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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
7 第5変奏 夢と翔のクリスマス賛歌(キャロル)
40/77

疾走と、救助

『これを警告するためにここに来たというのに、防ぎきれなかった』

「これって、事故を? あなたにはわかっていたというの?」

『見たんだ、未来を。死んだら未来も過去もないからね』

 着信音が鳴り、ユメコはすぐに出た。

「いま向かっている。住所は湾岸の一角、埋め立てた場所だ。詳しい場所をナビゲートしてくれ」

 相澤の声だ。

「え、な、ナビゲート?」

 うろたえるユメコに、ペンが動いた。

『了解。そのまま進んで』

「ショウ、そのまま進んで」

『次に見えるコンビニを右に。片側が倉庫の道を抜けて』

 ユメコが、メモの通りを読み上げる。

 相澤は、狭い道を車で突き進んでいた。周囲に視線を走らせ、アクセルを踏み込む。

 感覚をいっぱいに開き、研ぎ澄まし、次の障害物や車を予測する。

 こんな運転はユメコを乗せているときには絶対にしない、スリリングなハンドルさばきだった。

 絶妙なタイミングでブレーキ、カウンターを当てて角をぎりぎりでかすめるように曲がった。

 加えていえば、ナビゲートも正確だった。

 ハンドルを切る手前で進む方向の指示が来る。

 完全な霊ではないが、距離の概念は霊たちには不要だ。こちらの状況も、いま沈みゆく彼女の姿も、彼にはそのどちらもが同時に見えているのだろう。

 ただ、筆記できる場所には縛られているため、伝えるのはユメコのいる教室となるが――つくづく、今の時代に携帯電話なるものがあって良かったと思う。

「その先の橋、左下!」

 ユメコの緊迫した声が、オーディオコントロールパネル横に取り付けてあるハンズフリー台から響いた。

「ユメコ、救急車を呼んでおいてくれ!」

 言うと同時に相澤は思い切りブレーキングした。後部を滑らせながらも車は停まり、相澤はドアを開けて飛び出した。

 川にかかる橋の欄干らんかんが、向こう側へへし折れていた。

 下を見ると、水面下にぼんやりと見える車の後部バンパー――。

 ザッパーン!

 相澤は水に飛び込んだ。

 水を抜き掻き、車に近づく。すでにフロント部分から下へ、完全に水面下に沈んでいるので、大きく息を吸い、潜った。

 暗くてよく見えないが、車のボディに手を沿わせるようにして下へ向かうと、運転席と思われるドアの取っ手にたどり着いた。

 水中なので苦労しながら、窓を叩くと、反応があった。内側から、白い手がサイドの窓に押し付けられた。

 車の内部には、少しまだ空気が残っているようだ。

 だが、どんどんその水かさは増している。

 それが上のほうまで溜まったとき、相澤はドアの取っ手を引き、開いた。

 すぐに中にいた女性を引っ張り出す。

 そして、水面まで引き揚げた。

「ゲホッ……あ、相澤くん!?」

 そう言って懸命に水を掻くのは――琴峰鈴菜だった。

 相澤は鈴菜の体を抱えて泳ぎ、すぐ側のコンクリートの段に上がった。相澤自身は、ずぶ濡れだが息も乱していない。

「大丈夫か?」

 そう訊いてくる相澤に、鈴菜は激しく息をつき、呼吸を整え……ようやっと口を開いた。

「助かったわ……。ありがとう」

「礼なら、ノートとペンで教えてくれた彼氏に言ってくれ」

 鈴菜は顔を上げ、目をいっぱいに見開いたまま相澤を見た。

「それは、いったいどういう意味なの……?」

「――まあ、まず向かうのは病院だな」

 橋の上に、赤い回転灯を灯した救急車が到着した。

 相澤は鈴菜が救急車に乗るのを手伝い、車に戻って携帯端末(スマホ)を手に取った。

「ショウ!」

 電話の相手はすぐに出た。響く声は、震えていた。

「先生も俺も無事だったぜ、心配ない、ユメコ」

 落ち着いた声で、ゆっくりと告げると、ユメコのホッとしたため息が聞こえてきた。

「すぐ戻る。そっちの彼氏に伝えてくれ――戻るときが来たのだと」

 相澤は電話を切り、運転席のドアにもたれて都心の夜空を見上げた。

 そこに、警察の車両が到着した。

「素晴らしい暴走運転の理由は、これか」

「良いタイミングだな。あんた休暇とかちゃんと取っているのか? 働きすぎだろう」

 そう言って茶化してくる相澤に渋面になったのは、逢坂刑事だった。

 相澤は再び夜空を見上げて真顔になり、静かに言った。

「ここは抜け道としてよく使われるらしいが、手前の下り坂と橋すぐの位置に設置された間の悪い信号機のせいで、事故が絶えないっていう噂じゃないか」

「うむ。まさか……同じような事故がまた起こるとはな」

「起こってからでは遅いんだ。上に伝えてくれ」

「善処するよ」

 相澤は逢坂刑事をちらりと見て、運転席のドアを開いた。

「これから病院へ向かう。悪いが、後のことはよろしく頼む」

 濡れたままだが、構わず乗り込んで車をスタートさせる。

「それが仕事だからな」

 逢坂刑事は頷き、相澤の車を見送った。




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