね……ここに何かあるんですか。って、あ――」

 ユメコの目が、開いたままの棚を見つけた。うさぎが床で跳ねたので、自然にそちらに視線が移動した。

 そこには、見覚えのある携帯端末スマホが落ちていた。拾い上げ、手の中でひっくり返してみる。最新のモデルだ。相澤の持っていたものと同じ――。

「どういうことなの……ショウ?」

 心臓が、どくんと鳴った。

 ――何かあったというの? 隙のない普段のショウなら、大事なものを落としたまま気付かないはずがないのに。

 うさぎはまたもぴょんと跳ねて注意を引き、今度は一番下の棚に入り込んだ。

「何かある、のかな」

 ユメコはその棚を覗き込んだ。隅のほうに、何かがあった。シルエットのようなうさぎの放つ光を受けて、きらりと輝いた――金属製の、針のようなものだ。

 手を伸ばそうとして、ユメコは逡巡した。一度手を引っ込め、ワンピースのちいさなポケットから、白いハンカチを出した。そのハンカチで包み込むようにして、落ちていたものを拾い上げた。

 目の前に持ってきて、うさぎの放つ光の中で覗き込む。

「これって――注射針?」

 それは、採血針だった。

 ――このうさぎさんって、きっと先輩だよね。先輩が指し示したものなら、きっと証拠になるものに違いない。警察に渡して……。

「あっ、そうだ、刑事さん!」

 ――すっかり忘れていたわけでは……いや、正直忘れていたんだけど――ごめんなさい。

 今すぐ戻れば合流できるかもしれない。

 ユメコは立ち上がり、ハンカチに包んだ針をポケットに入れ、携帯端末スマホは胸元に入れた。ワンピースのポケットは薄く、飾りのようなもので、そもそも物を入れるようには縫われていないのだった。

 車にポシェットを置いてきたのが悔やまれた。

「とりあえず、戻らなきゃ」

 ユメコはドアを開いた。廊下に出たところで、誰かとぶつかった。

「キャアァ!」

 思わずあげた悲鳴に、相手も驚いたようだ。一瞬相澤かと思ったが……やっぱり違う!

 黒いスーツ、黒い覆面で顔の下半分を隠した男が、ユメコの右腕をガッチリと掴んだ。

「いやッ!」

 ユメコは思わず左手を相手の顔に突き出した。そこには、サンダルが握られたままだった。

 眼球を強かに打ちつけられた男の力が緩み、ユメコは掴まれていた腕から男の手を振りほどいた。サンダルを男に投げつけ、同時に霊安室の扉に向かって駆け出した。

「クッ」

 男は瞳に力を込め、少女の背を睨みつけた。

 だが、ユメコは立ち止まらず、扉を押し開けて地下の廊下に飛び出した。

「なッ……効かぬだと」

 男が焦ったように呟き、すぐに少女の後を追って走りはじめた。

 ユメコは来た道を戻っていた。つまり、ボイラー室の扉を目指して。

 うさぎはいつの間にか足元から消えていた。

 それに気づいたユメコが背後を振り返ると、後方にあった扉の前で止まっているのが目に入った。

「あっ。ボイラー室、通り過ぎちゃったんだ……」

 ユメコは戻ろうとしたが、剖検室のある角から黒ずくめの男が駆けてくるのを目にして、慌ててさらに前に向かって走った。

 だが。

「い、行き止まり! そんな……」

 廊下は終わっていた。ユメコの胸はどきどきとうるさいくらいに鳴っている。

 ――ど、どうしよう……ショウ!

 視線を彷徨わせたユメコは、左の壁に別の金属製のドアがあることに気づいた。上にあるのは、『非常口』と書かれた緑と白のピクトグラム。

 ユメコはドアを引き開けた。照明の灯った、階段があった。

 背後に迫る足音に、慌てて中に入り、上へと続いていた階段を必死で駆け上がる。一階の表示の横で、同じような扉を見つけて引いてみたが、開かなかった。

 ユメコは追いかけてくる足音に震えながら、さらに階段を必死で駆け上っていった……。



 相澤は六階でエレベーターを降りた。

 フロアの表示の一部に『脳外科』とある。

 あの追っ手はおそらく、長谷川という医師がどこかへ連絡したから現れたに違いない。相澤はそう考えていた。

 血液を必要としていたのならば、必ず受け取る側の存在があるはずだ。かなり珍しい血液型だから、調べれば分かりそうだが、とりあえず今やらなければならないことは――長谷川の身の確保だ。

「ああいう気の弱そうな者は、口封じとして殺される可能性もあるからな」

 どんな相手でも、死を見過ごす訳にはいかない。それに、ユメコの先輩である恵美の魂のこともある。このまま実行犯だけが消されてしまったら……永遠に浮かばれないままになってしまう。

 事故に遭ったというその状況すら、仕組まれたものかもしれない。事実を突き止めなければならなかった。

 とにかく長谷川は警察に引き渡し、保護してもらう必要がある。ユメコは――もう逢坂刑事に合流できたのだろうか。連絡手段がないので、状況を見極めつつ行動するしかない。

 長谷川はすぐに見つかった。廊下に急ぎ足で出てきたところに出くわしたのだ。

「なッ」

 相澤の姿を見た長谷川が、びくりと動きを止める。口を開き、ぱくぱくさせた。

「――生きていて驚いた、か?」

 相澤は周囲の待合廊下で座っている患者たちを気にせず、長谷川が言いたかったであろう言葉をストレートに代弁してやった。

 患者たちが目を丸くしてふたりに注目した。

「な、何を言い出すんだね君は。け、警察を呼ぶぞ」

「呼んでくれて構わない。むしろ、呼んでくれたほうがいい」

 平然と言い放った相澤に、長谷川は明らかに動揺した態度を隠せなかった。

「ぐっ……こ、こっちへ来てくれないか」

 長谷川は上擦った声で言い、診察室が並ぶ廊下の奥へ相澤を案内した。

 そこは、医療関係者たちが使う階段や販売機があるホールになっていた。




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