10分間の、最高のMerry Christmas
「では十分ほど休憩にしよう」
「はぅ~、はい……」
ユメコは机に突っ伏した。追い込み時期とはいえ、今夜はクリスマス・イヴなのに。
否、受験生にクリスマスなどないも同然。
「ですよねー……」
ユメコは突っ伏したまま、ため息をついた。
相澤は席を立ち、リビングを出て行った。そしてすぐ戻ってきた。
「ユメコ」
相澤は自分の分とユメコの分、二着のコートを携えていた。
「ユメコ、おいで」
手を差し伸べる相澤に、ユメコはきょとんとしてその手を見つめた。
戸惑いながら、その手に自分の手を重ねる。
ふわっと引かれ、ユメコは相澤に連れられて玄関からマンションの内廊下に出た。そのまま、エレベーターホールに向かう。
「どこに行くの? ショウ」
さっぱり訳がわからないユメコは、相澤に訊いたが、
「まあ、いいから」
と、はぐらかされてしまう。
相澤は、上行きのボタンを押した。エレベーターに乗り込むと、次に最上階のボタンを押す。
もの問いたげなユメコの腰に手を回し、着いた最上階の廊下を一番奥まで進む。
そこにあるのは、管理関係者のみが入ることができる扉だった。
「え?」
「いいから。鍵は正規にちゃんと借りているから、心配するな」
相澤は鍵を開き、中へユメコを誘った。奥にある階段を登り、屋上への最後の扉を開いた。
冷たい外気が階段に流れ込む。
相澤はユメコを外に押しやった。
「ほら」
「う……うわぁ……」
そこに広がる光景に、ユメコは目をまんまるに開いて感嘆の声を上げた。
「――すごい、きれい」
そこは、都内の夜景を一望できる場所だった。
首都高の流れが、光の洪水となり、ビルや建物の無数の窓が地上に降り積もる星となっている。
街のあちこちを飾る様々な色のクリスマスのイルミネーションが、きらきらと輝く砂粒のよう。
ひんやりした外気に輝く、それはまるで夜のスターダストだった。
「まるでフルオーケストラみたいだろう」
ユメコの肩をふんわりとコートで包んだ相澤は、そのまま華奢な体ごと力いっぱい抱きしめた。
ユメコが相澤を見上げる。
地上の星々を宿したかのように煌めく瞳を微笑ませ、相澤は囁くように言った。
「メリー・クリスマス、愛しの君」
ショウの瞳には自分が、さしてユメコの瞳にはショウの姿が映りこんでいる。
ショウにとって、姿は似ていても自分本来の体ではないが、今は亡き親友の想いとともに、これが今の彼の体だ。
浮かべる表情は、全て彼自身のもの、抱く感情も、彼自身のものだ。
「……この光景を、あたしのために?」
ユメコは相澤の顔を見上げたまま訊いた。答えはもうわかりきっていたが、たぶんユメコは聞きたかったのだろう。
「そうだ。俺の心はすべて君のものだ。ユメコ……おまえをを愛している」
相澤の腕は力強かったが、ユメコが苦しくなることはなかった。全てを包み込んでくれるような、抱擁だった。
「ショウって……あたたかい」
――この温もりに包まれてから、自分は変わったなぁと思う。外見も、内面の強さも。
そして今、新しい夢に踏み出そうとしている。それを支え、後押ししてくれているのは、この腕――。
相澤はユメコを抱き上げた。
屋上の配管やタンクの隙間を抜け、夜景が一番よく眺められる場所に移動する。
そして冷たいコンクリートの上に座り、相澤は自分の膝の上にユメコを乗せた。自分のコートで、自分とユメコの体を包み込む。
「きれいね……ふたつのタワーがよく見えるね」
無邪気に喜ぶユメコの手に、相澤は長細い箱を押しつけた。
戸惑いながらユメコが箱を開くと、中にちいさな白金のペンダントが入っていた。音符をかたどった、可愛らしいデザインのものだ。
「ユメコが欲しいものがわからなかったから、俺様が勝手に選んだ」
照れたような口調に、ユメコは嬉しそうに笑った。
「とっても素適……嬉しい。ありがとう、ショウ」
ユメコの本当に嬉しそうな笑顔を見て、相澤は安心したように口もとを緩めた。
「指輪にしようとも思ったんだが、どうせなら初めて渡す指輪はエンゲージリングにしたくてな」
相澤が、珍しく顔を染めていた。
見上げていたユメコの顔も、つられたように赤くなっていく。
「あっ、あの、あたし、手作りで何かプレゼントしたくて」
ユメコはコートのポケットから、小ぶりの箱を取り出した。
細いピンクのリボンと白い箱の、可愛らしいラッピングだった。
クッキーなの……、とユメコの声が小さくなる。耳まで真っ赤になっている。
「ユメコの手作り?」
相澤の声が大きくなった。
「はい。このコートを持ってきてくれて、助かりました」
相澤に内緒で友人のところで作らせてもらったのだという。
渡すタイミングがなくて、コートのポケットに隠したままだったとユメコは語った。
「――もしかして、ショウは全て見透かしているの?」
本気でそう問いかけてくるユメコに、
「この世に偶然なんてありえないんだがな」
と相澤は笑った。
「全ては自分で切り開く必然の運命であると、俺は思っている。一見矛盾して思えるが、選択していくのは自分自身なのだから」
語りながら相澤はユメコの顔を見て、動きを止めた。
ユメコが、いつもとは違う表情で相澤を見上げていたからだ。
「ショウ、あのね、これからも……ずっと、ずっと傍にいてくれる……?」
真剣な瞳で、眉を少し寄せて、唇を少し開いて。自分を決して離さないで欲しいという、少女の純真な願いだ。
それは相澤が焦がれていた、受身ではないユメコの感情だった。
「……もちろんだ、ユメコ……!」
相澤はユメコの体をかき抱いた。
そして、ふたつの影は地上に降りた星たちの光のなかで、もう一度ひとつに重なった。




