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受験JKと心霊探偵の事件変奏曲  作者: 星乃紅茶
7 第5変奏 夢と翔のクリスマス賛歌(キャロル)
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新たな依頼

「ゴーストライター?」

 花束を手にしたユメコが、隣を並んで歩く長身の相澤を見上げて訊き返した。

 相澤はガラス製の花器を手にしている。

「ああ。今回の依頼は、それが本当に霊からのメッセージなのか、それともただの悪戯いたずらなのか、それを知りたいということだ」

「メッセージって……手書きなの?」

「らしい」

 ユメコの脳裏に、ふわふわした白い人影がペンを片手に便箋を広げ、さらさらと文字を書き込んでいる図が浮かび上がった。

 ――うぅむ……。

「何か変なことを想像しているな、ユメコ」

 立ち止まって顎に手を当てて考え込むユメコの顔を、相澤がかがみこむようにして覗き込んだ。

 そのまま、頬に唇で触れる。

「――し、ショウ!」

 思わず大声を出して飛び上がってしまったユメコは、周囲に視線を走らせて真っ赤になってしまった。

 通りがかった看護師と入院患者の数人が、何事かとふたりを見ている。

 ユメコは声をひそめて、ニヤニヤ笑っている相澤の顔を上目遣いににらんだ。

「病院で不謹慎なことは、駄目です」

「では病院から出たら、やろう」

 頬を膨らませていたユメコは、途端にその頬を真っ赤に染めてうつむいた。

「もう知りません!」

 口の中でもごもごと言い、歩調を速めて進んでいってしまう。

 手が塞がっているので、それ以上相澤は続けなかった。

 相変わらずユメコは初々ういういしいままだな、と嬉しく思いながら、病院の廊下を歩いてユメコを追う。

 コン、コン。

 とある個室の前で足を止めたふたりは、軽く扉をノックして開いた。

「失礼します、こんにちは」

 ユメコが声をかけ、病室に入った。

「やぁ、おねえちゃん、おにいちゃん。来てくれたんだ」

 ほがらかな声がふたりを迎えた。

「すっごい、きれいなお花だね。それ僕のために?」

 嬉しそうな声の主は、にっこり笑って寝台の上に上半身を起こした。

 口調は子どものものだったが――、その体は大人のものだった。

 『相澤あいざわ雅紀まさき』と書かれたカードが、寝台の上に表示されていた。

「はい、そうです」

 ユメコは返事をしてテーブルに花束を置き、入り口を入ったところで立ち止まっていた相澤から花器を受け取った。

 広い病室の一角にある洗面台で、花器に水を張って花を活ける。

「うわぁ、きれいだね」

 テーブルに置かれた花を見て、雅紀が無邪気に笑った。

 そして、ユメコと相澤に目を向けて、「ありがとう」と嬉しそうに礼を言った。

 扉を開け、相澤が廊下に出た。

「それじゃあ、もう行きますね」

 ユメコは急いで一礼し、相澤を追って病室を後にした。

「ありがとうね、おねえちゃん」

 閉まる扉に急いでかけられた声を、ユメコは廊下で聞いた。

「――ずっとあのまま、なのかな」

「わからないな」

 ユメコのつぶやきに、相澤は応えた。

「あのときのショックによる退行現象が、一時的なものなのか、永続的に続くものなのか。どちらにせよ、自分が撃った弾丸が姉を殺したんだ。魂に救いはないだろうな……」

 制止を振り切り、雅紀が撃った銃の弾丸が壁や配管に跳ね返り、兆弾となって姉園子の体を何発も撃ち抜いた。

 あのとき、白い人影たちに囲まれたショックなのか、それとも姉を殺してしまったショックからなのか、放心状態で病院に運ばれた雅紀は、記憶を失っていたのである。

 そして、精神状態は四歳か五歳ほどの子どもに戻ってしまっていた。

 それが救いなのか、それとも罰なのか……。

「誰にも、判断はできない」

 相澤の声に、ユメコは目を伏せ、うつむいた。

 ユメコを見て相澤は微笑み、その頭に手を置いた。

 だが、でることはせず、そっと長い指で淡色の髪をいた。

 長い髪が、さらさらと流れる。

 顔を上げたユメコの肩を、そのまま抱き寄せた。

「おまえが心を痛めることはないんだ」

 ――ショウは優しい。心を痛めているのは、本当はショウも同じなのに。

 姉に自分を殺され、そしてその姉を失い……双子の『親友』をも失った。

 父親の相澤あいざわ一志かずしは、今も雅紀を相澤家から抹消することはなかった。

 郷田の両親は、すでにこの世にはいない。雅紀を戻したところで、天涯孤独になってしまっただろう。

 だからそのまま、現状を過去に戻すことはなかった。

 二ヶ月前、ともに郷田の両親の墓参りに赴いたとき、約束を反故ほごにしたことを墓前に報告しながら……一志かずしは涙を流して今は亡き夫婦にびていた。

 二十四年前の自分の行動が、ふたつの家族の人生の歯車を狂わせ、子どもたちすら死に至らしめてしまったことを。

 時が来たら、全てを元に戻すという約束を、守れないことを。

 相澤コンツェルンを統括する権力の持ち主である一志かずしもまた、ただ妻を愛していたひとりの人間なのだ。

 現状を変えないという選択は、一番良かったのだろうとユメコも思う。

「――みんな、優しいんですね……」

 ユメコはそう言って、しばらくの間相澤の胸の中で目を閉じていた。



 医学部附属病院は、東都学園大学のキャンパス内にある。

 ユメコと相澤は入院棟から病院の正面玄関にまわり、道をひとつ渡った。

 いい天気だったが、吐く息は白くこごった。何といっても、もう十二月なのだ。

 この時期にもなお緑にあふれた、新旧の建物が入り混じる都内の広大なキャンパス――ここが、相澤が院生として在籍し、今のユメコが目指している大学である。

 自分が通う大学内なので、相澤は迷う事なくユメコの手を引いて案内していった。

 途中に池があったり、訪れるたびに「広いんだなぁ」と驚いてしまう。

 古い外観の建物も多いが、内部は改装されてきれいなところもあるとのことだ。

 広さ、規模、緑の多さ、どれをとっても自分の通う高校との違いを感じて、ユメコはワクワクしてしまう。

「これから会うのが、依頼主の准教授だ」

 周囲を見回すのに忙しかったユメコは、慌てて相澤に顔を戻した。

「ゴーストライターについて調べるんですね」

「そうだ」

 頷いた相澤は、黄色に色づき散り始めた銀杏いちょう並木を通り、建物のひとつにユメコを連れて入った。




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