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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
新曲2 第一楽章 うさぎと時計のコンチェルト
45/77

事件の依頼

「これが今回の依頼か」

「ああ。いつもの通り、未解決になってしまった事件ばかりだ」

「わかった。事務所で詳しく見せてもらおう」

 背後に気配を感じた相澤は、素早くファイルを閉じた。アイスティーが届いた。

「あたしも見てもいいの?」

 テーブルに置かれた写真の束に手を伸ばす前に、ユメコは相澤に訊いた。

 逢坂刑事は、むごたらしい死体の写真まで入れているので、ユメコに対して見せるのを相澤が禁止してしまうことが多い。最近は、ファイルのほうに貼り付けて、参考資料に持ってくる写真とは別にしているようだ。

 相澤が、依頼を受ける条件に挙げたらしい。

「ああ、そっちはいいぜ」

 その返事に、ユメコは写真を手に取った。

「あたしだって、お役に立ちたいんです」

 まだ、警察関係の仕事にはあまり参加させてもらっていないユメコだった。警察から持ちかけられる依頼はどうしても、明らかに人が殺されたという凄惨な事件ばかりになるからだ。

 相澤はそんな事件からはユメコを遠ざけているふしがあった。だから、ユメコは相澤と同じ立場にいたくて少しやっきになっている感じもある。

 だが当たり障りのない写真だけを見ても特に情報が入るわけでもなく……。

 しかし、写真を繰るユメコの手が止まった。目を見開いて手元の一枚を凝視している。

「――ユメコ?」

 ユメコの様子にいち早く気づいた相澤が、身を乗り出すようにしてユメコの手元の写真を覗き込んだ。

 今のユメコと同じくらいの年齢、つまり十九歳ほどの女性が写っていた。どこかの大学のキャンパスで、友人たちと撮ったものと思われた。

「ああ、それは事件なのか事故なのか、どうもはっきりしない一件の被害者でな。俺は事件じゃないかと睨んでいたのだが、結局それを証明する証拠も集まらず……どうかしたのか、嬢ちゃん」

 ユメコの表情を見て、逢坂刑事が言葉を切った。

 写真を持つ手が、明らかに震えていた。相澤の大きな手が、ユメコの手をそっと包み込む。

「……知っている相手なんだな」

「はい。せ、先輩なんです――あたしの」

 ユメコはごくりと喉を鳴らして、顔を上げて逢坂刑事を見た。

「殺されたかもしれない、はっきりしないって……本当なんですか」

「そうだ。詳しいことが、こっちにファイリングされている」

 逢坂刑事は、相澤の前に置かれていたファイルをぱらぱらとめくり、とあるページで手を止めた。

「――古川(ふるかわ)恵美めぐみ。三年前に都内中央病院で死んでいる。当時十九歳だ。死因は、事故による出血多量」

「その事故とは?」

 息を呑んだユメコの代わりに、相澤が訊いた。逢坂刑事は、ファイルを読むこともなく答えた。おそらく、それほどに気になり未だ記憶に鮮明な事件なのだろう。

「夜十一時、家庭教師のバイトの帰りに横断歩道を渡っていたところ、赤信号で突っ込んできたトラックにねられた。重体だったとのことだが、病院に搬送されていた時点では生きていた」

 逢坂刑事は顎に手を当てながら言葉を続けた。

「その翌朝、午前四時に息を引き取ったとのことだ。頭部に出血が確認されてな、容態が急変したとのことだったが……。病院側の対応がどうも不自然思えて、俺は納得がいかなかった」

「と、いうと?」

「彼女の両親が、郷里の九州から駆けつけたときには、すでに霊安室に移されていたんだ。そして、その台の上に、異常な出血のあとが見られた」

 逢坂刑事はファイルのほうに貼ってある写真を指差した。

「それが、この写真だ」

 白い寝台に横たわる若い女性。その体の下には、みたような血痕が残っていた。僅かだったが、こすれたような跡もある。死んだ人間の血は、流動性を失い凝固していくものだ。霊安室に移された死体が、新たに出血した跡を残したりはしない。

 他にも、死亡診断書や事故報告書などがあった。

「普通、死んだ人間だからといってすぐに霊安室に移すだろうか。死亡診断書が必要なはすだ。家族が病院に向かっている最中だったんだぞ。それに、これはまるで――」

「――生きたまま移された、と?」

「俺はそう見ていた。今でも疑問だ……だから、おまえに相談を持ちかけているんだ、相澤の御曹司」

「心霊探偵だから、という意味でだろう」

 『相澤の御曹司』……相澤は、逢坂刑事のこの呼び方を嫌っている。相澤コンツェルンの影を指摘されているみたいで嫌なのだ。

 俺は俺だ――。相澤翔太ではなく……そう言えない自分の立場が歯痒かった。

 相澤の声の調子の変化に気づき、ユメコは顔を上げて相澤と逢坂刑事を交互に見つめた。

 ユメコの視線を受け、相澤は微笑んでみせた。

「なんでもない。喧嘩をしているわけじゃないさ、ユメコ」

「できれば刑事さんも、『ショウ』って呼んでくださると嬉しいのに」

 逢坂刑事はウッと言葉に詰まった。

「な、何故そんなに馴れ合わなくてはならないんだ!」

 逢坂刑事は声を大きくして、思わず立ち上がってしまった。突然の大声が周囲の注目を集めてしまったことに気づき、渋面になって再び椅子に座る。

「これでは病室ではなく、その霊安室に入らなくてはならないな。――まあ、この件から調べることにするか」

 相澤は冷静な態度のまま言って、ファイルと写真の束を封筒に戻した。

 ユメコの頭に手を乗せて、言葉を続ける。

「ユメコも、この件から調べたいだろう。この後すぐにでも病院に向かう」

 逢坂刑事は、助かる、と短く礼を言った。

「何かあればすぐに連絡してくれ――相澤」

 立ち上がるふたりに続き、ユメコも席を立った。逢坂刑事に一礼すると、相澤と一緒に会計を済ませ、店を出た。




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