第6変奏「終曲」 finale
「あ、あった……」
合格発表の日。
自分の番号を何度も何度も確認して、ようやくユメコは相澤を振り返った。
「確認、長かったな」
人の波に呑まれないように、ユメコの体を支えて心ゆくまで確認させてやっていた相澤は、ようやく肩の力を抜いた。
「俺様がマンツーマンで教えていたんだ。当然」
と言いつつ相澤も安堵し、心から嬉しそうな表情になった。
ユメコの頑張りを知っているだけに、だろう。仕事につき合わせていたことも、実は気にしていたのだ。
「ユメコ?」
ユメコは、ポカンとした顔のまま固まっていた。
相澤の細く長い指で額を軽く弾かれ、ようやく瞳に力が戻り、相澤の顔を見た。
「今のはびっくりしてしまいました」
頬を膨らませかけ……ようやく緊張が緩んで、ほにゃりと顔がニヤけてしまうのを両手で押さえた。
「言っておくが、ユメコ」
相澤が長身を折り、ユメコの目線に合わせるようにして、その瞳を覗き込んだ。
「ここはスタートであって、ゴールではないぞ」
「は、はい。わかっています!」
ぴしっと背筋を伸ばすユメコに、
「まだ、そうとうテンパっているな」
と相澤がため息をついた。
ふわっとユメコの体が宙に浮く。いつものように、相澤の腕で抱き上げられたのだ。
「――はわわ、恥ずかしいですッ。こんな人がいっぱいのところで!」
けれど、周囲でも胴上げとか抱擁とかが行われていて、今はあまりこの状態でも目立ないような気がした。
だからユメコは息を吸い込んで鼓動を少し静め、抱えられたまま、相澤の頬に両手を添えた。
思いを込めて、微笑みかける。
「……ショウ、ありがとう、本当に」
「――どういたしまして」
相澤もまた、口の端を持ち上げてニヤリと微笑んだ。
それはユメコにとって、病院ではじめてショウと出逢ったときを思い出す表情だった。
「あたしね、ここでいっぱい勉強して――もし、将来、ショウがお父さんの会社を手伝うことになっても、探偵事務所を続けるとしても、役に立てるようになりたいんです」
ユメコはそこで言葉を切り、瞳に力を込めて言葉を続けた。
「いつまでもお荷物はイヤなんです。ちゃんとあたしも、ショウを支えていきたい」
それが、途中で志望大学を変えた理由だった。
少しでも、相澤――ショウと同じ位置に、傍に立っていたかった。
「それなら礼を言わなければならないな、人生のパートナーに」
相澤は、ユメコの腰を掴み、その腕を天に向かって真っ直ぐに伸ばした。
「えっ――きゃあッ!」
自分の背ではありえない目線の高さに、ユメコが思わず悲鳴をあげる。
足をバタバタしようとして、スカートであることに気づき、素直にそのまま掲げられる。
ユメコを見上げる相澤の表情は、悪戯っぽく、だがまぶしそうに……そしてこの上もなく嬉しそうだった。
「このくらいで悲鳴をあげられては困る。心霊探偵ならば」
相澤はニヤリと微笑んだ。
「いじわるです。出逢った頃と――変わりませんね」
頬を膨らませて言うユメコに、相澤は楽しそうに笑った。
――けれど巡り逢えて、本当に良かった。
一度死んだけれど、また復活した、意思の強い、優しいひと。
これからも、いろいろ事件はあるだろうけれど、一緒に歩んでゆけるひとだとユメコは感じている。
郷田翔平自身は、将来行政を動かす仕事に就きたかった。
だが一度死に、この体に転生してからは希望が変わった。仕事も軌道に乗り、このまま現状を続けていくつもりだった――心霊探偵、という。
父親の仕事のこともあるので、いつまで今のままの日常を続けていけるのかは、わからない。
だが、自分にしか解決できない依頼がある限り、この心霊探偵を続けていこうと思う。
その辺りはユメコとも相談していた。
人生は迷うことばかりだが――ユメコと一緒ならばそれも楽しいだろう。
ここは、ゴールではなくて、スタート。
それは、相澤自身にもいえる言葉だった。
心霊探偵として、ふたりが一緒に歩む道に、幸あらんことを!
【 完 】




