また逢う日を楽しみに
「しかし、相澤の御曹司、おまえは悪運が強いな。――瓦礫の下敷きになって、かすり傷で済んだんだって?」
次の日、ロビーの一角で日本茶をすすりながら逢坂刑事が言った。
「おかげさまで」
相澤はソファーに背を預け、天井を見上げていた。
「どうした、いつもの憎まれ口が出てこないな」
いつもと違う反応の相澤に、逢坂刑事は怪訝そうな顔を向けた。
「なんだか、疲れているみたいだな」
「そうかもな」
相澤が短く応える。
ははぁん、と逢坂刑事は笑った。にや~っと、嫌な感じに。
「……彼女の両親と顔を合わせたのが、初めてだったとみた」
相澤は無言のまま上体を起こし、一席離れた場所に座っているにやにや顔の男を睨みつけた。
「初めて顔を合わせるときっていうのは、そりゃ緊張するし、意味もわからず敵視されるし、気も使うし……大事な娘をやるものかっていう親父の無言の重圧が、むしろ突き刺さってくるからな」
「……まるでわかっているみたいな口調だな」
「そりゃあ、これでも妻子持ちだからな」
逢坂刑事の言葉に、相澤が目を見開いた。
信じられないものを見る目つきで、目の前の愛想のカケラもない刑事を見つめる。
今度は逢坂刑事が仏頂面になる番だった。
「――その顔は、傷つくな、こっちが」
逢坂刑事は周囲を見回した。
「そういえば、おまえの可愛い女子高校生はどこへ行ったんだ?」
「ユメコは、発見された女の子のところに、手を合わせに行っている」
「おまえも行かないのか?」
「……霊の力を感じ取って増幅しちまうやつが一緒に居ないほうがいいときも、あるからな」
逢坂刑事は手にしていたお茶のカップをテーブルに戻した。
「未だにその手の霊能力ってやつは信じられないが、事件の解決に何度も立ち会っているから……まあ、今さら信じる信じないもないか」
「月と太陽、か」
相澤はつぶやくように言った。
「月は、父親の経営する旅館でこれ以上の犠牲が出ないように、自分は天に上がることもなく、ずっとただひとつのメッセージを伝えようと残っていた。太陽のほうは、月が助けを求めるメッセージを託されて長い間奔走していた」
「父を想い、少女を想う、か」
逢坂刑事が言って、立ち上がった。
「事件ではなかったが、気になって来てみた俺は、役に立てたか?」
「ああ、助かったのは事実だな。事情を説明したり信じてもらえるまでの手間がかからなかった。ここの警察に、心霊関係のことを話しても信じてはもらえないだろうし」
「――昔から、その手の捜査はあるんだがな。警察の関係者でも、知らない奴は本当に知らないから」
軽い足音が聞こえて相澤が振り返ると、ユメコがふたりに向かって小走りに走ってくるところだった。
「ショウ! 刑事さん! ふたりともすっかり仲良しなんですね」
ユメコがにっこり笑って言い、その視線を向けられたふたりの男は、
「違うな」
「それはない」
と同時に答え、渋面になってお互いに顔を見合わせたのだった。
――何かあったのかな、傍から見ると仲良さそうだけど。ふたりとも似たもの同士だし。
ユメコは思ったが、それ以上は口に出さないのであった。
「明日からは我々も教員としての仕事があるし、ユメコも学校を休めない。このまま駅まで送ってくれないか?」
ユメコの父泰三は、荷物を車の後部に詰め込んだ相澤に声をかけた。
「娘のこと、よろしく頼みますね」
律子が微笑んだ。
後部座席に乗り込んだ両親を見て、ユメコも旅館を名残惜しそうに振り返り、車に乗り込もうとした。
車の助手席のドアに手をかけ、ふと動きを止める。
「ねえ、ショウ」
同じように運転席に乗り込もうとドアを開きかけた相澤に、ユメコが声をかけた。
「どうした?」
「――あたしって、真剣にプロポーズって、されてましたっけ」
「してなかったか?」
相澤の言葉に、ユメコは頬を膨らませかけた。
それを眺めながら、相澤はニヤリと笑った。
「では今夜は、一晩中プロポーズをしまくってやる」
「――なッ。寝かせない気ですか!」
顔を真っ赤にして車に乗り込んだ娘と、楽しそうにニヤニヤしながらハンドルを握った相澤に、両親は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
車が走り出し――。
ありがとう。おにいちゃん、おねえちゃん……。
別館をぐるりと回る坂を下る車に向かって、赤い彼岸花が、秋の風にふわふわと、まるで「バイバイ」と手を振るように揺れていた。
彼岸花には、「悲しい思い出」「また逢う日を楽しみに」という花言葉があるそうです。




