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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
新曲2 第一楽章 うさぎと時計のコンチェルト
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再び、戻る

 相澤は電話を切った。

「ユメコは外で待っているんだ。俺はさっきの奴に消される前に証拠を確保してくる」

 夏の強い日差しのなかで、黒い瞳が揺るぎなく強い光を宿して病院の建物を見上げている。

「あたしもショウと一緒に行きます」

「駄目だ」

 髪を揺らしながら一歩踏み出したユメコの肩を、相澤が掴んだ。いつになく強い口調で、言葉を続ける。

「病院の内部は……危険だ。それに、妙なにおいがする」

「でも、どうしてさっきの足音の相手が、あたしたちを探していたと思ったの? 警備のひとかもしれないじゃないですか」

「感じなかったのか。凄まじいまでのプレッシャー……あれは殺気だった」

 なおも食い下がろうとしたユメコが息を呑んだ。あのとき、肌にぴりぴりと感じた嫌な空気を体が思い出し、声が震える。

「そんな……誰がそんな莫迦げたことを」

「いいか。逢坂刑事がこっちに向かっている。合流するんだ!」

 ユメコの返事を待たず、相澤はさきほど出てきたばかりの扉に向かって走り出した。

「あ」

 残されたユメコは、宙に伸ばしていた手を胸に引き寄せた。スロープを降り、再びボイラー室の中に消える相澤の背を見送ったあと、しばらくその場に立ち止まっていた――。

 ボイラー室に戻った相澤は配管の隙間を駆け抜け、油断なく気配を窺いながら地下一階の廊下に出た。

 周囲に視線を走らせるが、今の時間、地下に人がいる様子はなかった。

「ありがたいな」

 つぶやきつつ、再び霊安室に戻る。さきほど、恵美が死者となる前の様子を再生した部屋だ。

 この場に遺された様々な思いの中から、特定して恵美の思いを引き出し、今の光景と過去の光景を『接合』できたのは、ユメコに目をやったときその背後に恵美自身を見つけることができたからだった。

 思いを汲む相手が見えているなら、力を行使することが容易になる。

 そしてあのとき、恵美がユメコの背後に立っていたのは、その場所に何かあるからに他ならない。霊を見ることのできる相澤に何かを伝えたかったのだろう。

 ――部屋に入ってすぐの、右の壁際で。

「このあたりに、何かあるはずだ」

 相澤は膝をついて床を調べた。だが、暗くてよく見えない。部屋の明かりをつけようにも、この霊安室付近の電源だけが落ちていた。

 単に故障したのか、それとも誰かによる故意なのかは――分からない。

 ポケットからペンライトを取り出し、丁寧に調べた。だが、古いタイルの表面には傷と僅かな腐食が残るばかりで、何も見つからなかった。

 相澤は顔を上げ、同時にペンライトも視線に合わせて周囲に向けた。

 深く息を吐き、吸った。今は隣にユメコがいないので――自分の力を少し解放する。

 相澤家に代々伝わる不可思議な力。姉は『魂消(たまけ)し』、双子の弟は『救済』だったが、彼の力は『接合』という力だ。

 ショウ自身は、相澤家とは無縁で育ったため、父や一族にどんな力があったのか、どれほどの力が伝えられていたのか、それを知ることはなかった。

 自分の力に対しても、未だどれほどの範囲、どれほどの応用が利くのかすら分からない。だが、少なくとも霊の想いを感じ取り、強めて目に見えるようにすることができるのは確かだった。

 相澤は目を閉じ、開いた。

 周囲に白い影が飛び交っていた。自分の死体がこの場に運ばれてきたとき、あきらめ切れなくて自宅や葬儀場に行くのを拒んだ者たちの想いが具現化したものだ。

「む?」

 白く浮遊する影たちのいくつかが、相澤が膝をついているすぐ傍らの壁の中にすぅっと消えては、また出てくる、ということを繰り返していた。

 暗くて気づかなかったが、その壁にペンライトを向けてみると、壁の一部が収納スペースになっているのが見て取れた。指を走らせつつ調べると、引き開けるための取っ手が取れてなくなっていることが分かった。

「今は使われていないということか」

 トン、と壁を叩き、振動で僅かに持ち上がった割れ目に爪を引っ掛け、力を込めると扉が開いた。

 埃とカビのような湿ったにおいがして、相澤は少し顔をしかめた。あまり奥行きはない。

 ペンライトの光を向けた。

 狭い収納スペースだ。おそらく、タオルのようなものを入れるために、柱の隙間を利用して作られたのだろう。

 がらんとして何もなく、ベニヤ板も朽ちつつあったが……棚板のひとつに、黒い染みがあるのが目に入った。

「これは……変色してはいるが、血だな」

 病院で、血が付着したままの物を、無造作に仕舞ったりするはずはない。

 血液、血漿、血清、体液、それらが付着したものは『感染性廃棄物』として厳重な取り扱いが求められるものだ。

「だとすれば――ここに採血機が隠された可能性もあるということか」

 恵美の霊がこの場所を示していたのなら、おそらく間違いはないだろう。

「鑑定は逢坂刑事が合流してから頼むとして、今は写真を」

 相澤は携帯端末(スマホ)を取り出し、カメラ機能を使って血の染みの写真を撮った。

 シャッターのアイコンに指を触れた瞬間――覚えのある気配を感じた。刺すような殺気。

「ドアの外か!」

 身構える暇もなく、霊安室のドアが音を立てて一気に開放され、黒い影が相澤に突っ込んできた!




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