夕刻の商店街
もうすぐ夕暮れだった。
ユメコはぐすぐすと鼻を鳴らしながら、当てもなく街を歩き続けていた。
あの後図書館へ行ったが、受験のための参考書を手にしても集中できず、頭に浮かぶのは相澤所長のことばかりだった。
「考えても考えても、何が起こったのかぜんぜんわからないよ……」
真夜中の電話。
病院に行くと、そこにはバイトしていた私立探偵事務所の相澤所長が意識不明で搬送されていた。
ほどなく目を開いた相澤だったが、それまでとは全く変わった別の人格としか思えないほどに変わっていた……。
「別の人格……か」
つぶやいて顔を上げたとき、夕方の商店街の賑わいのなかの相澤の姿が目に入った。
「うわっ」
小さな声で叫びつつ、ユメコは慌てて道の端に寄った。携帯電話を陳列した棚の後ろに隠れ、様子を窺う。
相澤は長身を活かして周囲を見回しつつ、歩いていた。
誰かを探しているようにしか思えない動きである。
「もしかして、あたしを探してくれているの?」
そんな考えが脳裏に浮かび、ユメコは唇を噛んだ。
「……どうしよう……」
――出て行くべきか、このまま隠れているべきか。
ただ、どちらにしても、本当のことが知りたかった――この異常事態の真実を。
相変わらず眼光は鋭いままだし、シャツの着方もいい加減だし、足を持て余し気味に大股に歩いていて、背筋も伸びていて、堂々としてみえる。
そう、今の相澤は格好よかった。端正な顔立ちに、野性味がプラスされたといえばピッタリだろうか。
美男子が人探し気味に歩いているのである。
ユメコが物陰から見ていた僅かな時間だけでも、周囲を通り過ぎる女の子たちから「キャー」とか叫ばれたり、声をかけられたりしている。
「むむぅ」
と、ちょっと腹が立ってしまい視線を逸らしてしまうユメコの乙女心だが、そんな気持ちは不要だった。相澤はそんな女の子たちに見向きもせず、ただひたすらに周囲を見回して歩き続けていたのだ。
落ち着いたユメコが視線を戻すと、相澤はすぐ傍まで近づいていた。
「あ」
「わ」
ユメコと相澤、ふたり同時にお互いに気づいた。
「…………ッ!」
ユメコは身を翻した。ダッとばかりに駆け出す。
「ちょっと待てよ!」
相澤が声を張りあげ、追うために走り出す。
「嫌です!」
「俺様のどこが気に入らないっていうんだ!」
「そういう意味じゃないです!」
「じゃあなんだよ!」
「きちんと真実を話してくれないと駄目です!」
ふたりは全力で駆けつつ、大声で言葉を投げ合っているのだった。目立つ事この上ない。
恥ずかしいが、ユメコに妥協する気はなかった。
周囲でふたりの会話を聞いた街の人々は、深く頷いたり、物珍しそうな視線や心配そうな視線を向けたりしている。
「痴話げんか?」
「別れ話で、納得いかない彼氏が追っているみたい」
「きちんとふたり話し合ったらいいのにねぇ」
「いや~ん、あんな格好いいカレシから逃げるなんて、許すまじ~!」
などと勝手な会話が飛び交い、的外れな憶測がふたりの通り過ぎた後ろで展開されていた。
人通りが多いので、歩幅の広い相澤でも、すぐにユメコに追いつくことはできなかった。
ひとしきり走り、ユメコは商店街の裏路地に走りこんだ。
はぁはぁと激しく息をつきながら、後ろを振り返る。
「ふぅ……巻いたかな……」
安堵しながら背後に視線を向けながら歩きはじめた途端、ドンッと誰かにぶつかった。
「あ、ご、ごめんなさい。よそ見してて――」
謝りつつ顔を上げたユメコの目の前に、四人の男たちが立っていた。
「おい、嬢ちゃんよ、どこに目をつけて歩いていやがった?」
ひとりが、嫌な感じのニヤニヤ笑いを顔に浮かべて、一歩、ユメコに向かって踏み込んできた。
――逃げなきゃ!
「あ、えっと、本当にすみませんでしたっ」
言い放ち、再び表通りに向かって駆け出そうとしたユメコだったが、次の瞬間声にならない悲鳴をあげた。
「あぅッ!」
ごろつきのひとりが、素早く伸ばした手でユメコの長い髪を掴んだのだ。