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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
新曲2 第一楽章 うさぎと時計のコンチェルト
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ふたりの思い

 自分の車に乗り込んだ相澤は、助手席に座ったユメコの頬に手を伸ばした。

「ユメコ、さっきは気遣い、ありがとうな」

 言われたユメコは少し考え、さきほどの逢坂刑事とのやりとりについて言っているのだと気づいた。

「うん、ごめんね。でもどうしても気になってしまって」

 相澤の今の名前は『相澤翔太しょうた』――ユメコが入学した年度に院生としての大学生活を卒業し、今は私立探偵事務所の所長として仕事をしている。相澤コンツェルンの統括である父を持ち、そちらの仕事に入るようにとの声もあるのだが、今のところ相澤にそのつもりはないらしかった。

 それはこの『体』の社会的背景だ。

 相澤の中身は、実は別の人間である。

 そう説明するとオカルトの分野の話として眉唾ものになってしまうだろうが、事実であるのだから仕方がない。

 『郷田ごうだ翔平しょうへい』というのが、本来の名前である。相澤翔太とは真実の双子の兄弟であり、生まれたときに郷田家の赤子と取り替えられたのだ。

 ユメコと出逢った一年前――。

 もともと私立探偵として事務所の所長をやっていたのは、伊達メガネをかけた気弱で物静かな弟……翔太のほうであった。高校生で受験生でもあったユメコは、その事務所のバイトをしていた。

 その過去の取り替え事件のせいで、『郷田翔平』としての相澤は一度殺されてしまった。

 だが、同じく後日殺されてしまった『相澤翔太』の体に入り込んで復活したのである。

 ふたりを殺したのは、相澤園子そのこ――歳の離れた実の姉だった。園子は、取り替えられた雅紀まさきという本来郷田家の長男だった男を愛し、「祖母が亡くなったら全ての関係を元に戻そう」という父親の契約の履行を阻止するために、郷田側の両親もろとも双子の弟たちを手に掛けたのだった。

 相澤家に代々伝わる特殊な能力のひとつ、『魂消たまけし』を使って――。

 自分の能力『結合』の力で復活できた『翔平』だったが、現状においては、体の本来の持ち主である『翔太』の名前を名乗り、その生活を引き継がなければならなかった。

 他の人間に呼ばれるのは自分の名前ではない。だから、相澤はユメコに「ショウ」という名で呼んで欲しいと頼んだことがある。

 その名前で呼ばれるのならば、自分にとっても違和感のない愛称であり、世間の目に対しても自然でいられるからだった。

「ショウ」

 自分をその名前で呼んでくれ、自分のことを好きでいてくれるユメコを、相澤はこの上もなく愛していた。

 翔太が離れた肉体を担ぎ込まれた病院ではじめて出逢ってから、一目惚れしてしまった少女を知れば知るほど、その気持ちは深くなっていくばかりだ。

 シートベルトを締める前に、助手席のシートに手をかけて少女に顔を寄せ、相澤――ショウはユメコの唇に自分の唇を重ねた。

 何度かキスを繰り返し、瞳を見つめながら体を離した。

「愛している、ユメコ」

 ぼぅっとしていたユメコも、少し遅れて我に返り、しっかりと相澤を見つめて頷いた。

「あたしも、ショウが大好きです」

 その言葉に、運転席に座りなおした相澤はいつものように笑った。

「『大好き』と『愛している』は、違うのかな?」

「お、おなじです!」

 ユメコは口調を少しだけ強めて応えた。そして、続けて口を開いた。

「あ、あい、アイ、して……います」

 耳まで真っ赤になって、ユメコは言葉を言い切った。

「もっと流暢に頼むよ……と、続けたいところだが、まずは病院に向かわないとな」

 相澤はユメコに悪戯っぽく流し目を送り、シートベルトを締めてエンジンをかけた。

 国産高級車が、穏やかな音と振動を伝えてきた。相澤はハンドルを握り、車をスタートさせた。

 ユメコは相澤の横顔を見つめながら静かに口を開いた。

「――先輩って、あの目覚ましをくれたひとなんです」

 今朝話題になっていた、ユメコが大切にしているあの目覚まし時計のことだった。うさぎのシルエットの、可愛らしい色のベルタイプのもの。

「小学校のときから面倒を見てくれた、優しいひとで、ひとりっこのあたしにとってはお姉ちゃんのような存在でした」

 懐かしそうな表情で、ユメコは語った。

 ユメコが小学校に入学したとき、先輩――恵美めぐみは六年生だった。入学式のとき、手を繋いで入場した縁もあり、また近所だったこともあって、何かと気にかけてくれるようになったのだという。

 恵美が高校に入学した年に両親の仕事の都合で上京、そのあとは手紙やメールのやりとりが続いていたが、2年前に途切れたのだという。

 何があったのか気にはなっていたが、ユメコも受験生として余裕がなくなり、そのうち手紙を出すこともなくなり……今日、亡くなっていたという事実を知ったのだという。

「先輩の両親、どうして知らせてくれなかったのでしょうか」

 ユメコは目を伏せた。

「その疑問には答えることができるな――先輩の両親は、娘の死後に離婚してしまったんだ。ファイルに書かれていた。そのゴタゴタのなかで、対応できなかったんだろう」

 相澤はハンドルを握って運転しながら言った。

「そうだったんですか……」

 信号が赤になり、車は停止した。ユメコは横断歩道を渡る人間の流れを眺めながら、話を続けた。

「あたし、昔から朝が弱くって……先輩が迎えに来てくれて、一緒に途中まで登校することが多かったです。だから、お引っ越しするときに、あの目覚ましをプレゼントしてくれたの」

 信号が青になった。再び、相澤が車を走らせる。

「先輩はうさぎが好きで……学校で飼っていたうさぎの世話がしたいばかりに生き物係をずっと引き受けていたそうです」

 ユメコが寂しそうに微笑んだ。故人となった女性を偲んでいるのだ。

「――そうか」

 相澤は頷き、車を停止させた。サイドブレーキを引き、エンジンを止める。

「着いたぞ。都内中央病院だ。ユメコが世話になった先輩のことだからな……真実をしっかり見極めてやるぞ、安心しておけ」

 ユメコは、相澤の自信たっぷりな声を聞き、はい、と元気よく返事をして車を降りた。

「ここって……ショウが、というより相澤所長が運び込まれた、あの病院ですよね」

「そうだ。俺がユメコとはじめて逢った場所だな」

 一年前の出来事を思い出して、ユメコは何とも複雑な表情になった。

「ショウの挙動不審のおかげで、とぉっても怖くて心細い思いをしたんですよ」

 頬を膨らませて、相澤の長身を見上げた。

「悪かった。俺だって、状況がよくわからずに戸惑っていたんだぜ」

 相澤はシャツの胸元をクッと引っ張った。ボタンが開き、もともと着崩しているシャツがさらにはだける。

「暑いんでしょうけど、目のやり場に困ります」

 ユメコは一応抗議しておいた。同じ屋根の下で暮らしているので、今さらと思うかもしれないが……未だに顔が赤くなってしまう。

「寝ているときのユメコのパジャマの胸より、幾分かマシだと思うが」

 相澤に言い返され、ユメコの顔が一気に真っ赤になった。

 ニヤニヤ笑いながら、相澤はそんなユメコの様子を遠慮なく眺めた。

「さて、行こうか」

 しれっと言って病院の入り口に足を向けた相澤の背を慌てて追いかけながらも、ユメコには分かっていた。彼が、自分の緊張を、悲しみを、軽減するために言ってくれたのだと。

 ――先輩が、もしかしたら殺されたのかもしれない病院……。

 緊張している場合ではない。泣いている場合でもない。

 全てを見逃さないようにして、真実を見極めなければならないのだから。




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