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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
新曲2 第一楽章 うさぎと時計のコンチェルト
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新たな脅威

 闇の中、白く浮き上がる女性は、ユメコと同じ歳に見えたが、表情はずいぶん大人びたものだった。髪は肩をふわりと覆う長さで、肌は白かった。

 首元までシーツがかけられており、チューブが刺された左の腕だけが見えていた。

 女性は眉を寄せて苦しげな様子で微かに身をよじっていた。だが、やがてぐったりと弛緩してしまった。体力が尽きた、というように。

 ユメコが傍に立つと、ゆっくりと目を開いた。黒い瞳が、今にも泣き出しそうなユメコの姿を捉えた。その瞳が一瞬、優しく微笑んだようにユメコには感じられた。

「せ、先輩。あたし、ユメコです。恵美めぐみ先輩ですよね、いったい何があったんですか……!」

 苦しげに開かれた口が動くが、言葉は出てこなかった。ユメコは思わず胸に押し付けていた自分の手を伸ばしたが、恵美の体に触れることはできず、すぅっと突き抜けてしまっただけだ。

 ユメコはその事実にたまらなくなって、顔をくしゃりと歪めた。その目から、大粒の涙がこぼれる。

 相澤は眉を寄せ、内なる傷みを感じているかのような表情で、その光景を見つめていた。そして、ゆっくりとユメコの傍らに歩み寄り、女性と視線を合わせた。

 少しの間見つめ合い、相澤が頷くと、恵美がふっと微笑んだ。同時に、宙に溶けるように消えた。

「先輩!」

 再び闇に沈んだ室内に、ユメコが声を上げた。相澤がユメコを抱きしめると、ユメコは相澤の胸にしがみついた。

「……ショウ、先輩は……どうしてこんな場所に、生きたまま運ばれたんですか」

 押し殺したような嗚咽おえつのなかで、ユメコが問うた。

「――彼女の腕に刺されていたチューブ、その先に繋がれていたのは、採血機だった」

 ユメコの体を抱く腕に力を込めて、相澤は言葉を続けた。

「彼女のファイルを見たとき、表記されていた血液型は……バーディーバーだ」

 ユメコが顔を上げ、相澤を見つめた。見開かれた瞳が、震えている。

「死亡診断書にあった表記と、事故報告書にあった事柄が一致しなかったが、これで説明がつきそうだ」


 相澤ははっきりとした口調で静かに言った。奥歯をギリ、と噛み締める。

「あの長谷川って野郎、気が弱いクセにやることがひどすぎる。奴の裏に、こんなことを指示した別の存在がいるんだろう」

「ショウ……あの医者が、先輩の血を抜き取って殺したってことですか……?」

「そういうことになるな」

「そんな……!」

「――俺も同じ思いだ、ユメコ」

 全身を震わせるユメコを抱きしめ、相澤はその背中をさすった。感じていた怒りに、眼光が鋭くなる。

 彼の目には、今でもなお、採血チューブに繋がれたままの恵美の姿が見えている。歯を食いしばり、相澤は口の中で呟いた。

「……彼女を解き放つには、あの男の贖罪が必要だ」

 相澤はポケットから携帯端末スマホを取り出した。電話をかけようとしたが、手を止めた。

「ここはさすがに圏外か。ユメコ、いったん外に出よう」

 ユメコの肩を抱くようにして、相澤は廊下に出た。暗いままの霊安室のフロアを静かに歩き、周囲を窺いながら、ロックが外れたままの扉から地下1階の廊下に出た。

 ひんやりと身にまとわりつくような雰囲気が、通常の現実のものに戻ったようで、ユメコはホッと息をついた。

「――む」

 ふいに相澤がユメコを抱き上げて風のように動いた。降りてきたエレベーターとは逆の角を曲がり、息を潜めて気配を押し殺す。

 ユメコは驚いたが、抵抗しなかった。相澤の緊迫した様子は只事ではないと感じたからだ。早鐘のように鳴りはじめた胸が静まるように祈りながら、相澤の胸で動きを止める。

 コツン。

 足音が響いた。

 ユメコからは見えないが、霊安室への扉の前で立ち止まったような気がした。

 コツ。

 ――こちらへ、来る?

 ユメコの心臓の鼓動が、さらに早くなる。……苦しい。

 カツ。コツコツコツ……。

 きびすを返したのだろう。足音が離れていった。

 相澤の腕の中で、ユメコは音を立てないように息を吐いた。緊張のあまり、呼吸を止めていたようだ。

 極度に緊張したユメコを気遣い、相澤は少女の髪に唇を寄せた。聞こえるか聞こえないか、ぎりぎりの声で言う。

「今の相手の気配は――普通じゃなかった。何者かは分からないが、俺たちを探しているのだろう」

 相澤は頭の中で建物の案内板を思い出していた。

「この先に、ボイラー室があったはずだ」

 相澤はユメコを抱いたまま、音を立てずに廊下を走った。途中に剖検室の札が見えたので、ユメコが目を閉じて相澤の胸にしっかりと頬を寄せる。

 その先の金属の重たい扉を開け、相澤は中へ体を滑り込ませた。ユメコを安心させるように一度腕に力を込め、ゆっくりと降ろして真っ直ぐに立たせた。

 そこでは、巨大な吸収型冷却機が2台稼動していた。配管をすり抜け、相澤はユメコの手をひいて奥へ進んだ。そこには、相澤の記憶どおり、外へ続く扉があった。ゆっくりと開き、外の様子を窺う。

 そこは、地下へ続くスロープの途中に設けられた出入り口だった。

「大丈夫だ」

 相澤が言い、ユメコの腰に手を回して外に出た。配達のトラックだろうか、車が地下へ入るのをやり過ごし、スロープの端を駆け上がる。緑の並木が見え、地上の駐車場の一角に出た。

 ユメコはようやくホッと胸を撫で下ろした。

「さっきの足音の相手……あたしたちを探してどうするつもりだったのかな?」

 ユメコの問いに、相澤がニヤリと笑った。

「さあ――口封じかもな」

 目を剥くユメコの頭に手を置き、相澤は言葉を続けた。

「心配ない。おまえは俺様が必ず護る」

 自分を見つめる少女の淡色の瞳から目を離さず、相澤は微笑んでみせた。……ようやくユメコが笑った。

 それを見て、相澤はポケットから携帯端末スマホを取り出し、画面に指を滑らせて耳に当てた。

「――ああ、例の事件は黒だ。その他にもいくつか、気になる点がある。悪いがすぐにこちらへ合流できないか」

 電話の相手は、おそらく逢坂おうさか刑事だろうと、ユメコにも予想がついた。




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