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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
7 第5変奏 夢と翔のクリスマス賛歌(キャロル)
42/77

10分間の、最高のMerry Christmas

「では十分ほど休憩にしよう」

「はぅ~、はい……」

 ユメコは机に突っ伏した。追い込み時期とはいえ、今夜はクリスマス・イヴなのに。

 いな、受験生にクリスマスなどないも同然。

「ですよねー……」

 ユメコは突っ伏したまま、ため息をついた。

 相澤は席を立ち、リビングを出て行った。そしてすぐ戻ってきた。

「ユメコ」

 相澤は自分の分とユメコの分、二着のコートを(たずさ)えていた。

「ユメコ、おいで」

 手を差し伸べる相澤に、ユメコはきょとんとしてその手を見つめた。

 戸惑いながら、その手に自分の手を重ねる。

 ふわっと引かれ、ユメコは相澤に連れられて玄関からマンションの内廊下に出た。そのまま、エレベーターホールに向かう。

「どこに行くの? ショウ」

 さっぱり訳がわからないユメコは、相澤に訊いたが、

「まあ、いいから」

 と、はぐらかされてしまう。

 相澤は、上行きのボタンを押した。エレベーターに乗り込むと、次に最上階のボタンを押す。

 もの問いたげなユメコの腰に手を回し、着いた最上階の廊下を一番奥まで進む。

 そこにあるのは、管理関係者のみが入ることができる扉だった。

「え?」

「いいから。鍵は正規にちゃんと借りているから、心配するな」

 相澤は鍵を開き、中へユメコをいざなった。奥にある階段を登り、屋上への最後の扉を開いた。

 冷たい外気が階段に流れ込む。

 相澤はユメコを外に押しやった。

「ほら」

「う……うわぁ……」

 そこに広がる光景に、ユメコは目をまんまるに開いて感嘆の声を上げた。

「――すごい、きれい」

 そこは、都内の夜景を一望できる場所だった。

 首都高の流れが、光の洪水となり、ビルや建物の無数の窓が地上に降り積もる星となっている。

 街のあちこちを飾る様々な色のクリスマスのイルミネーションが、きらきらと輝く砂粒のよう。

 ひんやりした外気に輝く、それはまるで夜のスターダストだった。

 「まるでフルオーケストラみたいだろう」

 ユメコの肩をふんわりとコートで包んだ相澤は、そのまま華奢(きゃしゃ)な体ごと力いっぱい抱きしめた。

 ユメコが相澤を見上げる。

 地上の星々を宿したかのように煌めく瞳を微笑ませ、相澤は囁くように言った。

「メリー・クリスマス、(いと)しの君」

 ショウの瞳には自分が、さしてユメコの瞳にはショウの姿が映りこんでいる。

 ショウにとって、姿は似ていても自分本来の体ではないが、今は亡き親友の想いとともに、これが今の彼の体だ。

 浮かべる表情は、全て彼自身のもの、いだく感情も、彼自身のものだ。

「……この光景を、あたしのために?」

 ユメコは相澤の顔を見上げたまま訊いた。答えはもうわかりきっていたが、たぶんユメコは聞きたかったのだろう。

「そうだ。俺の心はすべて君のものだ。ユメコ……おまえをを愛している」

 相澤の腕は力強かったが、ユメコが苦しくなることはなかった。全てを包み込んでくれるような、抱擁ほうようだった。

「ショウって……あたたかい」

 ――この温もりに包まれてから、自分は変わったなぁと思う。外見も、内面の強さも。

 そして今、新しい夢に踏み出そうとしている。それを支え、後押ししてくれているのは、この腕――。

 相澤はユメコを抱き上げた。

 屋上の配管やタンクの隙間を抜け、夜景が一番よく眺められる場所に移動する。

 そして冷たいコンクリートの上に座り、相澤は自分の膝の上にユメコを乗せた。自分のコートで、自分とユメコの体を包み込む。

「きれいね……ふたつのタワーがよく見えるね」

 無邪気に喜ぶユメコの手に、相澤は長細い箱を押しつけた。

 戸惑いながらユメコが箱を開くと、中にちいさな白金のペンダントが入っていた。音符をかたどった、可愛らしいデザインのものだ。

「ユメコが欲しいものがわからなかったから、俺様が勝手に選んだ」

 照れたような口調に、ユメコは嬉しそうに笑った。

「とっても素適……嬉しい。ありがとう、ショウ」

 ユメコの本当に嬉しそうな笑顔を見て、相澤は安心したように口もとを緩めた。

「指輪にしようとも思ったんだが、どうせなら初めて渡す指輪はエンゲージリングにしたくてな」

 相澤が、珍しく顔を染めていた。

 見上げていたユメコの顔も、つられたように赤くなっていく。

「あっ、あの、あたし、手作りで何かプレゼントしたくて」

 ユメコはコートのポケットから、小ぶりの箱を取り出した。

 細いピンクのリボンと白い箱の、可愛らしいラッピングだった。

 クッキーなの……、とユメコの声が小さくなる。耳まで真っ赤になっている。

「ユメコの手作り?」

 相澤の声が大きくなった。

「はい。このコートを持ってきてくれて、助かりました」

 相澤に内緒で友人のところで作らせてもらったのだという。

 渡すタイミングがなくて、コートのポケットに隠したままだったとユメコは語った。

「――もしかして、ショウは全て見透かしているの?」

 本気でそう問いかけてくるユメコに、

「この世に偶然なんてありえないんだがな」

 と相澤は笑った。

「全ては自分で切り開く必然の運命であると、俺は思っている。一見矛盾して思えるが、選択していくのは自分自身なのだから」

 語りながら相澤はユメコの顔を見て、動きを止めた。

 ユメコが、いつもとは違う表情で相澤を見上げていたからだ。

「ショウ、あのね、これからも……ずっと、ずっと(そば)にいてくれる……?」

 真剣な瞳で、眉を少し寄せて、唇を少し開いて。自分を決して離さないで欲しいという、少女の純真な願いだ。

 それは相澤が焦がれていた、受身ではないユメコの感情だった。

「……もちろんだ、ユメコ……!」

 相澤はユメコの体をかき抱いた。

 そして、ふたつの影は地上に降りた星たちの光のなかで、もう一度ひとつに重なった。




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